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32話 吸血鬼は作り笑いがうまくなっていく

「おじさん、朝ですよ!」



 元気のいい少女の声に、男性は目を細める。

 最近は彼女が来る時にはすでに男性は来客用ソファに腰掛けていて、部屋のカーテンは開いているのだった。



「おはようございます! 昨日はちょっと用事があって来ることができなかったんですけど、お変わりないでしょうか?」

「ああ、まあ……」



 変わりはないが、変わり果てた宿敵の姿は見せつけられた。

 男性は昨日のことを思い出すとちょっと複雑な気分だ。



「元気ないですね? 大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ。おかけなさい。今、お茶を出そう」

「ありがとうございます! では!」



 聖女が男性の正面に腰掛ける。

 ほどなくして、メイド服姿の少女によりお茶が運ばれてきた。


 どこからどう見ても優雅な貴族の朝という感じだが、間違いがいくつかある。

 それは男性が吸血鬼なのに早起きしている点と――

 最初はコウモリだったはずなのにいつのまにか『え? 最初からヒトガタでしたけど?』というような顔ですましているメイドがいることだった。


 男性は吸血鬼である。

 少女はその眷属だった。


 今ではそんなことを言っても頭がおかしい人扱いされるだけだが、本当なのだ。

 世界にはかつて、たしかに今のヒトが『不思議』とひとくくりにする者どもが存在した。


 それが現在、ドラゴンを中心になにかもうひどいことになっている。

 どうしてああなってしまったのだ、ドラゴン……



「あ、そうだ、眷属ちゃん、いい?」



 男性が涙を流しそうになっていると――

 聖女が眷属を呼び止めた。



「今日はねー、眷属ちゃんにお土産があるんだよ。……はい、これ、お人形!」



 と、聖女がどこからともなく取り出したものは、たしかに人形に見えた。

 手の平に乗る程度のサイズの、少女を模したものである。

 トガリ耳と、背中に生えた透明な四枚羽根に、やけにきわどい衣装は間違いなく女児向け人形のようだった。


 人形のようだったのだけれど。

 なにかこう、聖女の手の上で、人形が、必死に、男性に対し目配せをしているような……



「……あー……聖女ちゃん、その、なんだね、少し人形を置いて席を外してくれないかね?」

「え? どうしてですか?」

「ううんと……ほら、なんというのかな……そう、眷属は恥ずかしがり屋でね。あまり人前でしゃべりたがらないのだよ。だから人形がほしいかどうか、私がこっそり聞いてみようかと思ってね」

「あ、そうですか。たしかに眷属ちゃんの声ってあんまり聞いたことないですもんね。わかりました!」



 聖女が人形(?)を置いて退出する。

 バタン、と扉が閉まり――


 人形が――

 人形と呼ばれていた手の平サイズの少女みたいなナニカが、むくりと起き上がった。



「危ないところを、ありがとうです」



 可憐な少女の声でソイツは語る。

 男性は口の端をあげて笑う。



「やはり貴様は妖精か」

「はいです。神殿で遊んでいたらあの聖女に捕らえられ……気付けば吸血鬼の目の前で……たぶん、妖精さん、これから死ぬですね……」



 声が絶望によどんでいた。

 妖精はあきらめきった表情でどこか遠くを見ている。


 男性は片眉をあげる。

 それから、首をかしげた。



「貴様、妖精にしてはずいぶん知能がありそうだな? 私の知る妖精は、もっとこう、虫のような存在だったように思うのだが……知能らしきものはなく、きわめて動物的というか」

「昔はそうだったです。でも、最近大気中のマナが少なくって妖精が生まれなくなったので、我々は進化をしたです。つまり――この妖精さんは、エリート妖精さんなのです」

「ふむ……ようするに時代の流れの犠牲者なのだな。古き者も抗えぬ、これが時流の力か」

「妖精さんは難しそうなことを言う人には『わかるー』という態度でうなずくことにしているのです。なぜならそうすると賢そうに見えるからなのです。わかるー」

「……まあ、その程度の知能でも、私の知る妖精と比べればだいぶ進化しているか」

「わかるー」

「会話ごとに貴様の知能が下がっているようだが」

「妖精さんの全力は受け答え三回ぶんぐらいしかもたないのです」



 半端な進化ほど悲しいことはないなと男性は思った。

 最近目にするすべてが悲しい。



「まあ、とにかく、貴様の事情はなんとなしにわかった。妖精に対しては個人的に思うことがないでもないが、ウチで過ごすことを許そう」

「わかるー」

「……わからない時は、素直に『わからない』と言いなさい。わからないくせにわかるぶられるのはストレスがたまる」

「わかるー」

「……正直に言うと?」

「わからないです」

「ウチにいていい」

「好きです!」



 チョロいとかそういうレベルではなかった。

 なにかもう、会話できない方がマシまである。



「……時代の流れか」

「わからないです」

「わからなくていい」

「わかったです!」

「……お腹は空いてないかね?」

「おなか?」

「知能知能」

「あっ……うーん……うーん……」

「なにをしているのかね?」

「……うーん……よしっ! 頭にいっぱい力をいれたから、知能があがったです! さ、質問をどうぞ!」

「聖女ちゃんが帰るまでジッとしてなさい」

「ジッ!」

「……私が『いい』と言うまで動かないように」

「…………」



 妖精は動かなくなった。

 もう永遠にこのままでいい気がした。


 ともあれ――男性はパチンと指を鳴らす。

 眷属がうなずき、部屋の外から聖女を連れて来る。


 聖女は男性に近付く。

 そして、首をかしげた。



「どうでした、おじさん? 眷属ちゃんはお人形いりますかね?」

「ああ。ありがたく受け取っておくよ」



 男性は笑う。

 ここで『いやこれは人形じゃなくて妖精だ』というアピールを入れてもよかったが――

 めんどうそうなのでやめた。


 ぶっちゃけ、もう、自分が吸血鬼だという一点さえゆずらなければ、他の種族が世間でどう思われようが知ったこっちゃなかった。

 ドラゴンとの付き合いで学んだのだ。

 種族にはそれぞれ考えがあって、誰もが全力でアピールをしたいわけではない。



「こうして我らはお伽噺になっていくのだろうな」

「どうしたんですか?」

「いや」



 男性は首を横に振る。

 そして――『最近作り笑いばかり上手になっていくな』と思いながら、笑った。

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