34話 ドラゴンと妖精を出会わせてはいけなかった
「…………なんだ貴様は」
「エリート妖精さんなのです!」
男性はテーブルの上で繰り広げられる自己紹介に頭を抱える。
見た目は小動物と人形。
この光景を第三者が見れば、男性がお人形遊びをしているように見えるだろう。
だが、赤い小動物も、きわどい衣装の人形も、生物なのである。
ドラゴンと、妖精――現代ではお伽噺にしか登場しない、『いないもの』とされている過去の遺物たちであった。
姿もだいぶ変わっている。
かつてのドラゴンは、山のような巨体をほこり、その性格は凶暴にして自己中心的、他者などゴミぐらいにしか思っておらず、気に入らなければその息吹ですぐに灰にするような凶暴な生き物だった。
今は見る影も……
ではなく。
生きる方針をだいぶ変えているようだが、いちおう、機嫌を損ねない方がいいだろう――男性はそう考え、妖精を紹介することにする。
「あー、竜王よ。これは新しい同居人となる、妖精だ」
「妖精なのは見ればわかる。だからこそ気に入らんのだ」
「まあわかる。私も妖精には色々と思うところがあるからね。君もか」
「うむ。こやつらは温かい季節になると涌いて、いつのまにか宝物庫に入り込み、我の蓄えた財宝で遊んだりする。追い散らそうにも狭い隙間に隠れてしまうし、息吹で燃えかすにしようとしても、隠れている場所が場所なので、できん。まったくうざったいやつらよ」
「私も似たようなものだよ。暑い夜などに目覚めると部屋をブンブン飛んでいるものでね。しかもこいつらはとにかく逃げ足が速い。数も多い。クスクスという笑い声などもあげるもので、眠れない日も少なくなかった」
「……我らは互いに、妖精には煮え湯を飲まされているというわけか」
「そうだね」
「…………」
「………………」
男性とドラゴンの視線が、妖精に向いた。
妖精はなにかを察したように慌てる。
「え、エリートなのですよ! この妖精さんはエリートなのです!」
男性は苦笑する。
ドラゴンへ向けて言った。
「……まあ、現状、害もない。知能面はたしかに向上しているように思うよ。自制心もあるようだし、基本的には善良な生き物だろう」
「ふむ。つまりこの妖精は、ブンブン飛び回り時折意味なくムカつくクスクス笑いをし、人の持ち物で好き勝手遊ぶ即刻死ぬべき害悪ではないということか」
「君はかなり妖精に色々やられたようだね……」
「我は巨体であったし、この四肢ゆえにな。妖精はある意味天敵なのだ」
「まあ、そうか」
「そして――今は、そうだな……」
ドラゴンが長い首をもたげ、ジロジロと妖精を見る。
妖精は居心地悪そうに体を抱いた。
「な、なんなのです?」
「貴様――カワイイな」
「ありがとうなのです!」
「二足歩行のあたりが最高に素晴らしい。ヒトガタのくせにヒトならざるそのサイズ、そして美貌、素晴らしい。まことに素晴らしいぞ」
「わかるー」
「わかるか。以前の我であれば、貴様をあぶったり刻んだりしたであろうが――今の我には、貴様のより有効な使用方法がわかっているぞ。貴様はわかるか?」
「わかるー」
「そうか。やはりどこぞのおっさんとは違うな」
ドラゴンはうなずく。
どこぞのおっさんは苦笑した。
「君、そいつはたぶん、わかっていないぞ。あと『どこぞのおっさん』とは私のことかね?」
「おっさんであろう?」
「たしかに私はおっさんだが、君に『おっさん』と言われるのは納得いかないのだがね……君は私から見ても『おじいさん』ではないか」
「我は魔法でこの姿に変えられた美少女である」
「ただの設定だろう!?」
「貴様がそういう野暮なツッコミをしなければ、誰も真実などわからん。我は美少女である」
「いや、君、世界の始まりから生きているという触れ込みだったではないか! あとメンタルが完全にエロジジイだぞ!」
「お、おこらないでほしいドラ~」
「やめたまえ! なんか虫酸が走る!」
「まったく貴様は……これだけカワイイ我になんの感動も示さんとはな……感性が死んでいるのではないか?」
「君のカワイさはハリボテではないか……完全に後から身につけた技術の産物だろう」
「そうだな」
「……認めるのかね?」
「うむ。我は数多の型を開発し、カワイくなるためにできることはすべてやった。しかしやはり計算の養殖物よ。そこは謹んで認めねばならん」
「えらく早く『すべて』が終わったようだが……」
「我は『賢き泰山』と呼ばれた竜の賢者なるぞ。頭の出来が違う」
「そうか……まあ……うん……そうか……そうだな。そういうことでいいだろう。それで?」
「すなわち我は――一人でできることの限界にたどり着いたのだ」
「…………」
「我はユニットを組むぞ。そこの馬鹿と。我に足りぬ『天然感』を補うために!」
「君はその……どこを目指しているのかね?」
「ふ。決まっておろう――最もカワイイ生き物だ。なぜならば、我は竜。竜とは古来より『最もカワイイ生き物』として世界に名を馳せておるゆえな……」
「嘘はやめたまえ」
「貴様がツッコミを入れなければ我の発言が事実となっていく」
ならばツッコミを続けねばならないだろう――
男性は静かに決意した。
「まあ、ユニットと言い出したのはな、貴様があまりにも我に魅了されんゆえにな。我のゴールは、貴様をカワイさで悶えさせることと見出したのだ」
「純粋に気持ちが悪いのでやめてくれないかね?」
「しかし貴様は、我が知力を尽くし考えたあらゆるカワイさが通じぬ」
「まあ、私は君の昔の姿を知っているし、君が種族を問わず女性を囲ってハーレムを築いていたことを知っているし、なにより君の声が渋すぎるからね……」
「そこで、そこの馬鹿だ」
「別に私は、妖精だからといってカワイイと感じるような感性もないのだが……妖精が今までしてきたことがどうにも頭にちらついてしまうのだよ」
「しかし、我とそこの馬鹿がユニットとして完成した時、貴様は知ることになるぞ」
「なにをだね?」
「小動物と幼女の組み合わせの力を、だ」
ニヤリとドラゴンは笑った。
なんとなくイラッとするドヤ顔だなと男性は思った。
「宿敵よ――我が宿敵よ。貴様との決着、思えばついておらんかったな」
「待て。やめてくれ。君と私との決着を、『カワイさ』でつけようとするのはやめてくれ。思い出が穢れる」
「貴様が我らのカワイさに悶えるか、我が『こいつ我らをカワイイと思わんとか頭おかしいんじゃないか?』と煩悶するか、さて、勝負といくか」
「やめろと言っているだろう!」
「そうと決まれば、ぼんやりはしておれんな。――行くぞ馬鹿」
バサァッ! とドラゴンが羽ばたく。
妖精が首をかしげた。
「ひょっとして妖精さんに言ってるですか?」
「そうだ。貴様には『カワイイ動作』を覚えさせねばならん」
「それは筋肉でどうにかなるです?」
「なるぞ。たいていの動作は筋力でどうにかなる――『後ろ足立ちチョイチョイゴハンの型』などは消耗も激しい。並大抵の肉体ではカワイさは維持できんのだ」
「わかるー」
「貴様とはいい同志になれそうだ」
「妖精さんとお友達ですか!? 好きです!」
「では行くぞ。我らは栄光の未来に向けて行かねばならない」
「わかるー」
ドラゴンと妖精がペット用出口を通って部屋から出て行く。
男性はパタンと閉まるドアをしばらく動けないまま見つめていた。
なにかが始まろうとしている。
男性は深く後悔した――ドラゴンと妖精を出会わせてはいけなかったのである。




