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2話 だから吸血鬼は部屋から出る

「朝ですよー!」



 ガッシャアア!

 分厚く黒い遮光カーテンが一気に引き開けられる。

 お部屋に容赦なく入り込む真っ白な朝の日差し。



「ギャアアアアアアアア!」



 野太い叫び声。

 声の主は天蓋付きのゴシックなベッドで転げ回るおっさんだ。



「おじさん、朝ですよ!」



 にこにこと楽しそうに笑いながら、少女がベッドに近寄る。

 そして、小さな体からは想像もできないほどの腕力で、ブランケットを引きはがした。



「おじさん、朝!」

「君……君ねえ……毎朝毎朝、やめてくれないかな……おじさんは朝日に弱いっていつもいつも言っているだろう?」

「でも、そんなこと言っていたら社会復帰できませんよ!」



 いつもこうなのだ。

 おじさん――男性は吸血鬼である。


 本物の吸血鬼。

 それも――『夜の王』『慈悲なき闇の支配者』と数百年前に怖れられた、吸血鬼の王だ。


 ただ、色々飽きて城に数百年引きこもっていた結果――

 世の中で吸血鬼は絶滅し、いつの間にか『お伽噺にしか存在しないもの』になりはててしまったのだった。


 だからいくら吸血鬼と名乗ったところで、痛い妄想をぶちまける若者と同じようにしか見られないというのが現状である。

 男性は少し、切なく思う――かつては名前を聞くだけで人々が震え上がった闇の支配者も、今は若い女の子にただのヒキコモリ無職と思われ社会復帰をうながされる日々だ。


 男性はため息をつき、枕元をさぐる。

 と、酒瓶に手が当たった――睡眠導入に飲んでいた琥珀色の酒だ。

 最近は夜に早く寝るので、こういうものも必要なのだった。


 瓶のまま、軽く一口飲む。

 舌を焼くような強めのアルコール。

 しかし転がすほどに刺激はまろやかに感ぜられ、木々を思わせる風味と、果実のような甘やかな酸味がふわりと口内に広がる。


 甘さを感じるまで転がしてから、喉に落とす。

 焼くような強さが喉から胃へ落ちていく。


 男性はキセルを手にとり、ふかした。

 酒のあと一服は、ただの一服とはまた違った絶妙な味があり――



「……と、君はタバコが苦手だったな。すまない、今消すよ」

「い、いえ、お気になさらず!」



 少女は笑顔を浮かべる。

 でも、口元をおさえているし、目元には涙が浮かんでいる。


 無理をしているのだろう。

 男性はキセルの灰を落とし、



「毎朝言っていることだけれど、別に、私は社会復帰なんかしなくっていいんだから、私よりも困った人のところに行った方がいいよ、君は」

「いえ、こんな歴史的資産価値がありそうな古城を『私の城だ』と占拠してるおじさんより困った人はそういません! だから神殿からわたしが派遣されているのです! こんな困ったおじさん、わたしが救わなければ! 聖女の、わたしが!」



 今日も聖女は元気いっぱいだった。

 男性はため息をつき、酒をもう一口ふくんだ。


 口内で転がせば、先ほどより刺激はやわらいでいる。

 より甘みを強く感じることができた――何年ものの蒸留酒だったかな、と男性は瓶を見るけれど、ラベルはなく、薄緑色の瓶の中にわずかな液体が見えるだけだった。



「ああ、もう酒がないな……貯蔵庫にはあったか……」

「おじさん! 朝からお酒なんか、ダメですよ!」



 聖女が頬をふくらませる。

 男性は無精ヒゲの生えた顎をなでて、



「ふぅむ……しかしね君、最近は酒でもなきゃやっていられない。これぐらいは許してもらいたいものだが」

「夜ならいいですけど、朝からはダメです! 朝に飲むお酒の一滴は、社会復帰を一週間遠ざけるんですから!」



 今日も聖女は男性を社会復帰させようと一生懸命だった。

 男性はため息をつき――



「わかった、わかった。それじゃあ、酒は下げさせよう」

「ええ。そして外に出るんです!」

「いやあ、おじさん、太陽に弱いからねえ。……おい」



 男性は指を鳴らす。

 すると――ガチャリ、と部屋の扉が開かれた。


 入ってきたのは、幼い少女だ。

 髪が短いのもあって容姿は中性的だが、メイド服を着ているので、女性に見えた。


 片目を黒髪で隠したその少女は、無表情のままぺこりと礼をする。

 そして、男性のベッドに近付いて酒瓶を受け取ると、またぺこりと礼をして部屋から出て行った。



「酒は下げさせたよ。これでいいだろう?」

「……いやいやいやいや! 今の誰ですか!? おじさんの娘……いえ、お孫さんですか!?」

「眷属だよ」

「けんぞくぅ!?」

「最初はただのコウモリだったんだがねえ。おじさんが引きこもっているのを助けさせているうちに、どんどん家事とかに便利な体に変化していったんだ」

「でも、どう見ても幼い女の子でしたけど!?」

「幼い――わけではないはずだよ。ああ、そうか。どうだい、お嬢さん。眷属がいるというのはいかにも吸血鬼っぽくないかな?」

「……そんな……」



 聖女がよろめく。

 男性は『ようやく信じてもらえたか』と胸をなでおろした。

 けれど……



「まさかおじさんが、幼い女の子のヒモだったなんて……!」

「……あれ? そういう解釈になる?」

「だ、だって、おじさん、あの女の子に家事を任せて引きこもってるんですよね!?」

「まあそうとも言うかな……」

「ダメですよ! わたしの調査だと、無職男性の九割は部屋の掃除が苦手で嫌いで、下手するとしたことさえないんです!」

「どうやって調べるんだい、そういうデータは……」

「だからおじさん、まずは、無職の精神をどうにかするために、おうちを掃除しましょう!」



 聖女が拳を握りしめる。

 男性は思わず扉の方へ振り返った。


 城だ。

 三階建ての、よく近くを通った子供に『ボロ!』と笑われる城である。


 立派な尖塔が三つもついていて、外壁はいい感じに真っ黒だ。

 広さは――広さはどうだった。


 ……狭くはないと思う。

 具体的に何部屋あるとかは、部屋から出てない期間が長いのでちょっと思い出せないが――十や二十じゃきかなかったはずだ。



「……いやあ、この家を掃除するのは、普通に就職するよりつらいと思うんだけれどねえ」

「だからいいんですよ! 大丈夫、わたしもお手伝いしますから!」

「一日とか二日では終わらないと思うよ」

「精神鍛錬になりますよ!」



 拳を握りしめ、聖女が言う。

 男性はどうやってあきらめさせようか考えて――

 なにも思いつかなかった。



「……仕方ないか」



 男性は覚悟を決めた。

 まあ、それでも――吸血鬼は絶対に家から出ない。

 ……部屋からは、出ることになったけれど。

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