27話 眷属はもっとおっきくなりたい
「けんぞくー! けんぞくー! お茶ー!」
耳には幼い少女の甲高い声がとどいた。
なにごとだろうか。
眷属は思わず跳ね起きる――そうだ、どうやら寝ていたらしい。
パチリと目を開ける。
すると、視界に映ったのは、細く白いふくらはぎだ。
寝ているということは逆さまということなので、見えるとしたらふくらはぎだ。それは問題ない。
ただ、誰の足かわからない。
自分の足に似ているが、自分の足ではないのだろう。
眷属は顎を下げ、視線を上へ向けた。
すると、そこにいたのは、黒いドレスを身にまとい、ぬいぐるみを片腕に抱いた、真っ白な髪の幼い女の子で――
――誰?
「けんぞく、お茶!」
「…………?」
「なにその『お前誰?』みたいな顔!? 私だよ! お前の主だよ!?」
「……!?」
眷属はさすがにおどろく。
だって、主はもっとこう……
……どうだっただろうか。
どうにも、記憶にもやがかかったようで、なにも思い出せない。
そう言われればこのちんまいのが主だったような気もする。
眷属はシュタッと地面に降りる。
どうやら、今まで自分は、主のベッドの天蓋に足を引っかけて寝ていたらしい。
降り立った眷属の腰あたりに、主がべったりと抱きついた。
「けんぞくー、お茶ー。あとお菓子ー」
「…………」
こちらを見上げてくる赤い瞳。
間違いなく主だ。いや、どうだっけ。間違っているような、いないような。
……あと、なにか視界が高い気がする。
眷属は周囲を見回し――部屋の入口そばに、大きな姿見を発見した。
……こんなところに、姿見なんかあっただろうか?
ヒキコモリの主は身支度を整えたりしないはずなのに……
違和感はあったが便利なので許容する。
その姿見に映る自分の姿は――
細身の、黒髪で片目を隠した、背の高い、執事のような服装の、青年で――
「……!?」
性別がなにかこう……
いや、まあ。
でもなんかもともとこんな姿だった気がする。
「どしたの、眷属?」
主が抱きついたまま見上げてくる。
眷属は目を閉じ、首を横に振った。
やっぱり違和感があるような、ないような。
まあしかし――なぜだろう、こうして主にベッタリされるのは、いつものことなのだが、いつものことのような気がするのだが、無性に心地がいい。
特に主を物理的に見下ろしているあたりが言い様もないほど最高だ。
「……」
「なんでもないのか! じゃあ、お茶とお菓子、ちょうだい?」
かわいく小首をかしげるお嬢様に、眷属はうなずいた。
そうだ、これこそがあるべき姿なのだ――お嬢様を庇護する執事。わがままを言われ、振り回されたりもするけれど、そのすべてを解決する万能なる眷属。
脈絡もなく部屋の窓を突き破って敵とか現れて、それをバッタバッタとなぎ倒して「けんぞくすごーい!」とか賞賛される日常。
基本的に平和だけどたまに戦いとかあると強敵に向かっていきなんやかんやで倒したり倒さなかったりする毎日。
とりあえず敵はだいたい全部ドラゴンで、あとたまに聖女。
部屋だったり外だったり山頂だったりする場所でドラゴンとかドラゴンとかあとドラゴンとかを斬り伏せていく。お嬢様はいつも横にいて眷属が活躍するたびにすごいすごいと褒めてくれる。
とにかくドラゴンは見ているだけでストレスなので見つけ次第斬り伏せる。「ウボァー」とかいう叫びをのこして跡形もなく消えていくドラゴン。現れるドラゴン。どんだけ自分はドラゴンが嫌いなんだろう。
きりがないので全部倒したことになった。
眷属は誰もいない荒野で主の肩を抱いて空にのぼる月をながめる。
空いている手にはドラゴンスレイヤー。結果としてドラゴンをスレイしまくったからそう呼んでいるだけで実際は主に寝床として用意してもらった身の丈の倍ある名前のない剣。
いやでも今の身長だと身の丈の倍は言い過ぎなので身長の二十割というかまあ十五割ぐらいにはなっているかもしれない。
「けんぞく、ようやく世界は平和になったね」
お嬢様がうっとりと頭をあずけてくる。
ええ、そうですねお嬢様。わたくしはあなたが世界平和を望むのであればそれを叶えましょう――実はわたくし、昔あなたに拾われた、ケガをしたコウモリだったんですよ。知ってましたか、そうですか。まあそうですよね。ケガを治す時に血をもらって眷属入りしましたからね。当然ですね。はい。でもなんかこう恩返し的なアレはできましたよねこれで。
「眷属」
なんかお嬢様急に声が渋くなってません?
「眷属、大丈夫かね?」
なんですかそのおじさんみたいなしゃべり方? ああでも待って、待ってくださいまし。なんかその声すごく耳になじむ。そのしゃべり方ものすごい体になじむ。
「すまないが超音波は聞き取れないのだよ。大丈夫なら、私の可聴域の音声で『大丈夫』と言ってくれないかね?」
――目を開ける。
眷属が周囲を見回せば、見慣れた暗い部屋があった。
間違っても月ののぼった荒野などではない。
背中に感じるのはベッドの感触だ。
どうやら寝かされていたらしい。
眷属をのぞきこむのは、真っ白い髪に、赤い瞳の――おじさんだった。
眷属はさすがにおどろく。
「……!?」
「……いや、『お前誰?』みたいな顔をしないでくれないかね? 私は、お前の主だよ」
――そうだった。
眷属は認識する。今までのは、夢だったのだ。
「掃除中にいきなり壁にぶつかって倒れるから、なにかと思ったよ。体調が悪いのかね?」
「…………」
ちょっと喉が痛いかもしれない。
喉が痛いと物との距離感がはかりにくいので、そのせいでぶつかったのだろう。
「……」
「とにかく今日は休みなさい。……ああ、そうか――お前は逆さまになった方が眠りやすいのだったね。どれ、ハンガーのある部屋まで運んであげよう」
主に抱きあげられる。
眷属は己の体を見下ろす。メイド服を着た、小さな体。あんまり頼れる眷属という感じではない。
「……ハァ」
「どうしたね、ため息などついて」
眷属は首を横に振る。
見上げれば主の顔。
これを見下ろせるほどの肉体を――主より強そうでおっきな体を手に入れるのは、あと何百年必要かわかったものじゃない。




