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22話 それでも吸血鬼は証明をあきらめない

「おじさん、おは――あれ、今日も早いですね?」



 聖女が来たので、男性は指を鳴らす。

 すると、控えていた眷属がカーテンを開け、部屋には朝の日差しが差しこんだ。


 あらわになる室内。

 男性は本日、ベッドの上ではなく、来客用テーブルそばソファに腰かけていた。



「やあ、いらっしゃい。まずはお掛けなさい」



 男性は正面のソファを手で示した。

 聖女は戸惑った顔をしつつも――



「失礼します。……あの、おじさん、なんだかこの流れ、以前もあった気がするんですけど」

「まあまあ。まずは――そうだな、飲み物でもいかがかね? 眷属が城の蔵でフルーツティを作っていてね。スコーンなども、出そうか」

「施す立場なので……というかやっぱり前も同じ会話をした気がするんですけど」

「なに、かまうまい。『このめでたき日を祝して』というやつだ。――なにせ君との関係は、今日が最後になるかもしれないのだからね」

「やっぱり前も同じ会話しましたよね? また自殺なんて考えてないですよね?」



 自殺ではない。

 男性は吸血鬼である――だが、信じてもらえないのだ。


 だから証明の手段として『体を真っ二つにされてからの再生』を見せようとした。

 そんなことできるならば、少なくともヒトではないという証明になるからだ。


 ただ――止められたのだ。

 これについては、ヒトの常識をかんがみてなかったなと、男性は反省している。

『これから真っ二つになります』『どうぞ』などという展開は、ちょっと考えればありえなかったのである。

 なので、今日は――



「安心したまえ。今日は平和的に、君に私が吸血鬼であることを証明しようと思う。誰も傷つかない方法だ」

「はあ……」

「今までなぜ思いつかなかったのか不思議なほど、簡単な方法でもある――いや本当に、なぜ思いつかなかったのだろうね?」

「なにをなさるんですか?」

「翼を生やす」



 先日、ここにおとずれた少年が『吸血鬼であること』を証明するために行った手法である。

 少年が帰ったあと、しばらくしてから『あの方法があったじゃないか!』と男性は体内に雷が奔ったような気持ちだった。


 歳を重ねると、おどろくのにもタイムラグが生じるのだ。

 情報と情報を結びつける力がだんだん弱くなってきている気がする。



「トリックなどと言われないように、聖女ちゃんにもいくつかの協力をしてもらいたい」

「わあ、手品みたいですね!」

「手品ではない。そう言われないように、きちんと確認してもらいたいのだ」

「わかりました。わたしはどうすればいいんです?」

「おじさんが今から服を脱ぐから、聖女ちゃんは見ていてくれないか?」

「……えっと」

「わかっている。今の発言は、私自身どうかと思うが、必要な手順なのだ。どうか変な人と思わずに協力してもらいたい」

「まあ、はい、その、上半身ぐらいなら……」

「大丈夫だ。見てもらうのは主に背中になる」

「あ、それなら大丈夫です……まあその、えっと……大丈夫です!」



 聖女の中で葛藤があったのだろう。

 しかし、最終的には見る方向で決定したようだ。


 男性は立ち上がり、聖女に背を向ける。

 そして、ガウンのようなパジャマをはだけ、肩甲骨をさらした。



「おじさん、けっこう筋肉ありますね」

「吸血鬼なのでね。肉体は常に最高のコンディションに『再生』し続けている――まあ、今はたわごとだと思っているといい。これから私を吸血鬼だと認めることになる」

「はあ……」

「では、いいか、背中にはなにもないことを確認してくれたかね?」

「はい。なんにもないです。筋肉しかないです!」

「触ってたしかめてもらってもいいのだが」

「えーと……それはちょっと……いえもう、なんていうか、触りたい筋肉ではあるんですけど、そこは超えてはならない一線だと思うのです」

「そうか。ギリギリを攻めさせて申し訳ない。すぐに終わる。……いいかい、まばたきをせずに見ていてくれ。今から、なにもない背中に、翼が生えるからね」



 男性は背中あたりに意識を集中する。

 翼を生やす――全盛期であれば思った瞬間に身の丈の倍はあろうかというコウモリめいた翼がバサッと広がったものだが、最近やっていなかったせいか、ちょっと時間がかかる。


 男性は念じ続ける。

 しかし――



「……なんで翼が生えないのだろうね」

「あの……人は普通……翼、生えないです……」

「ちょっとすまない。久々なせいで緊張しているのかもしれない。少し練習するので一瞬だけ退出してくれないかね?」

「わかりました」



 聖女が出て行く。

 男性は再び念じる――が、そこまで力をこめることもなかった。


 バサッ!

 肩甲骨あたりに意識を集中した瞬間、懐かしくも少々むずがゆい感覚が広がる。


 翼だ。

 たしかに動かそうと思えば動かせるし、軽く動かせば体が浮いていく。



「……ふむ、翼が生えなくなったわけではないか」



 少々不安だったので、よかった。

 男性は一度翼をしまう。

 聖女の目の前で生やしてみせなければ、トリックを疑われるだろう。



「聖女ちゃん、帰っておいで」



 声に応じて、聖女が部屋に入ってくる。

 男性は彼女に背を向け――



「では、今から翼を生やす」

「あの、おじさん、大丈夫ですからね? 人には誰だって心に『自由』という名の翼があるんです。それはおじさんの中にも、きっとあります」

「そういう精神論で濁すのはやめてもらおうか。私の言う『翼を生やす』というのは極めて唯物的な話なのだ」

「社会にはばたきましょうよ。きっと、社会に出て見る景色は、今までとは違った輝きにみちみちているはずですよ!」

「やめたまえ! まるで社会をいいところのように言うのは!」

「いいところですよ!」



 と、雑談をしているあいだにも翼を生やそうと試みているのだが――

 生えない。

 先ほどはたしかに生えた翼が、全然まったく生えてくれないのだ。


 男性は理由を考える。

 聖女の持つ、魅了などを無効化するあの不思議な力のせいだろうか――それぐらいしか、理由が思いつかない。


 自然現象系の魔法は使えたので、聖女に効果を向けない限り大丈夫だと思っていたのだが……

 どうやら彼女の見ている前で『吸血鬼的な』力は使えないのかもしれない。


 要研究だ。

 つまり――今日はどうにもならない。

 室内には『翼を生やす』と言いながら半裸で少女に背を向けるおじさんと、その背中を優しい顔で見守る女の子だけが残されている。



「どうやら今日は調子が悪いようだ」



 こういう時、若者ならば、羞恥と焦燥でしどろもどろになるのだろう。

 だが、男性はおじさんだった。

 落ち着き払った様子でガウンをまといなおし、優雅な動作でソファに腰かける。

 内心の動揺などまったく見せない。



「また後日試みてみよう。その時には、君におじさんの翼を見せてあげよう」

「はい。楽しみにしていますね。おじさんの翼」



 聖女は笑う。

 男性も笑う。


 そして。

 なにかこう、聖女の見ている前で吸血鬼の力を使えないなら、おかしいことがあったような気がしたのだが――

 おじさんが情報と情報を結びつけるのは、また少しあとのお話。

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