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31話 ドラゴンは最近調子がいい

「……眷属に説教されてしまった」



 男性はソファに座ってうなだれていた。

 夜だ。

 今日、聖女は来なかった――別に毎日会う約束はしていないのでそれはいい。というかむしろ今日来ないでくれて助かったほどだ。


 部屋にヒトガタの生き物はその男性だけだった。

 だから、第三者がもしこの部屋の状況を見れば、中年から初老のおっさんが、その日に仕事でミスをして上司に怒られたことを一人暗い部屋で嘆いているかのように見えるだろう。


 だが、それは違う。

 男性はおっさんだが、中年とか初老とかそんな生やさしい年齢ではない。

 六百年を生きた吸血鬼である。

 そして働いていないので上司はいない。


 加えて言うならば、一人でもなかった。

 来客用ローテーブルの上には、子犬が寝転がっている。

 その亀を捕まえて蛇を突き刺し、翼と角と尻尾をデコレーションして赤く塗ったような毛のない犬の品種名は、ドラゴンという。



「あの眷属が説教などするのか……あやつ、全然しゃべらんだろうに」

「ああ、するのだ。百年に一度は怒られている気がする」

「それはなかなかの周期であるな……我もちょっと見たかったぞ」

「そういえば最近、君は日中、家にいないね?」

「街を巡回しているのだ。あそこはすでに我が支配地域ゆえにな」

「……なんだと、いつの間にそんなことを……」

「クックックック……我を誰と心得るか。『暗雲よりいずる者』と呼ばれた竜王であるぞ。すでに街の犬猫の八割は我が配下よ……」

「ああ、そういう……」

「ヒトからの貢ぎ物も数限りない。料理店の裏口で『ピョンピョンドタッの型』を行っていると料理人が残飯を持ってくるのだ……クックックック。間抜けな人類め! すでに貴様らは我の支配を受けているとも知らず、呑気なものよ……」

「どうやら世間は平和なようだね」

「うむ。我は暴君と呼ばれたこともあるが――今回は力による支配ではないのでな。ヒトどもは気付かぬうちに、ゆっくりと、穏やかに、なにも生活が変わらぬまま、我のために働いているという寸法よ」

「そうか。君は毎日を楽しく生きているのだね」

「……なにか会話が噛み合っておらんような気もするが……楽しくはある」

「そうか。いや、素直にうらやましいよ。私はもうなんか悩みがね……」



 男性は顔を両手で覆う。

 ため息をついて――



「私はだんだん吸血鬼らしくなくなってきているのだろうか」

「眷属に言われたのか?」

「ああ。眷属に『おじいちゃんと呼んでみなさい』と言ったら、違う、そうじゃない、と。そんなのは吸血鬼らしくないと……たしかにその通りだと思ったよ。眷属におじいちゃんと呼ばれる吸血鬼とか聞いたことがない!」

「いいではないか。時代に適応するとはそういうことだ」

「君はそう言うだろうが、私は無理だ。私は吸血鬼らしくありたい……でも吸血鬼らしさが最近よくわからなくなってきている……血が足りないのだろうか」

「聖女あたりから吸えばいいではないか」

「ちょっと彼女は若すぎるのだ」

「女が若いのはいいことではないか」

「君は『赤ん坊に本気で結婚を申し込む老人』を見たらどう思うかね?」

「きっとその老人には癒やしが必要であろうな。心がすり切れているに違いあるまい」

「つまり君の申し出はそういうことだ」

「ようするに貴様には癒しが必要なのか」

「そういうことではないが、そういうことだ」

「うーむ、よくわからんが貴様には色々と世話になっている。我が貴様を癒してやろう」

「結構だ。君がどんなにかわいく振る舞おうが、私にはあざとくしか見えない。それに――その声が色々全部台無しにする」

「なるほど。少し待て。……ん、んん! あーあー……『吸血鬼さん、ボクが癒してあげるドラ~!』」

「ただの裏声で私を騙せると思ったか!」



 思わず立ち上がった。

 こんなものが世間で『かわいい』ともてはやされているのだとしたら、そんな世間は滅べばいいとさえ思う。



「やはり声が出ると駄目か。うむ、まだまだ『賢いかわいいあとしゃべる』という激カワ生物への道のりは遠いようだな……」

「君はもう声がそれなんだから、しゃべるのはマイナスにしかならないと思うのだが……」

「大丈夫だ。そのうちかわいい声になる。我の適応能力はドラゴン全一ゆえにな」

「君はなぜそんなにも自分の可能性を信じられるのだ……」

「自分の可能性を自分があきらめてしまったら、叶うものも叶わないであろう?」

「いいことを言われている気がするのだが、おどろくほど心に響かないな……」

「まあ、我で不満と言うなら、我の配下を連れてこよう。総計七十六匹の四足歩行の生き物たちが貴様の心を毛玉と肉球と尻尾で癒すであろう。ちなみにかわいい動作は伝授済みである」

「最近やけに『型』とか言っていたのは弟子がいたからだったのか……」

「うむ。中でも出来のいい連中は四天王として街に君臨し、ヒトどもから高級残飯などをあたえられているのだ……我の人類支配は着実であろう?」

「ちなみにだけれど、君は支配の果てになにを望むのだね?」

「は? 愛だが?」

「……」

「言ったであろう――『我は、我以外の者が好かれることを好かん』『世界中が我だけを好きであればいい』と」

「言っていたね、そういえば……」

「よいか宿敵よ。我らは滅びた。我や貴様が生き残ってはいるものの、もはや絶滅と言って過言ではない状況に追い込まれたのは事実であろう。これは、受け止めねばならん」

「ああ」

「だが、なぜここまで執拗に我らは潰されたのか、貴様は考えたことがあるか? いくら敵対している相手とはいえ、絶滅というのは、やり過ぎだと思わんか? 少しぐらい生かしておいてともに歩むとかの落としどころは本当になかったと思うか?」

「いや……そこまで考えたことはなかったかな」

「そこが貴様の若さよな」

「そういえば君の方が年上だったね」

「まあ我の中身は美少女であるゆえ、年齢のあたりはおいておいて――我らが絶滅したのはな、我らが愛されていなかったがゆえよ。愛されていたら、どれほど実害があろうとも我らは存続したであろう。ドラゴン愛護団体とかきっといたぞ。愛されていたのなら」

「……うーん……君の意見はわかるよ。わかるのだがね、いちいち『そういう表現で語ってほしくないなあ』と私の中のなにかが叫ぶのだ。もっとシリアスにというか……」

「吸血鬼はこれだから」

「私としては『ドラゴンはこれだから』という感じなのだが……」

「それが、種族の隔たりであろうな。ヒトと我らのような、明確な違い――これを埋めることは不可能だ。愛以外ではな」

「君は愛の可能性を信じすぎではないかね?」

「ドラゴンゆえにな。ドラゴンはヒトに愛と夢をもたらす超絶カワイイ生物なのだ」

「私の知るドラゴンではないな」

「では貴様の思うドラゴンはどのようなものなのだ」

「傍若無人で残虐非道、楽しみでヒトの人生を奪い、気に入らないことがあれば鼻息でヒトの生活を吹き飛ばす。黄金と酒と美しいものが好きで、自分以外のすべての生物の価値を認めない、でかい爬虫類かな……」

「そんな生物が実在するのか……怖っ」

「君のことだったんだよ」



 悲しいなあ……

 尻尾を丸めて震えるかつての宿敵を見て、男性は泣きそうになる。



「我、爬虫類とか無理だわ……」

「自己否定かな?」

「我は哺乳類であるぞ」

「どこが」

「心だが?」

「心ってすごいな」

「うむ。馬鹿にできんものよな」

「ああ本当に……君を見ていると悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなってくるよ」

「我のカワイさにひれ伏したか」

「君の退出後、涙を流さない自信がない」

「なぜ我の退出後なのだ。我の前で涙を流せばよかろう。舌で舐めてやるぞ」

「…………ありがとう」



 色んな言葉が頭の中をうずまいたけれど、けっきょく、微笑を浮かべてそれだけ言うのが精一杯だった。

 今までもたいがいだったが、最近は特に激しい時代の流れを感じる。



「まあ貴様に元気を出してもらえたならよかった。我は世界に愛と元気を振りまく生物ゆえにな……そういうアイデンティティのもと、創世記から生き続けている」

「過去改変はやめたまえ」

「記憶などあやふやなものよ。嘘でもつき続ければ、未来には本当のこととして伝わる。ゆえに我はドラゴンのイメージをいい方向へ誘導し続けるのだ」

「そうか。もうなにも言うまい。というか言う元気がわかない」

「癒しが足りぬならいつでも我を頼るがよい。カワイイのを斡旋してやる」

「もう君はどこへ向かっているのかわからないのだが」

「明日へであろう。生きている限り、生物は常に明日へ向かって歩むものだ。――ではな」



 ドラゴンがピコピコ足音を立てながら部屋を出て行く。

 残された男性は顔を覆う。

 そして一人、つぶやいた。



「……ああはなるまい」

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