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39話 吸血鬼は今日も証明できない

「おじさん、色々持ってきましたよ!」



 ドッシャアアアアアアアア……

 そんな音を立てて、応接用テーブルに色々な物が広げられる。

 男性はソファに腰掛け、目の前で雪崩のように広げられたアレコレに目を向ける。



「これらは、なんなのだね?」

「シップ薬です! おじさんがどうしてもお医者に行きたくなさそうだったので、家で療養できるように色々持ってきました! ギック――ええと、その、腰に!」



 聖女の笑顔がまばゆい。

 男性はおじさんなので『これたぶん自腹だろうなあ』とか考えてしまってお礼を言うのが一拍遅れたが――



「……ありがとう。お金は――」

「いえ! 大丈夫です! わたしに支払うお金があるなら、眷属ちゃんにおいしいものを食べさせてあげてください!」

「いや……」

「お気になさらず! 腰を治さないと働くこともできませんからね! もし悪いと思うのでしたら、働くことによって社会に貢献してください! おじさんが社会の人たちと仲良くすることが、わたしにとって最高の喜びです!」

「っ、ぐぅ……!?」

「どうされました!?」

「いや……」



 光が強すぎて溶けそうになった。

 男性は光に弱いのだ――なにせ、吸血鬼である。


 もっとも、『溶けそうになったよ。なにせ私は吸血鬼だからね』と口には出せない。

『はいはいそうですね』と言われる展開が見えるからだ。


 今の時代、吸血鬼はお伽噺にしか登場しない、非実在生物なのである。

 男性は何度も自分を吸血鬼だと聖女にアピールしているが、その試みが実を結んだことはない。


 なので、決定的ななにか――一目で自分が吸血鬼だとわかってもらえるなにかが思いつくまでは細かいアピールはしないつもりだった。

 もちろん、おもねる必要はないので、吸血鬼であることを否定する発言には断固として異を唱えるつもりではあるが――


 ふと、男性は思い至る。

 思えば最初のころは、いちいち朝日を浴びたらのたうち回るなどして、吸血鬼性のアピールをがんばっていたものだ。

 しかし今は『適宜対応する』程度になってきている。



「……私も私で、適応を始めているということなのだろうか」

「どうしました?」

「いや。ともかく――シップ薬はありがとう。いずれなんらかのかたちでお返しするよ」

「はい! おじさんが外に出る日をお待ちしていますね!」

「……ああ、そうそう、思い出した。時計があったじゃないか」

「あ、はい」

「私がギック…………私の腰が突然悲鳴をあげたせいでうやむやになってしまったが、見せてみなさい。修理をしよう」

「でもわたしの時計より、おじさんの社会復帰の方が大事ですよ!」

「いや、捨て……」

「神の子?」

「……神の子の君が、唯一持っていた品なのだろう? 私の社会復帰より大事に決まっているじゃあないか。誰が聞いたってそう思うよ。私もそう思う。きっとここに他の誰かがいたらそいつもそう言うだろう」「わかるー」

「今どこからか女の子の声がしませんでしたか?」

「しない」



 男性は笑った。

 それから、聖女に悟られないようにベッドの足方向、壁際を見た。


 そこにはタンスがあって、その上には小さい、四枚の透明な羽根が生えた、女の子型の人形が置かれていた。

 他にはなにもない。

 よって部屋には声を出すような女の子などいない。

 証明終了。



「さ、時計を見せたまえ」

「はあ、わかりました。これです。……した気がするんだけどなあ、女の子の声……」

「どれどれ。……ふむ」



 男性は渡された時計を見る。

 それは木製の懐中時計だった。



「時計、開けても?」

「あ、はい。お願いします」

「では」



 男性はガウンの袖口からドライバーなどの工具を出した。



「なんでそんなところに仕込んでいるんですか!?」

「部屋で家具のネジのゆるみなど見つかった時、すぐ締め直さないと不安だろう?」

「え、今日のための仕込みとかじゃなくって、いつもそこにあるんですか!?」

「そうだが? ……おや、ネジも木なのだね? これは――ああ、なるほど。ただの時計屋には直せないわけだ。全部のパーツが木でできているのか。珍しい」

「そうなんですよ。でも、全然狂わないんです。一度時計屋さんに見せたところ、普通は湿度や劣化などで金属製品よりも狂いやすいはずなのに不思議だって」

「私ならば直せそうだ」

「本当ですか!?」

「ああ。こう見えて手先は器用でね。ざっと――三百年以上は日用大工をやっている」

「つまり若いころは大工さんだったんですね!」

「私に職業はない! 私は吸血鬼である!」

「あ、そうでしたね。すいません、つい……」



 その反省は違う。

『吸血鬼ではないけれど相手が吸血鬼ぶるなら吸血鬼として扱ってあげるべきなのに配慮が足りなくてごめんなさい』という感じのヤツだ。


 男性はしかし学んでいるので、ここでゴネてもしょうがないとわかっている。

 なので気にせず、



「ただ、直すのにはそこそこの期間がいるかもしれない。いくら私に一日中時間があっても、集中力まで一日中もつというわけではないのだ。それでもいいかね?」

「はい! 直していただけるのでしたら、おじさんにお任せします。もし壊れても――それはそれでいいですからね?」

「そのようなヘマはしない。なに、色々ともらったお礼と思ってくれたまえ」

「わんちゃんとか、お人形さんですね! ……そういえば、眷属ちゃんとわんちゃんは?」

「眷属は、今日は飼い主が必要なことをするらしく、ドラゴンに連れて行かれたよ」

「……ええと……ようするに、眷属ちゃんがわんちゃんを連れてお散歩なんですね?」

「まあそれでいい。今はね」



 男性は不敵に笑った。

 聖女はきょとんと首をかしげ――



「あ、そうだ。忘れるところでした」

「なにかね?」

「今日はおじさんにもう一つプレゼントがあったんです! なんと、じゃーん!」



 と、聖女が服の中から取りだした物は。

 手の平大の、薄っぺらい――



「……『ケイタイ伝話(でんわ)』かね?」

「はい! 限定契約版です!」

「……ええと」

「三ヶ月ぶんの支払いがすでに済んでいるんですよ! これさえあれば、三ヶ月は契約などなしで十全にケイタイ伝話の機能を利用できるんです!」

「ちなみにその支払いは……」

「あ、こちらは神殿が支払いましたのでご心配なく! おじさんのことは前々から事務局にうったえていたんですけど、ようやく色々手続きが終わりまして。あ、操作方法などはケイタイ伝話に聞いてくださいね!」

「……ケイタイ伝話に聞く?」

「ナビゲート妖精が中にいるんです」

「妖精さんです?」

「おじさん、今、女の子の声が!?」

「それは私の声だ。ヨウセイサンデス!?」

「ええええええ……!? そんな裏声っぽくなかったですよ! もっと自然な声でした!」

「では本当のことを言うがね! 『リアルな女の子の動作を見てカワイさを身につけよ』というドラゴンのそそのかしに従って妖精が君を監視してるのだ! でも妖精は妖精だと君にバレたくないから人形のフリをしている! 私はあの知能でずっと人形のフリとか不可能だと言ったのだが押し切るからこういう事態になっている!」「わかるー」「ほらしゃべった!」

「えっと……ようするに、そういうごっこ遊びを、眷属ちゃんとしてるんですか? さっきから聞こえる声は眷属ちゃんの声?」

「だあー!」



 男性は咆えた。

 聖女がビクッとする。



「お、おじさん、どうしたんですか?」

「…………いや、なんでもない。そうか、ドラゴンはここまで見越して……ふふ……さすがは『賢き暗雲』と呼ばれた竜の賢者……負けたよ」

「おじさん……?」

「いや。悪かったね取り乱して。そう、ごっこ遊びだよ。眷属がどこからか声を出しているのだ。そういうことでいい。今はね」



 男性は悟りきった瞳でそう言った。

 吸血鬼は今日も証明できない。

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