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36話 吸血鬼は腰と対話したい

「おじさん、朝ですよー!」



 ガッシャアアアアア!

 けたたましい音を立ててカーテンが引き開けられる。


 部屋に差し込んだ朝日がゴシックな調度品の並ぶ部屋を照らす。

 男性は身をジリジリと焼かれつつベッドで上体を起こした。



「……ん? 聖女ちゃんかね? 今日は早いのではないか?」

「あれ? 早いですか?」

「うむ。まだ眷属も寝ているような時間のようだが」

「……でも、時間は……」



 聖女は首をかしげながら、ゴソゴソと腰のあたりを探った。

 そして懐中時計を取り出し、



「……あ、止まってる……」

「おや。なかなか古めかしくていい時計だね?」

「はい。なんでもわたしが神殿前に置き去りにされていた時に、首にかかっていたようで」

「……そういえば君、捨て子だったか」

「『捨て子』っていう言い方は今、倫理的に言っちゃいけないことになってるので、『神の子』でお願いします」

「めんどうくさい世の中になったものだね……」

「でも困りました。なにぶん古くて、今の時計屋さんでは修理できないらしんですよね……」

「どれ、私が見ようか?」

「おじさん、修理できるんですか!?」

「これでも手先は器用な方でね。この部屋の家具はだいたい私の手製だよ」

「そうなんですか!? おじさん、その技能を活かして外でお仕事――」

「さあ、時計を見せてもらおうか!」



 男性は言葉を遮るように、勢いよく立ち上がろうとした。

 しかし――



「……!?」

「どうしたんですかおじさん?」

「……………………」

「おじさん? なんで腰を浮かせかけた体勢のまま固まってるんですか?」

「………………こ」

「こ?」

「腰、が……」

「まさかギックリ腰!?」

「いや……そうとは限らない……まさか、私がギックリ腰? はははは……はは……」

「なんでそこで強がるんですか!?」



 男性は吸血鬼だった。

 今時の若者は『お伽噺の登場人物である幻想生物』としか思ってくれないが、闇夜に舞い、血液を糧とし、望んだ相手を眷属とし、傷を負っても再生するような超生物なのだ。

 それが――ギックリ腰などと。

 ありえない。いや、ありえてはならない……!



「おじさん、今支えますから! ゆっくり、ベッドに座りなおしましょう?」

「大丈夫。私はそんな、ギックらない」

「プルプルしてるじゃないですか! 脂汗垂れてるじゃないですか! いいですから、ほら、ゆっくり、ゆっくり!」



 聖女が男性に近付いて、その体を支える。

 そして慎重な動作で男性が横になるまでをアシストした。



「横になった時、膝を曲げると腰に負担がかかりにくいですよ」

「そうか。私はギックリ腰ではないが雑学として覚えておこう」

「なんで強がるんですか!?」

「ツヨガッテナイガ?」

「なんて抑揚のない声! あの、今、ギックリ腰は若い人もなりますから。お年寄りだけがなるやつじゃないですから。心配しなくていいんですよ?」

「そうではない。私はほら、吸血鬼だからね」

「今そういうのはいいんですってば!」



 信じてくれない。

 まあしかし、実際、ギックリ腰のような症状で苦しんでいる姿を目の前にさらしては、信じてもらえなくても無理はないだろう。


 通常であれば、こういうのもすぐに再生して痛みがなくなるはずなのだが……

 できてない。

 以前、聖女の前で翼を生やそうと思ったらできなかったが、それと同じ原因だろうか?


 ……真っ二つになって吸血鬼性を証明しようとしたこともあったが――

 やらなくてよかった。



「おじさん、お医者にかかりましょう!」

「大丈夫だ……私はそのギックリ腰などではない……ただちょっと、そう、腰が休みたがって悲鳴をあげただけなのだ」

「それをギックリ腰って言うんですよ!?」

「大丈夫……腰と対話すればいいだけ……私の腰は案外話がわかるヤツでね……」

「わたしからは、おじさんが極限状態に見えるんですけど!?」



 たしかに意識は若干もうろうとしているかもしれなかった。

 吸血鬼は痛覚がにぶいわけではないのだ。

ケガをしても平気なのは、どんな傷もすぐ再生するからで、持続的な痛みにはあんまり強くないのだ。



「聖女ちゃん……聖女ちゃん……ハァ……ハァ……」

「おじさん、呼吸が死にそうですけど絶対大丈夫じゃないですよね!? お医者行きましょう! 連れて行きますから!」

「イヤだ……外に出たくない……」

「こんな時に意地張らないでくださいよ! そもそもなんで出たくないんですか!?」



 男性はもうろうとする意識の中、質問に答えようとする。

 そして――



「聖女ちゃんとの、約束が……」

「わたしとの!? 約束なんかしてませんよ!」

「………………」

「おじさん? おじさーん!?」

「と、とにかく、一度部屋を出てくれ……そうすれば、治る……はず」

「治りませんよ!」

「試しに……治らなかったら、お医者、行くから……」

「そうまで言うならわかりましたけど……治らなかったら絶対外に連れて行きますからね!」



 念押ししつつも、聖女が部屋から出て行く。

 パタン、とドアが閉まる。

 男性は呼吸を整え――



「……ふう。いや、ひどい痛みだった」



 男性は最後に一度、大きく息を吐く。

 そして、立ち上がった。



「聖女ちゃん、お騒がせしたね」



 呼びかける。

 すると、ドアを開けて聖女が戻ってきた。



「さあおじさん、お医者様のもとへ行きましょう!」

「行かない。なぜなら、治っているからね」

「ええっ!? 嘘ですよ!」

「本当だとも! 私は吸血鬼だからね!」



 男性は跳ねたり腰をひねったりしてみせる。

 聖女はいぶかしげな顔をした。



「……外に出たくなくって無理してるわけじゃないですよね?」

「もちろんだとも! 私は! 吸血鬼だからね!」

「つまりおじさんは、専門的な治癒魔法が使えるんですか?」

「……いや」

「あ、そうですよね。ごめんなさい。専門的な治癒魔法が使えるのに、私の前で使わず、痛みに耐えてまで自己再生したみたいに振る舞ってまでのキャラ付けをないがしろにしてしまうところでした……本当にごめんなさい」



 ……まあ。

 吸血鬼の能力に頼らなくてもギックリ腰を治す技術が存在するなら、現代っ子にはそう思われてしまうのだろう。


 男性はもうこのぐらいではへこたれなかった。

 なにせ、吸血鬼だと証明するだけならば手段は他にもあるのだ。



「……君とは長い付き合いになりそうだね」



 十年でも二十年でも、付き合おう。

 なぜならば男性は吸血鬼。

 油断しなければ老けない、至高の化け物なのだから。

 油断しなければ。

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