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141話 どうしても吸血鬼は城から出ない

※書籍化!※

本日8月24日、集英社ダッシュエックス文庫より発売中!

書店で探してみてね!

「朝ですよー!」



 ガッシャアアアアアア!

 分厚く黒い遮光カーテンが一気に引き開けられる。

 お部屋に容赦なく入り込む真っ白な朝の日差し。



「やあ、聖女ちゃん、おはよう」



 男性は天蓋付きのベッドの上でむくりと上体を起こし、低い声であいさつをした。

 そうして立ち上がると毛足の長い絨毯を踏み、ベッドのすぐ横、来客用ローテーブルのある位置まで移動する。

 ソファに腰かけて、対面のソファを示し、言った。



「今朝は早いね。まあ、座りたまえ」

「あ、はい……おはようございます」



 聖女はすすめられるままソファに座る。

 ほどなく部屋の中にメイド服姿の少女が現れた。

 黒髪で片目を隠した少女はテーブルの上に二人分のカップを置くと、注ぎ口の細いティーポットから紅茶を注ぎ、スコーンなどの載った皿を置いて一礼、部屋の隅に下がる。



「そろそろフルーツの季節も変わるところ申し訳ないのだが、作っておいたドライフルーツがいい具合でね。だからワンシーズン遅れたフルーツのスコーンでご容赦願いたい」

「あ、はい……」

「……今朝は何か歯切れが悪いようだが、どうしたのかね?」



 男性は赤い瞳で正面に座る少女を見た。


 少女は聖女である。


 大昔、まだ吸血鬼やドラゴンの実在が広く認められていた時代、聖女といえば『人外しまっちゃうお姉さん』という感じであった。

 神の名のもとに破壊と殺戮を繰り返す狂戦士。神の教えを間違っていないことにするためならばどのような悪辣な行為さえやってのけるやべーやつだった。


 しかし現代の聖女は慈善活動が主であり、こうして困っているお年寄り(そして困ったお年寄り)のもとへと足を運び、悩みを聞いたり問題を解決したり、あと社会制度を利用したサポートを受けさせたりしているようだった。


 聖女という職業についてはそのような感じだが、彼女個人、そういった慈善活動を『仕事だから』というだけでやっている感じではない。


 光の者なのだ。友情を信じ、愛情を信じ、人の和を尊ぶ。

 世界中の人々はわかりあうことができると心より思い、世に手遅れなことなんか何もないのだと説き、ヒキコモリ老人やら心に闇の炎を宿した少女やらをつなげていっている。


 その桃色の瞳は常にキラキラと輝き、その白い肌は活力でいつも潤っている。

 まぎれもなくかわいらしい容姿をしているのだけれど、体のラインをあまり出さないローブ姿もあってか、『女性』を感じることが少なく、それ以上に活動的で健康的なのが目立つ。

 彼女と接していても性別や年齢の差異をあまり気にせず会話ができる。この雰囲気を醸し出せるのは、一種の異能と言えるかもしれない。


 活力に手足を生やしたような光属性の人物――

 それが、男性から見る『聖女』であった。


 ところがどうだ、今朝の聖女はどことなく覇気がない。

 もじもじしているというか、おどおどしているというか……



「体調が悪いのならば、少し休んでいってくれてもかまわないが……」



 男性は聖女を気遣って言う。

 聖女は「い、いえ!」とぶんぶん首を横に振った。



「体調は平気です! 元気だけが取り柄なので!」

「君の取り柄が元気だけというならば、世の中の多くの人に『取り柄』がなくなってしまうな」

「ありがとうございます。……でも、最近はなんていうか……本当に元気だけしかがんばれるところがないなあって思ってしまっていて」

「ふむ。悩みかね? 私でよければはき出してもらってもかまわないが」

「しかし……」

「なに、無理強いはしない。悩みというのは誰彼かまわずはき出せば楽になる、というものでもない。他者にわかり得ないものもあるだろうし、はき出す相手を慎重に選びたいものもあるだろう」

「そういうのではないんですが……」

「では、言ってくれたまえ。なに、他言はしない。私は他言する相手がいないし、眷属はほれ、あの通り無口だからね」

「……えっと、では、言いますけど……」

「どうぞ」

「最近、あまり活動に実りがなくて」

「実り?」

「……ひきこもり気味なお年寄りを、他者との交流の場に連れ出したりができていないなあって……」

「……」



 ひきこもり気味なお年寄りは押し黙った。

 聖女がすかさずフォローする。



「あ、いえ、その、おじさんのことだけではなく!」



 ひきこもり気味なお年寄りではあるらしい。



「おじさん以外にも、結構いらっしゃるんですよね。地域とのかかわりをおっくうに思って、家の中にこもりきりになっていらっしゃる方が……」

「まあ、私の場合、地域とのかかわりをおっくうに思っているというか……うむ。まあ、まあ、そこはよかろう。今は。それよりも君の悩みだ。続きを話したまえ」

「では……その、おじさんに限らずですね? 若いころのお知り合いが寿命で亡くなられたり、引っ越されたり、病気で入院がちになってしまったお年寄りの方々は、地域で交流しようというモチベーションが希薄になるんですよ。そこをどうにか外に連れ出すのも、わたしの役目の一環なのですが……最近、うまくいってないなあって」

「そもそも、そういったお年寄りを放っておいてやるというのはいけないのかね? 世には一人でもいいという者だって多いと思うのだが……」

「そういった方がいるのも、おじさんを通して認識しましたが……しかし、放ってはおけない理由があるのです」

「ほう」

「一つはまず、お年寄り自身の安全性のためですね。たとえば『毎日朝六時に神殿に礼拝にいらっしゃる方』がいたとします。その方が二日も神殿にいらっしゃらないと、こちらも『何かあったかな?』と思って動くことができますね。それに、毎朝出かけているご近所さんの姿が見えないと、周囲の方もなんだろうと思うはずです」

「そうだね」

「けれど、そういった社会とかかわる習慣のない方の異常は発見しにくいのです。一人家で趣味に精を出すのはいいのですが、何かあった時、たった一人だと気付いてもらえず、そのまま命を落とすケースもありえます。なので、ご自身の安全性のため、『行動習慣を把握している知り合い』を作っておいてほしいのです」

「なるほど」

「第二に、地域の安全性のためです」

「……ひきこもりが一人いたところで、よそさまに迷惑などかけるのかね?」

「ひきこもりとは言え、おじさんのように本格的なひきこもりはそういません。みなさん、必要があれば外出なさいます」

「……」

「その時に顔見知りがいないと、『知らない老人がうろうろしている』と認識されてしまうのです。これは昨今、子供の安全に気を配られる世相の中で意外と深刻な問題でして……ご老人に限らず、若い方もそうですが、本物の『不審者』を見逃さないためにも、地域で『不審者と勘違いされる人』にならないでいただきたいと、そのために存在を認知されていてほしいと、そういうことなのです」

「ふむ」

「なので、少々強引にもお年寄りやヒキコモリの方々を外に連れ出す活動をしていたのですが……最近はうまくいっていないというか」

「頑固な年寄りが増えたのかね?」

「いえ、わたし自身が、『そういう生き方もアリなのかな』と思ってしまい、強引に連れ出すという行為に踏み切りがたくなっていて……」

「ほう!」



 ひきこもり気味の頑固なお年寄りは身を乗りだした。



「とはいえ! ……とはいえ、わたしはやっぱり、外に出て……いえ、外に出なくても、社会とかかわっていくべきだと考えています。それは揺らぎません。人と人とのつながりは素晴らしいものです。……おじさんだって、もはや、わたしのこの言葉を、簡単には否定なさらないでしょう?」

「……」



 思わず押し黙る。

 たしかにそうだ。

『いいや、違う。一人でも平気な者はいるのだ!』

 ……かつて、そういう旨のことを語った。今も思っている。けれど――『一人きりでも人生は素晴らしい』と思う一方で、同じぐらい、『他者とかかわる人生も素晴らしい』と思い始めている自分がいる。


 手紙。


 ぬいぐるみを送って、感謝の手紙をもらった。

 あれは金銭の授受が発生した『仕事』である。契約関係だ。男性は己の仕事を果たしただけだ。……それでも、お礼の手紙は目頭が熱くなるようなものだった。


 何より、『一人きりでも人生は素晴らしい』と『他者とかかわる人生は素晴らしい』という二つの概念は、対立しない。


 両方、素晴らしい。

 価値観は多様なのだ。一人きりを望む者もいて、他者とのかかわりを望む者もいる。どちらかが素晴らしければどちらかが劣っているなどと、そんなふうに考える必要はないのだ。


 ……極めて客観的な立場に立って述べれば、そういうことになるだろう。

 けれど、



「聖女よ」



 男性は赤い双眸を輝かせて聖女を見た。

 彼女は、気圧されたように、ソファの背もたれに背を押しつける。



「な、なんでしょうか?」

「君とて人だ。揺らぎもしよう。……けれどな、己の立ち位置を忘れてはくれるな」

「……立ち位置?」

「そうだ。君は、今まで、ひきこもりの老人たちを社会とかかわらせてきたのだろう?」

「……はい」

「社会に出るのが素晴らしいと、そう信じ活動をしてきたはずだ。そして、その信念は今も変わらないのだと、そう言ったね?」

「はい」

「ならば揺らぐな。……いいかい、聖女よ。君が今まで外に出してきた老人たちにも、哲学があったのだ。一人きりこそが素晴らしいという信条があった。それを君は説き伏せ、なだめすかし、外に連れ出してきた」

「……」

「君は人間の生き方を変えてきた。その行為は紛れもなく侵略だ。……侵略される側にも事情があり信念があり哲学があると、そう気付いた程度で揺らぐならば、君は侵略者として失格だ。君にはもはや、他者の生き方を変える資格などない」

「……侵略、ですか」

「君の正義は誰かにとっての悪だ。……もっとも、ヒトは、己の行為を悪と認識することを忌避するものだ。『ひきこもりの老人を社会にかかわらせる』――その行為の悪の側面に気付いた君が立ち止まるならば、それもまた、ヒトとして自然なことなのだろう」

「……」

「しかし私は、『ただのニンゲン』になど興味がない。己の行為の悪性に気付いた程度で立ち止まるならば、君は二度とこの城に来るべきではない。……いいかな、ヒトよ。私が君を敵と認めたのは、君が紛れもない侵略者だからだ」

「私は、侵略者――なんですね」

「そうだ。他者とのつながりの素晴らしさを信じ、家の外には無限に広がるきらめく世界があるのだと私に説く君は、この私が侵略されることを警戒してしまうほどに、すさまじい脅威だった」

「……」

「だが、揺らぐ君には脅威を感じぬ。……心に刻め。私は、君の悪性を、君の侵略を肯定する者だ。相手にも事情があるのだと知った上で、なおすべてを己の信念で染め上げんとする君の輝きのみが、現代、吸血鬼(わたし)を焼く光なのだよ」



 男性は、ジッと赤い瞳で聖女を見つめ続ける。

 彼女は真剣な顔をしていたが、



「……ありがとうございます」



 つきものでも落ちたかのように、微笑んだ。



「おじさん、わたしを元気づけてくださったんですね」

「……さて、どうかな。私としては、君がこのまま揺らぎ、迷い、悪に墜ちるのを嫌い、己を見失うのもいいかと思っているがね。何せ、そうなればこの勝負は私の勝ちなのだから」

「ありがとうございます。お陰で吹っ切れました。わたしは、わたしの信じるものを押しつける……嫌われても、悪と思われても、素晴らしいものを広める。それでいいんですね」

「もとより、宗教とはそういうものだと思うがね。……何かを肯定するというのは、何かを否定するということではない。けれど、自分の信じるものを他者に無理矢理認めさせるというのは、何かを肯定し何かを否定する行為だ。そこには悪と正義が発生する」

「わたしは、悪でもいい」

「そうだ。君の悪性を私は肯定する」

「わたしがわたしである限り、おじさんは、認めてくださるんですね」

「認めつつも抗おう。君が私を侵略する限り、私も抗戦を続ける。……いや、私も君を、侵略し続ける。我らはもとよりそういう関係だろう?」

「そうかもしれません。……それではおじさん、ここらで一つ、外に出ましょう!」

「いや、私は出ない。なぜなら私は吸血鬼だからね」



 戦いは続く。

 どのような言葉も、どのような餌にも釣られない。

 どうしても、吸血鬼は城から出ないのだ。

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