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138話 美少年は難しい年頃に入った

※書籍化します※


8月24日、ダッシュエックス文庫より第1巻発売!

真祖(しんそ)さま……大変ぶしつけなお願いなのですが、しばらく僕をここに置いてはいただけないでしょうか?」



 そこには大荷物を抱えた少年がたたずんでいた。


 あまりにも美しい。

 窓から差しこむ月光をわずかにうけきらめく金髪。赤い瞳は濡れたように妖しく輝き、長い睫毛が憂えたように震えていた。


 華奢な体つきはガラス細工を思わせる。その少年の立ち姿は、ほんのわずか乱暴に扱っただけで壊れてしまいそうな儚さと繊細さを帯びていた。


 少年――で、合っていたか?


 間違いなく少年のはずだ。

 しかしわからない。見れば見るほど性別は曖昧になっていき、その細い体を包むシャツをはだければ、実は女性だという真相が待ち受けているのではないか――そんなことさえ思ってしまうほどに、中性的で蠱惑的な容姿をしていた。


 その彼が今、真夜中に男性の部屋を来訪している。


 男性は吸血鬼であった。

 年かさのいっているきらいはあるのだけれど、男性もまた美しい。


 伸び放題の白髪。口元に浮かぶ無精髭。

 常人であれば『不潔』で終わってしまうようなそういった特徴がなんらマイナスにならず、むしろ男性の退廃的な色気を底上げする要因となっている。


 ベッドに腰かけた彼の体を包むのは、真っ黒いガウンのみだ。

 のぞく胸板は厚く、肉体が屈強に鍛え上げられていることがわかる。


 男性はギシリとベッドを軋ませて立ち上がると、赤い瞳を、来訪した少年へ向ける。

 ゆったりと近付き、大荷物を抱えた来客の目の前に立つと優しげに彼を見下ろして言うのだ。



「まあ、事情は聞くまい。……我が城は基本的に来訪者を拒まないからね」

「実は……」

「事情は聞くまい」

「今まで申し上げる機会がなかったのですが、僕の家には、僕の部屋がないのです」



 事情をどうしても話したいらしい。


 ドラゴンといい妖精といい美少年といい、なぜこうも悩みをぶつけたがるのかわからない。

 しかし男性は紳士であった。若者の悩みをぶつけられるならば、受け止める度量がある。



「よかろう。荷物を下ろしてソファに」



 そう言いながら来客用ソファに腰を下ろす。

 美少年は「失礼します」と言いながら大きなリュックを床におろすと、男性の対面へと腰かけた。



「真祖さまはすべてを超越したお方ですので、このような些末な悩みなど、打ち明けても笑われてしまうかもしれませんが……」



 そう思うならなぜ打ち明けようとするのだろう……

 男性はわからない。

 きっと、誰でもいいから誰かに話したかったのだろう。

 ならば男性は聞き役に徹するのみだ。



「笑ったりはしないよ。……なに、悩みというのはたいてい、当人以外にとっては些末なものだ。けれど君にとっては大きなものなのだろう」

「……ありがとうございます。実はですね、僕の家には、僕の部屋がないのです。なので、僕は母と同じ部屋で寝起きをしております」

「ふむ」

「しかし、姉には姉の部屋があるのです」

「ふむ」

「……どう思いますか?」

「……うむ? いや、どうと言われてもね……いいかい、悩みを打ち明けたいならば、悩みの核心を先に語りたまえよ。謎かけ形式だといたずらに話が長くなり、いつまでも要点がつかめない……」

「では思うところを述べさせていただきますが……ずるいと思うんです」

「何がかね?」

「姉が。一人だけ一人部屋を持っていて……」

「……」



 男性は思わず優しい目をした。



「だいたい、もとは姉と僕の部屋になるはずだった場所なんです。それが、姉が大量の荷物を部屋に置いて、部屋を『巣』と化してしまい先延ばしになり……いつの間にか小説家デビューまでして、気付けば姉の部屋は姉の書斎ということに……」

「あーっと……つまり君は、自分の部屋がほしいと?」

「真祖さまにおかれましては、このような些末な悩みなどわからないかもしれませんが……僕にも、親や姉の目に触れさせたくない所持品の一つや二つ、あるのです」

「……」

「しかし姉も母も女性ですので、こういったことを察してもらうこともできず……」

「ふむ……」



 男性は気付いた。

 ――自分は今、親戚のおじさんポジションにいる。


 男性は吸血鬼である。

 そして、美少年もまた、吸血鬼なのだ。


 ドラゴン、妖精、吸血鬼――様々なそういった生物が『最初からいなかった』こととなった現代。それでも細々と続いてきた吸血鬼の命脈の最先端にいるのがこの少年なのである。

 人の世で生きる代わりに吸血鬼としての力を失った、けれど確かに吸血鬼。


 つまり、少年にとって男性は、同じ『吸血鬼』という特徴でつながった親戚のおじさんみたいなものなのである。

 いや、そうか?

 まあいい。



「ならば、気の済むまで我が城で過ごしたまえ。なに、部屋は大量にあるのだ。ただ――生活は少々不便かもしれんがね」

「ありがとうございます! たしかに人里離れたところにありますが、そのぐらいの不便なんて、部屋が手に入る喜びに比べれば些細なものです!」

「そうか」



 他にも酔ってもないのに酔っ払いみたいな絡み方をしてくるドラゴンやら、口を開けば筋肉の話しかしない妖精やら、常人には何を言っているかわからないらしいミミックやらが存在するので、そいつらの相手が大変だろうと思ったが、男性は口にしなかった。


 こうして城には新たな仲間が増える――

 ――かと、思われたのだが。



「おじさま! 失礼するわ!」



 ドバーン! と部屋の扉が開かれる(美少年は自分で開けたドアを自分で閉めるマナーを持っていて偉い)。


 入ってきたのは、美しい少女であった。

 装飾の多い服装、ヒールの高い靴。均整のとれた体つき。なにもかもが美しい――けれど、美少女度では微妙に少年に一歩遅れる、そんな女性であった。

 彼女は、



「姉ちゃん!? なんでここに!?」



 美少年の姉であった。

 その通称(ペンネーム)を『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』という。

 彼女はどうにも走ってきたようで、何度か深い息をついて呼吸を整えてから、部屋に入ってくる。



「あなたが家出をしたなら、行き着く場所はここだと、わたくしの魔眼が導き出したのよ!」

「そういうのやめろって! そろそろ『魔眼』とか卒業しようよ!」

「愚弟! いいかしら? わたくしは乗り越えた者(・・・・・・)なのよ」

「どういう意味だよ!?」

「たしかに、恥ずかしかったわ。身内ノリだものね。竜の末裔で吸血鬼の魔法使い……その他多くの二つ名。邪眼に魔眼に宝石眼! 怒りを覚えれば暗黒微笑を浮かべ、本気で怒れば一人称が『ボク』になるという設定! 空想上の眷属を数多従え、ぬいぐるみの中には無意味に髪の毛を入れた! ケガもなくて包帯を巻いたり、無意味に他人を見下した言動をとった。信じていたの! わたくしの世界はここではなく、ここより上位の世界で、そこで戦いに巻きこまれ記憶を無くし堕ちた上位存在なのだと!」

「やめろぉ! 聞いている僕が痛い!」

「そう、わたくしも、聖女のヤツによって身内向け設定を見知らぬおじさまに開示された時は身悶えしたわ。一時は本気で死を考えた。痛くて、恥ずかしかったから! ……でもね愚弟。わたくしは気付いたのよ」

「なにをだよ!」

「――黒歴史は、仕事にすれば、痛くない」

「……」

「それは現役で居続ける(・・・・・・・)という決断なのよ。……このことを教えてくれたのは、彼女だったわ」



 竜の末裔で吸血鬼の魔法使いが部屋の外を振り返る。

 そこでは聖女が遠慮がちに顔だけのぞかせていた。



「愚弟、実はあなたを見つけ出したのはわたくしの魔眼ではなくって、聖女の無駄に広いコネなのよ。あらゆるお宅と通行人にあなたの容姿を伝えて向かった先をたずね回ったわ……『弟が反抗期のせいで家出したんです』って言って」

「ぐああああああああ!」



 美少年が体を抱いてビクンビクンした。

 竜の末裔で吸血鬼の魔法使いは、叫ぶ。



「恥ずかしくない!」

「は、恥ずかしいに決まってるだろ!? なんで人様を巻きこむんだよ!」

「ねえ愚弟。あなた、聖女の気持ちを考えたこと、あって?」

「……聖女さんの気持ち?」

「そうよ。この子はね――別に心に闇の炎を宿してもいないのに、みんなから聖女って呼ばれているのよ!」

「……!?」

「聖女よ聖女! あなた、自分が学校でみんなから『聖女』って呼ばれたらどう思うの!?」

「……た、堪えきれない……!」

「でしょう!?」



 相当失礼な会話が交わされているのだが、聖女はまったく気にした様子もなく、「おじさん、夜分にごめんなさいね」などと謝罪する余裕など見せた。

 メンタルがすさまじい。



「なぜ、聖女は聖女と呼ばれて恥ずかしくないか? 愚弟、わかって?」

「心が鋼だからじゃないの?」

「違うわ。聖女が聖女だからよ」

「……ええと」

「いい? 聖女は、聖女なの。あだ名じゃないのよ。真実、聖女なの。わかる? 彼女は聖女という職業(・・・・・・・・・・)なのよ!」

「……!」

「宿屋が宿屋と言われて恥ずかしがらないように! パン屋がパン屋と言われて痛がらないように! 聖女なんだから、聖女と呼ばれても大丈夫なの!」

「……つ、つまり……」

「そう! つまり、わたくしは――竜の末裔で吸血鬼の魔法使いになり、魔眼や邪眼が出てきてドラゴンと吸血鬼がキスをし戦争が起こっている上位世界を創り上げたの! ――わたくし自らが紡ぐ物語の中にね! だから恥ずかしくも痛くもないわ! だって仕事でやってるんだもの!」

「……」

「愚弟……わたくしはね、あなたに一言、言いに来たのよ」

「……なんだよ」

「――次の印税の一部を資金にして、部屋を借りるわ」

「……!?」

「一人暮らしを始めるのよ。そう遠くへは行かないけれど……そうして空いた、わたくしのいた部屋が、今度はあなたの部屋になるわ」

「……ね、姉ちゃん……」

「ね? わかったなら帰りましょう? 帰ったら大事なことを、教えてあげる」

「大事なこと?」

「――あなたにもあるでしょう? 誰にも見られたくない宝物は」

「……!」

「お姉ちゃんが教えてあげるわ。ママに見つからない隠し場所を……」

「姉ちゃん……!」

「愚弟!」



 姉弟は隔たりを超えて抱きしめ合った。


 なんという美しい愛だろう。姉弟の愛。それは温かできらめいていて、そしてちょっとやそっとでは切れぬ丈夫さとしなやかさがあるのだ。


 男性は愛を知らぬ身だが、年齢のせいか涙もろいので、目の端に涙を浮かべ抱き合う二人を見る。

 自然と手を叩いていた。素晴らしい。素晴らしい。やはりニンゲンはいいものだ。


 ただ、一方で、頭の中の冷静な部分が、こんなことを言うのだ。

 姉弟の仲がいいのは、いいことだが――

 ――よそでやれ。

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