26話 聖女はおじさんと遊びに来た
「おじさん、今日はゲームをしましょう!」
聖女は、部屋におとずれるなり、そんなことを言う。
男性はベッドのふちにズリズリ移動して腰かけ、指を鳴らす。
すると、部屋を暗闇で満たす遮光カーテンが開いた。
指パッチン式自動開閉カーテンではない。
メイド服を身にまとった、黒髪で片目を隠した少女――眷属の手によるものだ。
本来であれば、男性はカーテンが閉まっていてもなんともない。
なにせ吸血鬼である。
むしろ光なんか毒なぐらいだ。
が、聖女が来た時に部屋を明るくするのは、もはや習慣のようになっていた。
いつだったか――聖女が『おじさん、お部屋が暗いから気持ちまで暗くなるんですよ!』とカーテンを開け放ったのが始まりだったように思う。
それから聖女がカーテンを開けるようになり、次第に『聖女が来る』=『カーテンを開ける』という習慣になっていった。
朝日を浴びるたびに叫んでいた時期が懐かしい。
あのころは、体を張って吸血鬼アピールをがんばっていたなと男性は目を細める。
「やあ、おはよう聖女ちゃん。ついに私を社会に出すことをあきらめたのかね?」
「いえ。新しい作戦です。これからゲームをして、その結果、おじさんは部屋を出たくなります!」
「つまり、私が負けた場合、部屋を出ろということかね?」
「違いますよ。おのずから出たくなるんです」
「……なんだかわからないが……まあ、付き合おう」
男性は立ち上がり、来客用ソファに腰かけた。
聖女も男性の正面に座る。
そこに眷属が二人分の紅茶を持ってくる。
あと子犬も人なつっこくパタパタ尻尾を振りながら、聖女のまわりを跳ねるようにくるくるしていた。
「まあ、わんちゃんもお元気そうでなによりです。おじさんのところは居心地いいですか?」
「キャンキャン!」
「まあまあ。嬉しそう」
子犬と聖女が仲よく戯れている。
その光景を見て、男性は思わず泣きそうだった。
尊いからではない。
世間で子犬扱いをされているあの赤い生き物は、本来であればヒトにとって災害にも等しい超生物、ドラゴンなのだった。
男性はかつて、あのドラゴンと本気で殺し合ったこともある。
すべてはお伽噺のかなた――はるか昔の物語だ。
「おじさん、目頭をおさえてどうしたんですか?」
「いや……時の流れが目にしみてね。それで、なんだい、ゲームとは」
「『命題ゲーム』っていうものです。なんにもなくてもできるんですよ」
「ほう?」
「まず、わたしが問題を出します。おじさんはそれに、『はい』『いいえ』『関係ない』で答えられる質問をしていき、答えをだんだんあきらかにしていくんです」
「ふむ……言われただけではあまりピンと来ないか……」
「実際にやってみましょう。では――『男は朝になると死んでしまった。なぜ?』」
「……それだけではなにも答えられんが」
「そこで、おじさんは『はい』『いいえ』『関係ない』で答えられる質問をわたしにして、だんだんと問題の求める答えを浮き彫りにしていくんです」
「なるほど」
「コミュニケーションが重要なゲームですよ!」
「つまり、私には向いていないということだね?」
「違いますよ! 知らない人とも気軽にお話しできるんです、そう、このゲームならね!」
「ふむ。まあ、君の企みに今はのってやろう」
「ありがとうございます!」
「では、質問か……ふむ……しかし質問と言われてもな。『答えは?』などという質問はだめなのだろう?」
「『はい』『いいえ』『関係ない』で答えられる質問に限りますね。あ、わかったら答えを言っちゃって大丈夫ですよ!」
「ふむ」
「たとえば、『男』の死因から掘り下げていくとかどうですか?」
何気なく質問の方向性が示された。
こういう一言がいかにもコミュニケーション能力高そうな感じで、おじさんはちょっとだけ聖女に苦手意識が湧いた。
「では――『男は病気だった』のかな?」
「『いいえ』」
「ふむ。『男の死因は他殺』かね?」
「『いいえ』」
「『男の死はあらかじめ予定されていたものだった?』」
「うーん。それは答えるのが難しいですね。予定されていたといえばそうですし、されていなかったといえばそんな感じです」
「……『はい』『いいえ』『関係ない』で答えられていないではないか」
「まあ人と人の会話遊びですからね。必ずしも断じられることばっかりじゃないですよ」
「それではゲームにならんだろう?」
「なので、出題者によって個性が出るんですよ! 友達の一人は断固として『はい』『いいえ』『関係ない』以外の答えを返さない方針でやりますし、わたしは、どっちかあいまいだったらこんな感じで答えられない理由を答えます!」
「なるほど」
「誰とやるかによっても雰囲気とか変わるんですよ、このゲーム! 興味出てきました?」
「まあ……それで、先ほどの質問についてだが……」
「客観的には当たり前の死で、主観的には意表を突かれた感じでしょうか?」
なんかもうわかってしまった気がした。
しかし、男性はどうでもいい時ばっかり慎重な性格なので、いちおう、外堀を埋めていく。
「『その男はヒトか?』」
「『いいえ』」
「では男が吸血鬼で、朝日を浴びて死んだのではないか」
「そうです! でも、なんで朝日を浴びて死ぬ羽目になったのかがまだ解き明かされてませんよ!」
「ふむ。たしかにそうだ。では――『男は寝込みを襲われた』かね?」
「『はい』」
「では、寝ている隙に棺桶ごと外に引きずり出されて、蓋を開けられ、そのまま朝日で灰になって死んだのだろう」
「正解です!」
「吸血鬼の死因第一位と言っても過言ではないからね……まあ、数百年前の話ではあるが」
まさかそんな間抜けな理由で絶滅したわけではあるまい。
男性一人残して絶滅する過程には、もっとヒト側の進歩とか、戦いとか、そういうのがあったはずだ――というかあったと信じたい。
襲われている最中にスヤスヤ寝てて、気付いたら朝日でドッキリ死させられて絶滅とか、種族としてあんまりだ。
「どうですかおじさん、なかなかおもしろかったでしょう?」
「そうだねえ。頭の普段使わない部分を使った感じはするよ」
「なんとですね、この『命題ゲーム』、来週、大規模な集会があるんですよ!」
「……そうなのかね?」
「はい! そこには色んな人がオリジナルな命題を持って集います! 初心者歓迎! ぜひおじさんも参加なさってみませんか!?」
なるほどそれが本日の本題だったのか。
たしかに効果的だと男性は思う――『外に出て働け』と言われるよりも、『遊びに行こう』と言われる方が、心が動く。
しかし――
「いや、やめておこう」
「なんでですか!?」
「ふむ。では、こういうのはどうだね? 『吸血鬼は今日も外に出ない。理由は?』」
男性は笑う。
卑怯な出題だ。
なにせこの命題に答えはあるようで、ないのだから。




