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16話 吸血鬼はちょっとだけ光堕ちしている

 あとには灰になった吸血鬼だけが残された。



「………………………………」



 それはどちらの沈黙だったのか。

 眷属は、物言わぬ真っ白な抜け殻となった主をジッとながめる。


 眷属は主の目の前――来客用ローテーブルに置かれたチェス盤へ視線を移した。

 負けている。あまりにも綺麗に。


 もっとも、主のチェス(ちから)がショボかったということではない。

 かといって聖女のチェス力が高かったというわけでもない。


 主は駒の運用では間違いなく勝っていた。

 ただ――心理フェイズで負けたのだ。

 眷属は主が負けるにいたった、あまりにも凄惨な場面を回想する。



 ――おじさんにもね、友達がいないわけじゃあなかったんだ。

 ――ただ、人付き合いというのも、歳を重ねると面倒になってきてね。

 ――いや、昔はたくさんいたんだけれど、みんな、死んだりしてね……

 ――ああでも、まあ、おじさんたちはみんな独立精神豊かというか……

 ――最初から遊び以上の関係での付き合いはなかったかな……

 ――親友とかは……ちょっと思い出せないな……

 ――私は孤独だったのだろうか?



 主が駒運びを間違えたのは、そんなつぶやきを発した時だった。

『あっ』という声があった。


 聖女は『やり直していいですよ』と言った。

 が、主にはチェス経験者の意地があったのだろう、『待った』はしなかった。

 結果的に、その一手から調子が崩れ始めて、敗北を喫したわけである。



「……」



 眷属は主の真横に立ち、自分の顔を両手で覆った。

 あんた、友達なんかいなかったじゃないか――

 なのに見栄はろうとするから――


 様々な思いが眷属の中に渦巻いていた。

 でもこのまま灰になられていても困るので――もちろんリアルに灰ではなく精神が灰燼に帰されていても困るので、主の肩を叩く。



「……」



 しかし反応はない。

 聖女のやり口もたくみだったのだ。


 友達というものの素晴らしさ。

 人と交流することで得られる充足感。

 みんなで一つのことを成し遂げるということの達成感。


 そして。

 そして――



 ――おじさん、親友っていいですよね。



 言ってはならない、その言葉。

 もはや言葉そのものが光。吸血鬼をむしばむモノ。

 だというのに、聖女は重ねた。



 ――おじさんにも、親友って呼べる人が、一人ぐらいいたでしょう?



 いたでしょう?

 それはひるがえせば『いないわけがないでしょう』という意味だ。


 なんという残酷な言葉か。

 世の中には友達も恋人もできぬまま一生を終える者だって、たしかに存在する。

 でも、光の者どもは、そんな事実を認識できないのだ――だって、自分の周囲には『孤独な人』も『ひとりぼっち』もいないから!


 眷属は主の頭に手を置く。

 そして、撫でた。


 ――動き出す。

 万年氷が温かな日差しを受けて溶け出すように、永遠の眠りに落ちていた姫が王子の口づけで目覚めるかのように――

 主が、ゆっくり首を動かし、眷属を見た。



「……私は……いったい」

「…………」



 眷属は頭を撫でる手を引っ込めて、チェス盤を指さした。

 主は薄く笑む。



「ああ、そうか――私は負けたのか」



 そのつぶやきには寂しさと、一抹の安堵とか感じられた。

 主はさらに、顔を上げ、どこか遠くを見て――



「長い夢を見ていたかのようだ。……かつての私は、闇を信じていた。孤独を愛し、静けさを好んだ。そして、一人きりでいることが強さなのだと思っていた」

「……」

「でも、こういう強さもあるのだな。親友、か。……あの言葉は効いたよ。そして、効いた自分に、おどろいた。その友情を、その理想を、その存在を――その光を、即座に嘲笑うことができなかったんだ」

「…………」

「なるほど。私もきっと、友達がほしかったのだろうな」



 吸血鬼は笑う。

 つきものが落ちたかのように。



「これからは、もっと多くのお客さんを招こう。そして友達の輪を広げるのだ」



 主が光堕ちしている。

 目に闇がない。

 眷属は慌てた――さすがに慌てた。聖女との光のゲームで負けた傷は深い。


 眷属はしばし迷い――

 口を開いた。



「あるじ」

「……」

「ともだちが、いるなんて、きゅうけつきっぽく、ない、です」

「…………吸血鬼っぽくない?」

「そう。あるじは、きゅうけつき、です」

「……」

「きゅうけつきに、ともだちは、いらない」



 しばしの沈黙。

 だが、次第に、男性の目に闇が戻ってくるのがわかった。

 そして――



「……長い夢を見ていたかのようだ」

「そのくだり、さっき、やった、です」

「そうだったか。いや、正気ではなかった……そうだ、そうだな。私は吸血鬼ではないか……すっかりアイデンティティを喪失しかけていた……友達とかいても私より先に死ぬものな。吸血鬼は孤高たれ」

「わたしが、いるし」

「そうだった。……危うく闇を見失いかけた。かたちは変われどさすがは聖女、存在そのものが我らの天敵というあたりは何百年経とうと変わっていないということか――」



 そう言って主は立ち上がる。

 その目にもはや光はなかった――いいことだ。闇の者なので。



「――眷属よ、これより支度を始める」

「……?」

「聖女ちゃんが今度、お友達を連れてくるだろう。ならば――なにか遊ぶものを用意しておかねばな。あと、おやつも」

「………………」

「そこ、『この人あかん』みたいな顔をしないでくれないかね? ここで『やっぱりなし』とだだをこねるのは、ありえん。美しくない。それに――考えてもみたまえ」

「……?」

「今回の勝負は、私の負けだ。聖女ちゃんの強すぎる光を受けて、精神が崩壊しかけた。ならば――次の勝負では、私が勝つ。彼女の光を陰らせ、闇に堕としてみせよう」

「……やみ、とは」

「闇とはつまり、『一人っていいな』と思わせるということだ」

「………………」

「眷属よ、これは戦争だ。『城を出ない』私と、『城から出したい』聖女ちゃんとの、戦争なのだ」

「……はあ」

「今までは意識していなかったが、ようやく私はこれを戦いと認識した。ならば彼女に教えねばならない――最大二人でできる楽しい遊びを! 家から出ずに行える夢中になれる暇つぶしを!」

「……」

「これより私が行う遊びはすべて、戦争と知れ。……なんだか若いころに戻ったようだ。あのころは暴力虐殺即解決だったが、今となってはもう、そんなもので精神的充足感は得られそうにもない――精神的に屈服させ、聖女を闇に堕としてみせよう」



 主が「クックック」と笑う。

 眷属はなにも言えなかった――『めんどう』以外の理由でなにも言いたくなかったのは、生まれてから初めての経験だった。


 主はやっぱり、ちょっとだけ光堕ちしているようだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 表面が光に落ちたところで根が闇に満ちているから… 自己紹介とか位ならついていけても、途中から光メッキが剥がれてついていけなくなり疎外感を覚える。 そうして静かに闇を吐き出す置き物になって、闇…
[一言] やっぱり吸血鬼は闇の者だった ってただの陰キャじゃん(笑)
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