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140/143

140話 ドラゴンはカワイイ!!

※書籍化します!※

8月24日(金)、ダッシュエックス文庫より発売!

もう3回寝ると発売日だよ!

「我が配下どもの呼称を決めねばならんのだ」



 そうか。勝手にしたまえ――

 男性は反射的にそう言いかけて止まる。


 男性は吸血鬼であった。

 それはお伽噺の中で生まれ、物語の中にのみ存在するとされる生命体。

 現実には存在しえない『幻想種』。


 けれどたしかにここにいる吸血鬼男性は、お伽噺の中の吸血鬼たちのように、いつまでも古い観念に囚われていたりはしない。

 日々学習する――創作されたキャラクターはしばしば『学習』や『成長』を『キャラブレ』などと揶揄されたりするのだけれど、現実にいる男性のキャラはどんどんブレていくのだ。


 だから男性は知っていた。

 ドラゴンがこのように唐突に話しかけてくる時、それは『相手をするまで決して引き下がらない』のだと。


 来客用ローテーブルの上に広げていた書物を閉じ、脇に置く。

 そして先日、手すきの時に作製したドラゴン用座布団をテーブルの上に敷いた。


 するとドラゴンは背中の翼をはためかせて当然のように座布団に乗り、体を丸める。



「……む、なんだこのクッションは?」



 あくびをしたあとで、自分の体の下がフカフカしていることに気付いたようだった。

 男性はニヤリと口の端を上げる。



「それは『小さき者ども専用クッション』だ。君も妖精もミミックもテーブルによく乗るものでね。手が空いている時に作ってみたのだよ」

「そうか、ありがたくいただこう」

「いや、贈答するわけではないが……」

「我の宝としてやるぞ」

「……まあいいか。色も赤いし君用にしよう。妖精用とミミック用は別にこしらえるとするよ」

「うむ。それがいい」

「ではな。そういうわけで私は早速裁縫にとりかからねばならん」

「我が配下どもの呼称を決めねばならんのだ」



 ごまかせなかった。

 男性はため息をついてから応対を開始する。



「……配下の呼称とは? 街の犬猫に名付け親でも頼まれたのかね?」

「いや。もはや我の配下は野良どもではない。というより、野良どもは飼い主に配り終えたのだ。もうおらん」

「……君はどうして本当の偉業を達成した時だけアピールをしないのだ。しょうもないことはグチグチ語るくせに……」

「しょうもないことなど語っておらんわ。すべて我のセルフマネジメントに携わる重要事である。さて、先般我がバーチャル動画配信者を始めたことは記憶に新しいと思われる。我は美少女3Dモデル(ほんとうのじぶん)を手に入れ、華々しくデビューし、幸いなことに再生数も悪くない」

「ほう。君の試みがうまくいっているのか」

「これが『ブーム』の力よ。とはいえ、黎明期はとうに過ぎ、今はすでに飽和期に入りつつある……ギリギリ、滑り込みで流れを味方にできたといったところで、油断はできんがな」

「真面目に取り組んでいるようだね」

「我は常に真面目よ。動画内容は主にゲーム配信だが、『セリフもないモブの雑魚にアテレコをしてそれを自分のプレイするキャラクターで倒す』というスタイルが妙にウケてな。いや、そのスタイルでいくつもりはなかったのだが……視聴者の食いつきを見てその方向性となったのだ」

「まあ、君の声はふてぶてしいからね……」

「動画にはただのモブ雑魚に『絶対強い』『味方で出てきても信用できない』『次々湧いて出る黒幕』などのコメントがついておる。これも意図せぬ方向性ではあるが……まあ、娯楽とは受け手とともに醸成するものゆえな。計画通りにいかぬのも織り込み済みよ」

「ふむ」

「そうして一定の人気を博し、我をお気に入りユーザーに登録する者どもも増えた……そこで次は、我の動画の視聴者どもに呼称をつける段階なのだ」

「そこがよく呑み込めないのだが」

「貴様にわかりやすく言えば……そうだな……かつて、我らとヒトとが争っていた時代だ。その当時、名の通ったヒトの戦士がいくらかいたであろう」

「うむ」

「たとえば当時の聖女などはそうだな。聖女の人気と強さにあやかり、聖女の部下として戦場に立つ者どもがいた……その時に、その者どもを『聖女の部下』とは呼ばず、『聖罰軍(パニッションセインツ)』と呼んだであろう?」

「ああ」

「そうすることで一体感が出るし、呼ばれた側にも箔がつく……つまり、我は今、我の動画視聴者どもを、そういう感じで呼ぶために呼称を模索中なのだ」

「なるほど……しかし、それを私に相談されてもね」

「この城には会話ができそうな相手が貴様しかおらんぞ」

「なんというのかな……君の動画の視聴者なのだから、それは、君に根ざしたワードを用いた呼び名であるべきだと思うのだよ」

「いかにも」

「しかし、私は君の動画を見ていないので、動画上の君のキャラクターがわからない……」

「なんだと!?」



 ドラゴンがコテーンとひっくり返った。

 オーバーリアクションがすぎる。

 彼の身には『己をカワイく見せるための型』が染みついているのだ。



「き、貴様……我の動画を見ておらんのか!?」

「まあ、興味がないというか……」

「出資者だろう!?」

「たしかに出資はしたけれどね。なんていうのかな……だから?」

「だから!?」

「いや、私はさっぱりわからないのだよ。君のしていることも、君のしていることを楽しんでいる者のことも……ミミックに説得された時点で、おそらくもっとも有名と思われるバーチャル動画配信者の動画は見たが……うん、その、全然わからなかった」

「何が……?」

「うーむ……言語化が難しいのだが……とにかく、わからないのだ。私以外の視聴者がどんなシーンでどういう反応をしているのか。笑いどころというのか、そういうのがさっぱりピンと来ない」



 立ちふさがるのは感性の問題であった。

 動画を見る。かわいらしい少女のデフォルメ絵が、身振り手振りを交えながら甲高い声でしゃべる。ゲームをしている。あるいは雑談をしている。もしくは他のことをしている。

 それらが娯楽として提供されているのはさすがに男性にもわかるのだけれど、どこをどう楽しむべき娯楽なのかさっぱりわからないのだ。


 動画時間おおよそ十分。

 その間、男性の精神は『無』であった。

 うつろいゆく画面を眺めているあいだ、ただいっさいは過ぎていくのだ。



「なんというか……自ずから言うのもどうかと思うのだけれどね、あの動画を楽しむべき年齢層に、自分は入っていないように感じるのだよ」

「六百年生きた生物が客層として想定されていてたまるか!」

「まあそれはそうなのだが……ともかく、わからないのだ。誤解を恐れない物言いをするのであれば、『ちっとも面白くない』となる。いや、楽しんでいる層がいることはわかるし、彼らの感性は否定しない。また、娯楽提供者には敬意を払ったうえで、本当に面白さを感じることができないのだよ」



 言っていて申し訳なさが募るばかりである。

 わからないのだ。わからない、としか言えないのだ。


 面白いと感じることができない。

 もしも男性に思慮や尊敬の念がなかったならば、『くだらない。若者の娯楽は薄っぺらい』とコキ下ろして優越感にひたることもできたのかもしれない。


 しかし男性は『何かを作り上げる苦労』を知る者である。

 動画というものを作製する者たちがすさまじい時間と労力を費やしていることがなんとなくわかるだけに、動画を見ていても楽しめないことがますます後ろめたく、自然、距離を置くという対応をしてしまうのだ。



「そういうわけで、私の意見は参考にならないし、しない方がいい」

「ううむ……しかし貴様は、全然わからんことに出資をしたのか」

「ミミックのプレゼン能力はかなりのものだよ」



 惜しむらくは言語を操れないことだけである。



「しかし弱った……吸血鬼よ、貴様以外に相談相手がいない」

「ミミックなどはどうかね」

「いや、一時は我もあやつの言わんとすることがわかった気がしたが……あとから振り返ると、アレと意思疎通できるのはだいぶおかしいぞ」

「……まあ、コツがあるからね」

「ともあれ――それでも我は、一度ぐらい我の動画を見てみることをすすめる」

「面白さがわかるとは思えないのだが……」

「我が提供するのは『カワイさ』だ。面白さは二の次よ」



 ドラゴンは鼻からフンスフンスと息を漏らす。

 ふてぶてしい低音ボイスでモブ雑魚にアテレコするという娯楽を提供している彼は続ける。



「『面白い』にはたしかに、幅があろう。その幅は広くない……メインの客層以外には刺さりにくいものよ」

「然り」

「しかしカワイイに幅はない」

「いや、それもどうかと思うが……ないかね? 若い子がカワイイと言っているものが全然理解できなかったりすることは」

「それはカワイくないのだ」

「……ええと」

「ともあれ、我のカワイさを一度は見るといい。そうすれば貴様の枯れた心にも大輪の花が咲くであろうよ」

「しかし、トップのバーチャル動画配信者の動画でも、そのようなアハ体験はなかったのだけれど……」

「我はトップ配信者よりカワイイ」

「しかし視聴者数は向こうが上なのだろう?」

「それが何か?」

「……いや、その……視聴者数はわかりやすい人気の指標なわけで、人気があるということは様々な面で評価されているということだろう? だからだね……」

「そうか、わかったぞ。貴様の話を聞いていてなぜこれほどモヤモヤするのか」

「……なんでだね?」

「貴様は自分で面白いと感じぬものに、『評価されているのはわかる』『評価者を尊重する気持ちはある』などとクドクド言うからだ」

「……いやしかし、『自分が面白さを理解できないもの』イコール『真理としてつまらないもの』ではないだろう?」

「世界を見るのはいつだって自分だ」

「……」

「それを自分以外の立場に立ってグダグダと……何に対する配慮か知らぬがな、一言でいいのだ。『つまらん』! 以上! それを『興味がないのは自分が悪い』みたいな……なんだ貴様は? 好感度でも上げたいのか? この場には我しかおらんのに?」

「しかし、一言では言い表せない複雑な心境なのだよ」

「いいか、吸血鬼よ。面倒くさい貴様に真理を教えてやる」

「……何かね?」

「我はカワイイ」



 それが真理なら世界は滅びるべきであった。



「いいか吸血鬼よ、世界は主観を通して見えておる。貴様がつまらぬものは、つまらんのだ。貴様が興味を持てないものは、興味がもてないのだ。視聴者数? 人気? 知るか! 数字で見える指標に正解を委ねるのは、己の中に強固なる信念がない証拠よ!」

「いや、別に数字に正解を委ねているわけでは……」

「我の動画を見ろ。貴様に『カワイイ』を教えてやる」

「……」

「貴様は貴様の感性を信じるのだ。信じたうえで我に打ちのめされよ。でなければつまらん。視聴者数だの人気だの収入だの、そういったものではない、己の心の答えを見つめるのだ」



 ドラゴンがバサッと翼をはためかせる。

 飛び上がり、そして――



「また来る。貴様が動画を見終えたころにな。そして、カワイイ我に協力し、我が視聴者どもの呼称を考えるのだ」



 去って行く。

 その背には威風堂々としたオーラがあって、男性は『動画を見てみよう』という気持ちになった。

 見てみた。



「……つまらない!」



 それは、誰に配慮することもない、己の心を見つめた答え。

 内心すべてを言い表せてはいないその発言は、しかしどこか、胸のすくような気持ちよさがあった。

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