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29話 吸血鬼には相談相手があんまりいない

「貧乏でないことを証明しなければならない」



 男性はソファに深く腰掛け、真剣な顔で述べた。

 話している相手は――子犬(ドラゴン)だ。


 なにせ真っ暗な部屋には現在、男性とドラゴンしか存在しない。

 聖女は先ほど帰ったし、眷属は部屋で寝ているだろう。


 そういえばこの部屋に若者がいないのは久方ぶりだ――男性はそう思いながら、自分より年上であろう宿敵の姿を見た。

 そいつはテーブルの上で腹を見せて寝転がり、身をよじっていた。

 そしてこの世の果てから響くような低い声で言うのだ。



「どうだ、我の新しいポーズは。かわいいであろう?」

「……腹を見せて寝転がっているだけではないか」

「ふん、愚かな。これだから感性の死んだロートルは困る。この前足と後ろ足を微妙に曲げた、この、この、これな、この角度がなによりのポイントなのだ。わかるかこの……」

「それよりも私の話を聞いてはくれないかね?」

「財力をアピールしたいのであろう? 勝手にするといい」

「なぜ君はいつも私の相談をイヤな感じに言い換えるのかね?」

「若い女に金持ちぶりたいのであろう? 若い女はいつの世も黄金が好きであるからな」

「そうではない。どうにも聖女ちゃんがしきりに眷属の生活を心配するものでね。いらぬ心配はないと伝えたいのだ」

「ふむ。想定よりまじめな相談であったのだな。しばし待て」



 ドラゴンがコロリと横に転がった。

 そしてテーブルから床に落ちた。



「おい、君、大丈夫かね!?」

「問題ない。この動作は転がって落ちるところまでが一つの『型』なのだ。『ちょっと高い場所で寝っ転がっちゃって起きられなくなっちゃったから転がって起きようとしたらうっかり落ちちゃう型』という」

「……まあなんでもいいが、もう少し短くまとめた方がいいのではないかね?」

「ふむ。では『コロンポテの型』としよう。コロンと転がってポテッと落ちるゆえな。『コロンポテッ』の方がいいかもしれんな……貴様はどう思う?」

「その相談は私の相談より重要そうかね?」

「もちろんである。が、我は寛容だ。貴様の相談を優先してやろう」

「そうか。お礼を言うのも癪な気分だが、ありがとう」

「かまわん。それでなんだ、切り出し方が急で要領を得ぬ。つまりなんだ」

「どうにも聖女ちゃんがな、眷属のことをやけに心配しているのだ。生活が苦しいのではないかと。そんなことはないというアピールをしたいのだが、どうするのが効果的かね?」

「なるほど。しかし――蔵を見せるわけにはいかんのか?」



 蔵。

 もちろん財宝が納められた宝物庫のことだ。

 たまに眷属を買い物に行かせる時には、そこからいくらかの宝を持ち出させている。


 そこに連れて行き、宝を見せればたしかに納得はしてもらえるのだろう。

 だが――



「それこそ君の言うような『金持ちぶった』行動ではないかね?」

「と、言うと?」

「たしかに我が蔵には数多の財宝がある。金銀のみならず、今となっては歴史的価値のあるものさえ存在するだろう。しかし、だからこそ、見せびらかすみたいになって恥ずかしいではないか。ようするにこれは――美学の問題なのだよ」

「貴様めんどくさ」

「君は美学を大事にしないからそう思うのだ」

「まあ、美学などあっても生きるのに邪魔であるからな」

「君がそういう性格のせいで私の知るドラゴンは死んでしまったが……」

「なにを言う。我はここにこうして生きているではないか。ドラゴンは滅びぬさ。我が死なぬ限りはな」

「うむ、まあその、君がそれでいいなら、私がとやかく言うことではないな。……しかし私は君ほど割り切れないのだ。やはり『らしさ』は大事で、その『らしさ』こそが美学だと私は思っている」

「まあたしかに、財宝のある蔵に若い女を入れて『どうだ、金持ちだろう!』とふんぞり返るのは吸血鬼らしくないか」

「ああ、らしくないね!」

「今の貴様がそもそも吸血鬼らしいかどうかはおいておいて……」

「そのあたりは、まあ、お互いにもの申し始めたらキリがないものな」

「うむ。金持ちぶらずに、まわりくどく、聖女を納得させる方法――ようするにだ、聖女は眷属の身が心配なのであろう? ならば眷属を厚遇している様子を聖女に見せればいいのではないか?」

「なるほど。具体的には?」

「食事面での心配ならば、眷属になにか食べさせているところを見せればよかろう」

「ふむ。虫などかね?」

「今時のヒトは虫など食わんぞ」

「眷属だぞ?」

「貴様、ことあるごとに『眷属だぞ?』で我を黙らせにかかるのをやめんか。その一言ですべて説明できると思ったら大間違いだ」

「いや、しかし……ふむ、その、なんだ……眷属は眷属だからね……」

「まあ今回は我にもわかる。コウモリだからであろう?」

「そうだ」

「しかし聖女はそう認識しておらん。聖女は眷属をヒトと思っておる」

「…………そうだな」

「で、あれば無理にでもヒトにするような厚遇をすべきであろう。こうなったら食事しているところを見せるだけでなく、永劫に眷属を気にされないよう徹底的にすべきかもしれん」

「なるほど。たしかに言う通りだ」

「これで問題は解決であろう。我が叡智を褒め称えよ」

「素晴らしい。さすがは『思案せし雲海』と呼ばれた者だ」

「そうであろうそうであろう」

「ついでにもう一つうかがいたい」

「なんでも聞くがいい」

「どのようなものが『ヒトへの厚遇』となるのだね? ヒトが見た時に、ヒトが『厚遇だ』と納得するような厚遇というか……吸血鬼からヒトへのもてなしではなく、ヒトがヒトにするようなもてなしというものは」

「足元にまとわりついて『ハッハッハッハッ』と息を荒げながら相手の顔を見上げつつ小首をかしげればよかろう」

「それを私がやるのか……」



 男性は、眷属の足元にまとわりついて『ハッハッハッハッ』と息を荒げながら相手の顔を見上げつつ小首をかしげる自分を想像してみた。

 そのまま討伐されそうな化け物がそこにはいた。



「もっと私に向いた『厚遇』はないかね?」

「わがままなヤツめ」

「そうか、これは君の中で『わがまま』と定義されるのか……」

「よかろう。『コロンポテの型』を貴様に伝授してやろう」

「いや、そういうのではない。私にそういうのは向かないのだ」

「しかしだな宿敵よ、『型』というものは才覚に関係なく誰でも習得できるよう平易にされた技術だ。見た目おっさんの貴様でも、我の考案した『型』さえ覚えれば――」

「結構だ」

「――子犬のようにかわいくなることが可能であろう」

「結構だと言ったのに途切れなく言葉を言い切るのはやめたまえ。結構だ」

「ではまず最初に習得するのは手足の角度であるな」

「結構だと言っているだろう!?」

「ふむ……押し切ることあたわぬか」

「どのような奇跡が起きれば私が『コロンポテの型』を『ちょっとやってみるか』となると思ったのかね?」

「別にちょっとやってみるぐらい、いいではないか」

「やめてくれ。私の美学が許さない」

「では我はもう知らん」

「使えない爬虫類め……」

「その侮辱は取り消してもらおうか。今の我は哺乳類だ。『爬虫類はちょっとねー』という街の声を聞いたゆえな。そして今でこそ我はこんな体をしておるが、かつては見目麗しい少女で呪いにかけられておるのだ。好感度が上がればキスでもとの姿に戻る。そういうのが流行らしいでな」



 なぜか、悲しい。

 男性は宿敵の言葉を聞いて、涙をこらえるのが大変だった。



「ああ、残酷だね、時の流れは」

「貴様はただの設定だと思っているのかもしれんが、我は時代に適応することにかけてはドラゴン全一であるぞ。いつかキスで呪いが解けて我が本当に美少女になった時、ここで好感度を稼いでおかなかったことを悔やむがいい。そしてこう叫ぶのだ。『竜娘の時代が来た』と」

「君がどうしてそこまで追い詰められてしまったのか、私はすでに悔やんでいるよ」

「ともあれ――貴様は眷属に優しくしてやれ。正確には、聖女の前でわざとらしく眷属を厚遇してやれ。もはや『厚遇』の中身は貴様に任せるより他にない。我の提示した方法は気に食わんようだからな」

「ああ、そうだな。君に聞くよりは、自分で考えた方がよさそうだ」

「まあせいぜいがんばれ。我はさらにかわいさを磨くため、街へ行く」

「どれほど君がかわいさを磨こうとも、キスで呪いが解ける美少女にはなれないと思うが」

「いや、我はすでに美少女だ」

「どこがだね」

「心がに決まっておろう。――ではな」



 ドラゴンがピッコピッコという足音を立てながら去っていく。

 その背中には働く男の哀愁が漂っていた。

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