142話 吸血鬼は眷属の仕事ぶりを観察する
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おっさん吸血鬼と聖女。
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男性はヒキコモリである。
しかし男性の引きこもるのはそんじょそこらの建物ではない。
古城。
街を外れ獣道を歩み、森を分け入ってようやくたどりつく場所にその古城は存在した。
山道の頂上付近にあるために勾配も多く、その道のりは踏み入る者の体力を適度に奪うことだろう。
そのため、近隣の街で暮らしていれば遠足で一度ぐらいは訪れるはずだ。
いつ崩落するかわからぬ危険性から周囲にはロープと『国有地につき立ち入り禁止』の札が張り巡らされている。
草木と一体化し、長い年月と風によって研磨された古城は、ただ古いだけではない歴史を感じさせる。
暑いシーズンになると若者が『肝試し』と称して訪れる。
若者どもは花火を打ち鳴らしお菓子や酒の入った瓶をポイ捨てして去ろうとする。
だけれど、ポイ捨てしたり騒音を立てたりして無事に帰った若者はいない。
そういった不作法を働く連中は、なぜか髪型をオールバックにし、シャツの裾をズボンに入れ、『綺麗にします綺麗にします』しか言えない状態にされ街に帰ってくるのだ……
以降、彼らは街の清掃活動に従事し、些細なゴミのポイ捨てさえ過剰に恐れ、すぐさま綺麗にしようとするようになる。
そんな彼らが一様に『メイド服を着た幼い少女』という偶像を信仰するようになっているのは、民俗学的観点から興味深いことであろう。
つまり男性が住むのは民俗学的な城なのであった。
あと広い。
外壁の方の劣化は正直どうにもならないのだけれど、城内はチリ一つない美しい状態で常に保たれている。
満遍なく敷かれた毛足の長い絨毯をスリッパで踏みながらうろうろしているだけでも、かなりのカロリーを消費できるであろう。
男性が長い廊下を歩いていると、遠くの方に眷属の姿が見えた。
眷属はモップとバケツとチリトリとぞうきんと絨毯用粘着ローラーを手に、すさまじい速度で廊下を駆け抜けていった。
彼女が通ったあとにはチリが消え、また黒い壁面は漆でも塗ったかのように美しくきらめき、天井だけが通る前と変わらぬ姿を残していた。
――身長が足りなくて、天井の清掃だけはできないのだ。
「……ふむ」
男性は白い無精ヒゲの生えた顎に手を当てる。
今まで眷属の働く姿を見たことはなかったのだが……
「……すさまじい働きぶりだ」
掃除の効果音が『ガォン』だった。
超高速で廊下を駆け抜けるせいで空気を何かこうあんなアレしてるアレだろう。
男性は気付く。
そういえば――眷属の働きぶりを、しっかりとこの目で確認したことがなかったな、と。
城は綺麗だ。
だが、この規模の城をたった一人で清掃するとなれば、たしかに音速の壁を突き破った掃除も必要となるだろう。
その清掃風景には一見の価値があるかのように思われた。
「よし、今日はあいつの働きぶりを見てみるか」
ヒマに任せて男性は決断する。
そうして、眷属を追う旅路が始まった。
◆
終わった。
眷属は買い物タイムに入ったのだ。
あと清掃風景は弾丸のように廊下を駆け抜けるだけだったので特に変化がなかった。
「……うーむ……まあ、ともかく大変そうなのはわかった。……やはりアレ一人に家のことすべてを任せるのは無理があったか……」
眷属を見送ったあと、城のエントランスで考えこむ。
かつて、両手の指では数えきれぬほどの眷属どもがいた。
主にコウモリとオオカミだ(人型はいない)。
城に引きこもると決めた際に大部分は解雇してしまったが……
今の眷属の仕事ぶりを見ていると、二、三、残しておいてもよかった気がする。
というか最初コウモリ形態だった眷属に『家のことは任す』と告げたが……
今思えば、コウモリの身体構造でどうやって家事をしたらいいのか想像もつかない。
眷属がああしてヒトのカタチをとったのは、単純に自分の無茶なオーダーに応えるためだったのではないか……そう思うと罪悪感もひとしおで、ますます現状をどうにかしてやりたい気持ちになってくる。
しかし男性はヒキコモリであった。
外に出て適当な動物を見つけてくることなど適わない。
どうしたらいいか悩んでいる、その時である。
買い物を終えた眷属が帰ってきた。
え、早くない?
「眷属よ、お帰り」
ボーンボーンと来客を報せる柱時計の音が鳴り響く中、男性は眷属を迎える。
バスケットを片手に提げたメイド服姿の少女は、いったん首をかしげたあと、ペコリとスカートの裾を持ち上げて礼をした。
「今日は一日、お前の仕事ぶりを見ていたのだが……」
「!? まさか、そとに……?」
「……いや、買い物にはついて行っていないけれどね」
「……」
眷属は胸をなで下ろした。
しゃべることを極度に嫌う彼女が、思わず声に出すほどのおどろきだったらしい。
「眷属よ、お前、家の掃除、一人では大変ではないかね?」
首を横に振った。
声を介さないコミュニケーションだと『はい』『いいえ』しかわからないが、大変ではないらしい。
「けれど、音速を超える速度で廊下を掃除しているというのはね……」
「……」
「もし大変ならば、今度、なにか適当な動物でも拾ってきなさい。新しい眷属にして、お前の下につけてやろう」
「!」
眷属が『どぷん』と影に沈みこんで消えた。
三秒ほど待つ。
すると、また『どぷん』と影から現れた眷属は、手に何かを持っていた。
ドラゴンだった。
「なんだ貴様ァ!? 我は今、収録中であるぞ! 生放送中に配信者が拉致されるとか我の動画が炎上してしまうであろうが!」
「……これ、けんぞく、に」
眷属がドラゴンをずずっと差し出してくる。
男性は困った。
「いや、うーん……おそらく、通用しないと思うのだよ。ドラゴンはほら、我ら吸血鬼と並び立つ存在みたいなところがあってだね……実際、ドラゴンの血を吸ったってどうにもならないわけだし」
「いま、よわいから、いける」
「まあ確かに弱体化してはいるが……」
ジタバタもがくドラゴンをながめる。
まあ、コレを眷属にはできないだろうが……
それで眷属が満足するなら。
男性は爪で自分の人差し指を引っ掻き、流れた血をドラゴンに飲ませた。
「ぶぇぇ!? ペッペッ! おっさんの血など飲ませるな! 我の美少女の体液の中におっさんの体液が混じって全身を循環するであろうが!」
「……ほら眷属、何も起こらないだろう? だから、あきらめなさい。ドラゴンはね、何をしたって素直に他者の言うことをきくような生き物にはならないのだから……」
男性はさとすように言う。
眷属はしゅんと顔をうつむかせて、ドラゴンを床に叩きつけるように投げ捨て、そしてトボトボ去って行った。
「今回、我、何もしとらんよなぁ!?」
叩きつけられたドラゴンが咆えた。
男性は彼を片手で拾い上げながら、去って行く眷属の背を見てつぶやく。
「眷属よ……」
なぜだろう、それ以上の言葉は出ず、いつまでもいつまでも、クソ長い廊下の向こうに消えるまで、その背を見つめ続けるしかできなかった……




