41話 ドラゴンはアカウント作成になんか絶対に負けない
アカウント作成には勝てなかったよ。
「……なんだこれは……なんと難解なのだ……」
応接用テーブルに置かれた、手のひらサイズの石版――ケイタイ伝話のそばでぐったりと倒れ伏す謎の生き物がいた。
そいつは体表を真っ赤なウロコで覆っており、毛がなかった。
丸っこい胴体に、『つかむ』機能のなさそうな四肢が生えており、さらに背中側には翼があって、長い首の先端についた顔には角も生えていた。
どこからどう見ても子犬――に、見えるらしい。
真実は『ドラゴン』という生き物であり、世間様には『お伽噺に出てくる創作上の生き物』と認識されている幻想種であった。
「馬鹿な……この我が……この我が……こんなところで……!」
「君がなににつまづいているのか、私にはそれさえわからないのだが」
テーブルそばのソファには、白い肌と白い髪、赤い瞳の男性が座っていた。
吸血鬼。
これもまた世間様には『いない』と思われている幻想種であった。
「君、アカウント作成は『任せよ』と言っていたではないか。どこで引っかかっているのだね?」
「アカウントをとるためのアカウントをとるための伝話番号がないのだ」
「……なんだって?」
「動画アプリを利用するためのアカウントを取得するための、メールのアカウントを取得するための伝話番号がないのだ」
「……よくわからないが、『伝話』番号だというのであれば、この伝話にはないのかね?」
「この伝話の伝話番号をどうやって見たらいいのかがわからん」
「子供が操作するのを後ろから見ていたのではないのか?」
「連中がやけに簡単そうにやっていたから、絶対に簡単だと思ったのだ。ヒトが簡単にできて我にできぬなど、ありえぬだろう!?」
「君はもう少し謙虚になりたまえ。いつも言っているではないか。『ヒトは我らを滅ぼした。その事実はしっかり受け止めねばならん』と」
「まあそれは織り込み済みであったが、よもやこれほど……意味さえわからんとは思わんかった」
「ふむ。……ああ、そうだ、ならば妖精を利用しよう」
「我にできぬことが、妖精なんぞにできるわけがあるか!」
「君、謙虚になりたまえよ。本当に」
「しかし妖精だぞ!?」
「違う。私が言っているのは実在する妖精ではなく、このケイタイ伝話に眠っているというナビゲート妖精とかいうのの方だ」
「ああ、なるほど。そちらか」
「おや、知っているのかね?」
「もちろんだ。我は最新最高最強最カワドラゴンゆえにな。ナビゲート妖精とはアレであろう? ケイタイ伝話に話しかけると現れ、なんでも質問に答えるという」
「どうやらそうらしいね。聖女ちゃんにも頼れと言われているよ」
「本物の妖精は絶滅寸前のくせに、想像上の妖精は現在とても幅をきかせておってな。それゆえに我は妖精とユニットを組むことに決めたのだが……」
「……そういえば、うちの妖精はどこにいるのかね?」
「眷属が連れて行った」
「ちょっとすまないが少し待っていてくれ」
「かまわんが」
「すぐ戻る」
男性は立ち上がり、部屋を出て行く。
ほどなくして戻ってきた。
息を切らせ、片手には妖精を握りしめている。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「どうしたのだ宿敵よ。妖精片手にハァハァ言っていると変質者にしか見えんぞ」
「危ないところだった。私が眷属のもとにたどり着いた時、妖精は今まさに皿の上で飾り付けを終えられていたのだ」
「……いや、食わんだろう? 眷属は貴様に『妖精を食べない』と誓ったではないか。我の目の前で」
「それはわかっている。私の命令は絶対だ。だが――妖精をおいしそうに飾り付けている現場を私におさえられた眷属は、なんと言ったと思う?」
「なんだ」
「『みてるだけ』と言ったのだ」
「……いや、いいではないか、別に」
「食べてはいけないごちそうを見ているだけと、あいつは言ったのだ! かわいそうだろう! その哀れさを見せつけられていたら、私はいつか『食べてよし』と許可をしそうだ!」
「そうか。まあどうでもいい話ということはわかった。それよりも我のカワイさ拡散大作戦の続きをするぞ」
「君は本当に自分のことにしか興味がないね……」
男性は笑いつつ所定の席に着く。
ドラゴンがケイタイ伝話をコツンコツン叩きながら――
「我が貴様のために話を整理してやるが――とりあえず問題は、このケイタイ伝話の伝話番号の調べ方がわからないということである。それが最大の問題で、唯一の問題だ」
「それをナビゲート妖精に聞こうという話になっていただろう?」
「妖精さんです?」
「「貴様ではない」」
ドラゴンと男性は声をそろえて言った。
男性は妖精をケイタイ伝話のそばに置いて――
「けれど、問題があるね」
「うむ。問題があるな」
「それは――」
「「ナビゲート妖精の呼び出し方がわからない」」
「妖精さんです?」
「「貴様ではない」」
ドラゴンと男性は声をそろえて言った。
それから、男性はケイタイ伝話を指でコツコツ叩き――
「そういえばドラゴンよ、君、先ほど『話しかけると現れる』とか言っていたね?」
「うむ。街中ではよくケイタイ伝話に話しかけ、妖精を呼び出す儀式が行われていた。呼び出し方は実に様々で、時には『ヘイ』と呼びかけ、またある時は『オッケー』と呼びかけ、そのほかにも何通りかの呼びかけ方を我は聞いたぞ」
「なんだと……もうなにをしゃべっても妖精が出てくる流れではないか……」
「妖精さんです!」
「「貴様ではない」」
「……どうするねドラゴンよ。私が思うに、片っ端から呼びかけていれば早い段階でナビゲート妖精が出現しそうな感じはしてきたが……」
「ふむ。貴様の言、一理ある。だが問題があるな」
「ああ、問題があるね」
「それは――」
「「いい歳をした大人が石版に話しかけるのは恥ずかしい」」
男性とドラゴンは見つめ合った。
そしてがっしりと腕を握り合った。
「君もか、ドラゴン」
「うむ。最新最強ドラゴンにあってはならんことだが――新しい文化は理解できても、いざ使おうと思うと羞恥心が邪魔をする」
「街中でケイタイ伝話に呼びかけるヒトはすでにたくさんいるという話は今聞いた。それが文化の流れの中で生まれた当たり前の光景であることは、私も理解しよう。しかし――たくさんいるから『私も』となるかというと、これがなかなか難しい」
「だがこういうのは最初の一歩が肝心であるぞ。貴様に記念すべき一歩を踏み出す権利をゆずってやろう。さあ、呼びかけるがいい」
「待ちたまえよ。そもそも、君が動画サイトを利用したいと言うから、私は必要もない文明の利器を使用しなければならないのだ。君が呼びかけたまえ」
「我ではタッチもスライドもできんではないか」
「では美少女になりたまえよ。君が本当に呪いで竜の姿になった美少女ならば、ヒトになるのは今だぞ!」
「貴様ッ! 貴様、それは、それはだめだろう!? それは設定にすぎんのだぞ! 言わば仕事である! それを持ち出して脅迫するなどと、だめだと思う!」
「では、どうやって妖精を呼び出すね?」
「妖精さんです?」
「「貴様がいたか」」
男性とドラゴンが同時に妖精の方を見た。
妖精はキョトンとしていた。
「妖精さんはいるですよ。筋肉あるところ、どこにでもいるです」
「妖精よ、その石版に向けて仲間を呼ぶように声をかけてみてくれないかね? 私からのお願いだ」
「吸血鬼さーん」
「……なぜ私を呼ぶ」
「妖精さんの仲間はもう、吸血鬼さんとドラゴンさんと、眷属さんしかいないのです」
「涙腺に来るな貴様との会話は……とにかく……『へぃょぅせぃさん』と呼びかけてみてくれ」
「小さいところがよく聞こえなかったです。耳にパワーを送るためにスクワットを――」
「筋肉では解決しない! ちょっと、ちょっとこっちに」
男性は妖精をそばに招いて、耳打ちした。
妖精が身をよじる。
「よ、妖精さん、耳が弱いのです。耳のトレーニングが必要なのです」
「とにかく今言ったことをそのまま言ってくれたまえ」
「『ヘイ妖精さん』!」
妖精が大きな声で呼びかける。
男性は安堵した。
最大の懸念であった『話の途中で妖精の知能が終わる』という事態は避けられたのだ。
しばしの間。
そして石版から光があふれ――




