42話 ドラゴンのしつけは難しい
ピカッと光ってナビゲート妖精が起動する。
アレコレあってアカウント作成は完了した。
「妖精さんではなかったです……」
少女の声。
男性がそちらを見れば、手のひらサイズの、四枚の透明な羽根で飛ぶ生き物がいた。
これこそが妖精である。
しかし現代の文明の利器の中にいるという『妖精』は、もっと概念的なものらしく、画面から無機質な声を出して、たまに文字を表示するだけの機能でしかなかった。
少なくとも石版からヒトガタの小さな生き物が出てくるなんていう展開はなかったのである。
男性はソファに深く背中をあずける。
そして、応接用テーブルに置いたケイタイ伝話を見下ろし、大きな息をついた。
「なんだか妙に疲れたね。ナビゲート妖精め、『すいません、よく聞き取れませんでした』ばかり言いおって。質問を考えるヒマぐらい与えたまえよ」
「最近の技術はとにかくせっかちでいかんな。まあ、それが時代の流れというものよ。貴様も適応するがいい、宿敵よ」
わかったようなことを言うのは、男性の正面あたりでフワフワホバリングする子犬だった。
コレが『動画配信したい』とか言いださなければ、ナビゲート妖精と疲れる会話を繰り返すこともなかったのである。
「というかナビゲート妖精はこちらを煽りすぎではないかね? なにも言っていないのに『聞き取れませんでした』とか、なにかにつけて『検索した結果三万件がヒットしました』とか、もうなんというか、あらゆる部分で『そうじゃない』という感じだったぞ」
「貴様は最新技術と相性が悪いらしいな」
「ああ、そのようだね。だから動画配信は君らで勝手にやってくれたまえよ。妖精の手ならばタッチもスライドもできるようだし」
「しかし貴様にはまだやってもらわねばならんことがあるぞ」
「なんだね?」
「もちろん、撮影である」
「……なぜ?」
「我と妖精がカワイくからんでいる様子を、貴様以外の誰が動画に収めるというのだ」
「眷属がいるだろう」
「あやつも動画映えするから、たまに使う予定だ。ゆえに、一番動画にしても映えない、さえないおっさんである貴様がカメラマンをやるという当然の帰結である」
「ほう」
男性は顎をなでる。
そして、足を組み、不敵に笑った。
「なるほど、君の言うことはもっともだ。たしかに、君たちをカメラに収められるのは、この城に私しかいないのだろう」
「で、あろう?」
「しかしだね――君は少し、私に甘えすぎではないかね?」
「と、言うと?」
「撮影をしてやる理由が、私の側にはないのだ。もしも私の手を借りたいのであれば、相応のなにかを差し出してもらわないことには、承服しかねる」
「ふむ。交換条件というわけか」
「あと最近、君は少し調子に乗りすぎだ。こちらが譲歩するとズルズル調子に乗る。私の側に君たちをもてなす意思はもちろんあるが、それはあくまでホストとしてであり、私は君の召使いではないのだよ」
「なるほど、貴様の言うこと、いちいちもっとも。では我の側から報酬を支払おう」
「ほう、どのような?」
「朝起きるたびに貴様に飛びかかり、頬に顔をスリスリしてやろう」
「気持ち悪い。却下」
「カワイイ生き物がスリスリしてやるのだぞ!?」
「そうだな。いずれ誰かが言わねばならないことだった。ちょうどいいから、私が言おう。――君は自分をカワイイ生き物だと言うが、実際のところは亀に蛇をトッピングして翼と角を生やした赤い爬虫類だ! カワイくはない!」
「しかし我、世間で大人気!」
「君の擬態は人類に通じても、私には通じない! そして私はいつか人類が目覚めるのを信じている! 人類をなめるな!」
「馬鹿な!? 我はドラゴンカワイイであろう!?」
「『ドラゴンカワイイ』とかいう造語を勝手に作るなァッ!」
「ど、どうしたのだ……今日はやけにテンションが高いではないか……」
「……最新技術に煽られすぎて苛立っているのだろう。今日初めて知ったことだが、私はアカウント作成をはじめとした、手続き関係がうまく進まない時、とても苛立つ性格のようだ」
「わかるー」
妖精が同意した。
実際のところ同意なのか、長い話をされたから『わかったぶっている』だけなのかは、わからない。
けれど、男性は同意されていると思うことにした。
男性は呼吸を落ち着ける。
それから――
「……まあとにかく、わかってくれたまえ。君が私をどう思っているか知らないが、私は君の召使いではない。これからもともに過ごすのだから、相手へのリスペクトは大事だろう? 最近の君にはそれが欠けているような気がしてね」
「なるほど……いや、たしかに。我が身を振り返れば貴様の言う通りだったやもしれん。反省しよう。『反省の型』を行う」
「いや、それはいい」
「見よ、この地に五体をべったりとつけ、切ない瞳で相手を見つめる様子を。ポイントはたまに視線を逸らしつつチラチラ相手を見ることでな……」
このドラゴン、なにも反省していないようだった。
男性は頭を抱えてかぶりを振り――
「……まあ、動画配信自体は、実際のところ、私も賛成なのだがね。カメラマンをやりたくないのは真意だけれど」
「そうなのか。貴様の態度からは反対の意思しかうかがえんかったぞ」
「というのも、君の姿を全世界にさらして、君が本当に子犬に見えるかどうか、世界に問いたいのだ。私は聖女ちゃんの態度と、君の話からしか、君の子犬っぷりをうかがえないのでね」
「たしかにそうだな。今、我は基本子犬扱いだが――正直、あんまりにも子犬のように扱われるもので、人類の目が節穴すぎてヤバイと思っておったところだ」
「だろう?」
「子犬より我のがカワイイのにな」
「その切り返しは予想できた」
「この愛らしさを子犬と同列に語るなど、人類の目はたしかに節穴である。そもそも『ドラゴン』といえば山のようにカワイく、苛立って吐く息は街一つ萌えるほどカワイく、気に入らないことがあればカワイく、黄金とハーレムがどんどん集まるほどカワイイと伝承にもあるでな」
「そんな伝承はない」
「一度空を舞えばそのカワイさは一瞬で千里を駆ける」
「駆けない」
「一声咆えるだけでそのカワイさで天地が震え、火山がスタンディングオベーションである」
「オベーションではない」
「我が真実のように言い続ければ、そのうち世界が変わっていく」
「もしそのように世界が変わったならば、その時こそ私は城から出て世界を滅ぼそう」
「やはり一番に骨抜きにすべきは貴様のようだな」
ドラゴンが不敵に笑う。
男性は悲しく微笑む。
「……まあ、とにかく世界に是非を問おう。絶対におかしいからね、君が子犬に見えるなど」
「であるな。カメラマンをよろしく頼むぞ」
「……まあよかろう。だが君が他者へのリスペクトを忘れた時、君のおっさん臭いいびきなどが世界に配信されると思いたまえ。カワイく世界に配信されたいのであれば、敬意をもって他者に接するのだ」
「貴様は知らんようだが、おっさん臭いいびきがカワイイともてはやされる犬もいるのだ」
「……君を反省させるのは難しいようだ」
男性は笑うしかなかった。
ドラゴンのしつけは難しい。




