表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/143

40話 ドラゴンは全世界に配信されたい

「…………だ」



 声が聞こえる。

 それは遠くから響くような小ささでいて、全身を震わすような重さもある、遠雷のような声。



「……るのだ」



 男性は眉根を寄せる。

 そうして状況を回想する。


 そうだ、たしか――眠っていたはずだ。

 夜に寝て、朝に起きる。

 最近は、ヒトとしては当たり前で、しかし吸血鬼としてはありえない生活サイクルになっているから、目が覚めるとしたら朝のはずだ。


 ということはそろそろ朝なのだろうか。

 それとも――夢なのだろうか?



「……トを、取得、するのだ……」



 しかし吸血鬼が夢を見るのか?

 男性は未だかつて、夢などというものを見た記憶がなかった。


 夢とはヒトが見るものであり、ヒトの抱くべきものである。

 いかにお伽噺の向こう側の存在へ成りはてたとして、自分がそのようなものを見るなどとありうるのか?



「……アカウントを、取得、するのだ……!」



 声は大きくなる。

 そして声の内容は意味不明だった。


 男性は猛烈にめんどうくさい予感がしてきて、寝たフリを続行することにした。

 しかし――



「おい貴様、本当は起きているのであろう!? アカウントを取得せよと言っているのだ!」



 ついに声の主が胸の上までせまってきた。

 男性は観念して目を開ける。


 すると、映ったのは――真っ赤なクリーチャーだった。

 ドラゴンである。



「……寝覚めに君の顔を見るのは、なかなかキツイものがあるね」

「朝一番のあいさつがそれとはなかなかごあいさつであるな。ふん、だが我は寛容ゆえに許す。とりあえず起きろ。そして我の言うようにケイタイ伝話(でんわ)を操作せよ」

「なんだね藪から棒に……」

「動画アプリをダウンロードし、アカウントを取得するのだ」

「……」



 ドラゴンがよくわからないことを言っていた。

 男性は猛烈に後悔する――やっぱりめんどうくさそうな予感は正しかったのだ。


 男性は上体を起こす。

 するとドラゴンが羽ばたき、男性の顔と同じ高さで滞空した。


 その腕――前足には、なにかを挟んでいる。

 それは昨日聖女から渡された、ケイタイ伝話(限定契約版)であった。

 とりあえず受け取って――



「……あー、すまない。君がなにを言っているのか、私は理解しかねるのだが」

「これだから時代に取り残された年寄りは……」

「私は最近とても平和主義だが、許せないことが三つある。一つはティータイムを邪魔されること、一つは日用大工を邪魔されること、そして最後の一つが君に年寄り扱いされることだ。君の方が私より年上だろう」

「実年齢の問題ではない。老化とは世間と隔絶した時に起こるのだ。そして我は現在世間と密に接している。ゆえに我はナウなヤングである」

「最近の若者は妙に古くさい表現を使うのだね……」

「それより動画アプリをダウンロードしアカウントを取得せよ」

「……はあ?」

「もう貴様に若者文化を説明するのは疲れるので、我の言う通りに操作せよ」

「私にやらせず、君がやったらいいではないか」

「我の手では不可能だ。なんというか物理的に」



 ケイタイ伝話はヒトが石版にタッチしたり、指でこすったりすることにより操作するようだ。

 そしてドラゴンの手にはヒトのような指はなかった。



「なるほど、事情はわかったが――そういえば、ケイタイ伝話を受け取ったあと、『いいですか、妙なアプリを取得したり、妙なリンクを踏んだりしないでくださいね!』と厳重注意されていたのを思い出した」

「……余計なことを」

「まあ、言っていることはわからないが、一言で言えば『取扱注意』ということだろう。なので、君がめんどうに思っても、君の目的とそのアプリの利用方法は教えてもらわねば困る」

「ええい、まどろっこしい……しかし貴様の協力は不可欠だ。ここは我が譲歩しよう」

「そうしてくれたまえよ」

「まず、『動画アプリ』とは、ケイタイ伝話で撮った動画を全世界に配信するために必要なものなのだ」

「…………動画?」

「もう貴様を倒して勝手に貴様の指を動かした方が早い気がしてきたぞ」

「まあ、わかった。とりあえず全部先に言ってくれ。質問はこらえよう」

「……貴様に一から順番に話しても無意味であろう。そのアプリを利用して我がしたいことだけ言うぞ」

「ふむ……たしかに、その方がいいかもしれないな」

「我は、我のカワイさを、動画を通して世界中に見せつける。そのために必要な機能こそ『動画アプリ』なのだ」

「そうか」



 もうなにもおどろけなかった。

『ああ、いつものドラゴンか』と思う程度である。


 ただ――なんだろう。

 よくわからないけれど、涙がこぼれそうになったから、男性は天井をあおいだ。



「どうしたのだ、宿敵よ」

「いや。……それで、そんなことをしてなんになるのだね?」

「ハァ……」

「そのため息はどうした」

「年寄りは理解できぬ文化に触れた時、いつでも意味を問う。『なんになるのだね?』とはな。我をあまり失望させてくれるな宿敵よ」

「そっくりそのまま君に返したい言葉だね……」

「よいか、『そんなことをしてなんの意味があるの?』と貴様がたずねた時、相手もまた『そんなことを聞いてなんの意味があるの?』と思っているのだ」

「そんなものか」

「そんなものだ。我が貴様の今の質問に答えた時、貴様はきっと『それは楽しいの?』『それはためになるの?』と質問を続けるであろうな。そして最終的に『はあ、まあ、そっちが好きならそれでいいんじゃない?』と言う。その無駄な工程を我は嫌う」

「ようするに私には理解しがたい文化なのだね。はあ、なんというか――君は私の知らない若い文化を色々知っているようだ」

「最新たらずしてなにが最カワか。最もカワイイということは、最も新しいということと同義である。三番街のブサイク猫などは『ブサイクすぎてカワイイ!』と評判なのだぞ。動画アプリでそういうコメントがついたと、ヤツめ、自慢げに語っておったわ!」

「『猫が動画を見ているのか』とか『君は猫と話せるのか』とか『君の畜生情報網はすさまじいな』とか、今の一言で言いたいことが複数できたぞ……」

「呑み込め。そんなことより我のカワイさを動画で知らしめねばならん。なんだ『ブサイクすぎてカワイイ』とは! ブサイクはブサイクであろうが! ヤツめ、実際に見たら本気で吐き気を催すほどブサイクすぎるくせに、その希少価値ゆえに動画上でもてはやされておるのだ! ヤツめ、最新アプリを味方につけおって! 我のがカワイイのに! 我のがカワイイのに!」

「まあ、君の目的はわかったよ」



 腹を上にしてバタバタしないでほしかった。

 ようするにその『三番街のブサイク猫』への対抗心だろう。

 猫に本気で対抗心を燃やすドラゴン。


 ……心が凪いでいる。

 なにか――なにかここで、声高に叫ばねばならぬことがある気がするのだけれど、あまりに静かな心にはなんの言葉も浮かんでこなかった。



「よしわかった。アプリを取得しよう。その後の操作は君が説明してくれるのだね?」

「任せよ。近所の子供がケイタイ伝話を操作しているのを後ろから見て覚えた」

「やけに準備万端だね……」

「実はだな、大道芸をして金を稼ぎ、ケイタイ伝話を購入しようと計画しておったのだ。我だけでは金を要求できんゆえ、眷属にも付き合わせたが」

「……最近は一人で散歩できるのに、眷属を連れて行ったと思ったら、そういうことか」

「ケイタイ伝話の機種購入代金を、我の一日の稼ぎで割ると――そうだな、ケイタイ伝話購入は十年以内には可能であろうという目算であった」

「十年か……」



 猫は寿命で死にそうだなと思った。

 あと、そのころには動画アプリではない次のなにかが出てそうな気がする。



「それが、我が帰ってきたら、机の上にケイタイ伝話が放り出されているではないか! 妖精に聞けば、聖女が持ってきたという!」

「妖精に聞いたのか!? 妖精は私と聖女のやりとりを記憶し、なおかつ君に伝えるほどの知能をいつ獲得したのだね!?」

「我は犬猫と会話ができるのだぞ」

「すごい……意味はわからないが、謎の説得力がある……!」

「ふふん。聖女め、たまには我の役に立つではないか。超嬉しい。ありがとう」

「本人に言ってあげたまえよ」

「聖女の前で話したら我の知性が透けてしまうではないか。代わりに、褒美として足元に顔をこすりつけてやろうと思う」

「そうか……なにが褒美かわからないが、感謝の意は示したまえよ」

「うむ。さあ宿敵よ、動画デビューだ! クックック……見ているがよい、人類よ! 我のカワイさで世界中に夢を希望を与えてくれるわ……!」



 ピシャーン! と外では雷の音がした。

 こうして人類にはなんの影響もない、人外の活動がひっそりと開始した――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ