19話 吸血鬼とドラゴンはなかよし
「……ふむ、竜の末裔で、吸血鬼の、魔法使いか……」
真っ暗な室内で、ドラゴンが悩ましげにつぶやく。
冗談でも妄想でもなく、ドラゴンだ――体表がウロコに覆われた、背中に翼が生えて頭に角のある四足歩行の空を飛ぶ生き物を他に呼びようもないだろう。
まして――犬などと。
こんなものが犬に見えるはずはないのだ――男性は目の前でバサバサホバリングするドラゴンを見て思う。犬には見えない。犬は飛ばないししゃべらないのだから。
「そもそも『竜の末裔』とはなんだ?」
ドラゴンが長い首をかしげた。
それは、男性もそう思っている。
ドラゴンと眷属が帰ってくるまで、男性はベッドに横になりながら一生懸命考えた。
『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』――聖女が連れて来るのだから、それはもちろん邪悪なクリーチャーではないにせよ、神聖なクリーチャーかもしれないのだ。
対策を練るにこしたことはない。
だが、対策を練ろうにも正体がわからなければどうしようもなかった。
聞いている単語から想像しようにも、とっかかりがない。
なにせ――
「やはりドラゴンに『末裔』というのはいないのかね?」
「うむ。我らは世界の始まりからあり、脱皮により延命を続ける――争いなどの外的要因や、脱皮をうっかり忘れるなどがなければ、滅びぬ。そしてなにより、子を成さぬ」
「君らの『ハーレム』というのは……」
「ドラゴンのハーレムとは子作りを目的とした集団ではなく、ヒトで言うところの宝石箱のようなものなのだ。美しいものを並べてしまっておき、たまにウロコなどを磨かせるだけだ」
「つまり、ヒトに子を生ませるドラゴンはいないと」
「不可能であろうな。ヒトとのあいだに子を成せるドラゴンなど、もはや『ドラゴン』とは呼ばん。ドラゴンに似た別の生物だ」
「では『竜の末裔』などいないと、そういうことでいいのかね?」
「おらんな。……ああ、だが、待てよ。竜のハーレムに迎え入れられ、主たる竜が殺され逃げたヒトが、その後授かった子を『竜の子』と呼び育てることがある――みたいな話は聞いたことがある」
「それはつまり、ヒトの子を、勝手に『竜の子』と呼んだということか?」
「うむ。本気でその嘘を信じ続けた者が、『自分は竜の末裔なのだ』と子々孫々に語り継いでおれば、今の世界に『竜の末裔』も――そう思いこんでいる者も存在するやもしれん」
「なるほど」
渋い声の男性二人は、ベッドの上で顔を突き合わせ、うなっていた。
しごく真面目な雰囲気だ――そこには『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』なる未知の存在に対する警戒があり、慢心など欠片ほどもなかった。
心底怖れているとさえ、言えるだろう。
『常闇の王』と呼ばれた吸血鬼と、『万雷の彼方より来たる者』と呼ばれたドラゴンが、これほど真剣に敵について考察することは、まずない。
「君の言ったように、『竜の末裔』はそれで説明がつく。末裔と思いこんでいるだけのヒトならば、吸血鬼の同胞か眷属になることもありえよう。だが――『吸血鬼の魔法使い』というのがどうもいまいち、私にはピンとこないがね」
「吸血鬼は魔法使いであろう?」
「たしかにそうだ。だからこそ、おかしい――吸血鬼が魔法を使うのは当たり前だ。だというのにわざわざ『吸血鬼の魔法使い』と自称していることが、どうにも、わからない」
「つまりそれだけ、魔法に自信があるということではないのか?」
「……ほう?」
「吸血鬼は魔法を扱うことができる。……魔力への抵抗が弱い者を見ただけで魅了し、牙を突き立てれば他者を自身と同じ存在に造り替えてしまうことができる。血液を飲ませれば相手を従属させ、また、従属した者の能力を引き上げることができる。翼を生やし、霧になり、体をどれほど刻もうが再生をする――」
「うむ。つまり、その『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』とは……」
「今言った程度ではないのであろうな」
「……なるほど。怖ろしい相手だ」
男性の額から冷や汗が垂れた。
この種類の緊張は久々である――いや、かつて、目の前の竜王と戦った時にさえ感じなかった、絶対的戦闘能力を持つ相手と対面するという未来に、今までにないほど恐怖している。
『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』。
しかも――『明るくていい子』。
これだけ闇の者の特徴を備え、また、闇の者を自称しておきながら、聖女と友達をやっているというのだ。
光と闇を兼ね備えた最強の存在ではないか。
「……いや、しかし、待ちたまえよ。聖女ちゃんは『吸血鬼』や『ドラゴン』を信じていないはず。君のことさえ、犬と呼んではばからなかった」
「うむ」
「ということは――聖女ちゃんが連れて来ると言ったのは、『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』を名乗るだけの、ただのヒトという可能性も高いのではないか?」
「貴様はもう少し物事を深く考えた方がいい」
「ほう。では――『智恵持つ暴君』と名高い竜王は、聖女ちゃんの発言をどう読み取るね?」
「貴様は偽物の吸血鬼か?」
「馬鹿な! 私が本物であることは、君もよく知っているはずだろう!」
「つまり、そういうことであろうな」
「…………まさか」
「そうだ。その『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』は、本当に、『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』であり、嘘偽りなく『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』を名乗っている。だが――」
「それを、聖女ちゃんは信じていない、と」
「そういうことだ。……さて、我らとそやつの対面で、なにが起こるか。せいぜい楽しみにしておこうではないか」
「君は、どうするね?」
「どうもせんわ。いや――何一つする必要がない。なぜならば我は絶対無敵ゆえにな。散歩中に数々の愛玩動物を観察し、やつらの動作を身につけた。今の我ならば、魔法を使わず貴様さえ魅了してみせる」
「計算尽くでやっているのを知っているから、あざとく見えるだけだと思うが……」
「『後ろ足二本で立ち前足二本を合わせてちょうだいちょうだいと要求する動作』をしてやろうか?」
ドラゴンがふんぞり返る。
まるでその動作が必殺の一撃であるかのようだ――出せば必ず落とせる確信がある。だからこその警告というように、男性には聞こえた。
「……君も、今までとは別種の力を身につけたようだね」
「ふん、当たり前だ。我の学習能力をなめるなよ――他にも『狭いところに入って寝てたら出られなくなってもがく』や『尻尾を追いかけてくるくる回る』などもある。他者の協力さえ得られれば『ヒトの手の平にお腹のあたりを支えられて、飛んでるみたいに前足後ろ足を伸ばす』という動作も可能だ」
「なにかよくわからんが、途轍もない自信だ」
「貴様のことも、いざとなったら守ってやろう。相手が敵意を発したならば、我に人差し指を向け『バーン』と言うがよい」
「するとどうなるのだね?」
「我が倒れる」
今世紀一番重苦しい声だった。
ドラゴンが倒れるからなんなのか男性にはよくわからないが、世界でも滅びそうな迫力だけは伝わってきた。
「……なににせよ、お互いやることは変わらないということか」
「貴様もか」
「ああ。私は一人で眷属と一緒に楽しく遊ぶよ」
「そのセリフにおかしさは感じぬのか?」
「……なにかおかしいかね?」
「いや。吸血鬼独特の感性なのかもしれん」
「……なんだね」
「いいや。うまく説明できん」
「ともあれ――なにが来ようと変わらないことがわかって、よかった。いや、実は少し不安だったのだよ。なにせ未知の存在だからね」
「うむ。実を言えば、我も不安がないではない――だがこれで、お互いゆるがぬ信念があることがわかったな」
「ああ。あとは『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』を待つとしよう」
「うむ。『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』など恐るるに足らぬがな」
ドラゴンと男性は拳を合わせる。
部屋の隅で眷属は『あいつら仲いいな』と思っていた。