表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/143

137話 美少女と宝石と宇宙

※書籍化します※

8月24日、ダッシュエックス文庫より第1巻発売!

「ぐ……た、高い……!」



 この生物はドラゴンである。

 かつては『尊く巨大なる火炎の支配者』や『街を均すひと踏み』と畏怖をこめて呼ばれる超生物であった。

 その巨体は山より大きく、はき出す火炎は文明を灰燼と化す。


 しかし今は子犬大の生き物で、世間での扱いも子犬となっていた。

 子犬はカワイイので、子犬扱いはまあ許せる。

 加えて言えば、ドラゴン本人も、自分と子犬とは見間違えても仕方ないと最近は思うようになっていた。そのぐらい似ているという自己判断だ。

 それでも強いて犬と違うところを挙げるとすれば、毛がなくウロコまみれの体表、頭に生えた角、縦に瞳孔の入った爬虫類を思わせる瞳、長い首、背中に生えた翼、根元からだんだんと細くなっていく長い尻尾、四肢に生えた鋭い爪程度のものである。

 それ以外はだいたい子犬だ――サイズ感と脚が四本なあたりなど特に似ている。


 そう、このカワイさはまさに進化である。


 時代への適応。

 ドラゴンも吸血鬼も『幻想種』と呼ばれ『最初から存在しなかった』扱いされている現代、山のような巨体とか文明ごと灰にする炎の息(ブレス)などは武器たり得ない。


 カワイイ。


 それこそが現代で最も強い武器なのである。

 カワイイは強い。カワイければそれだけで生きていける。若い女がソーシャルネットワーク映えを狙って写真を撮りたがり、淑女は手持ちのお菓子などを貢ぎ、店の前でウロウロしているだけでタッチペンを買ってもらえたりする。だが愛玩動物を殴ったり抱きしめすぎたりする連中、テメーらはダメだ。


 愛されるために生まれたカワイイ存在――ドラゴン。


 夢と希望と愛の使者たるはずの彼女(正体は呪いをかけられた美少女なのでそう呼称するのが適切)が、今、立ちはだかる現実を前にうなだれていた。


 ケイタイ伝話(でんわ)で調べたところ――


 ――美少女3Dモデル(ほんとうのじぶん)を作製するのには、すさまじい金がかかる。



「……なぜだ……なぜ、真の姿を取り戻すだけで、こんなにも金がかかる……」



 ドラゴンは古城の廊下に設置された自分の家(『ドラゴン』という表札のかかった一軒家だ。サイズはドラゴンが体を丸めてようやく眠れる程度で、世間では『犬小屋』に分類される)で、うなだれていた。

 ケイタイ伝話のバックライトだけが照らす照明のない我が家の中には、買ってもらったゲーム機と薄汚い毛布が転がっているだけで、他には何も家具がなかった。



「くそ、動画収入だけではとても買えぬ……いや、百年のスパンで見ればいずれは購入も適おうが、それでは時代が終わってしまう……! 今ッ……! ブームはまさに今……! しかもすでにちょっと出遅れている……! 早急な機材と美少女3Dモデル(ほんとうのじぶん)の確保が必要だというのに、これでは我が美少女に戻る前に、次の時代が来てしまう……!」



 ドラゴンの主な収入源は動画投稿に伴う広告収入である。

 現在の呪われた姿で人生に役立つ格言をつらつら語るだけの動画だ。

 バーチャル動画配信者ブームが来てからなぜか閲覧数は増えているものの(バーチャル動画配信者扱いされているようだ)、まだまだ収入は乏しい。


 収入。

 目のさきすべてをふさぎ、生きる希望を根こそぎさらい去る収入というものの決定的な力。

 ドラゴンは本当の自分に戻りたかった。

 美少女3Dモデル(ほんとうのじぶん)に戻ることはドラゴン最大の希望ですらあったのに、その希望が収入によって阻まれ、おやつのカリカリだのチュルチュルだの骨ガムだのがみんな収入という圧倒的な現実に限定され、そして収入という呪いを背負って永遠を生きていく。


 ああ、金だ。

 ヒトは金に縛られている。ヒトの世で生きるということは、金に縛られるということだ。超越したい。そのためにカワイくなりたい。しかしカワイイ姿を取り戻すには金が必要で、ヒトの社会を縛り付けるこの強大な呪いは『原初の識者』と呼ばれるドラゴンをしていっこうに解ける気配がなかった。


 ――ガタッ!


 現実を前に打ちのめされていたドラゴンの鼓膜を震わせたその音は、福音か、それとも……


 彼女は長い首を伸ばして一軒家からニュッと頭だけを出す。

 すると視界には、古びたツボ、あるいは(かめ)と思しき物体が映った。



「ミミックか」



 深淵より響くような重く低い声で述べれば、目の前のツボはガタガタとひとりでに身をゆする。

 なんという不可解な現象か!

 しかしドラゴンは知っているのだ。アレには『中身』がある……自分や吸血鬼(ひきこもり)同様、世に『なかった』ことにされた、まつろわぬ同胞が入っているのだ。


 その同胞がジュボッという水音を響かせながら、ツボより姿をのぞかせる。


 おぞましきはその冒涜的な姿である。幾重にも触手を束ねたような姿はまるで放置しすぎたカップ麺のよう! オレンジ色の体は粘液によりテラテラと妖しい輝きを放ち、そびえるその姿は小型犬より大きい。


 常人であれば悲鳴の一つもあげよう淫猥なる姿のその生物を見て、しかし、ドラゴンは取り乱さず、短く浅くため息をつくのみであった。



「なんだ……今、我は忙しいのだ。遊び相手ならヒマなのがいるであろう」


 ――ジュブブブ……


「……」



 吸血鬼はこの存在と会話できるようだが……

 ドラゴンにはミミックがなにを述べたいのかさっぱりわからない。



「……まあいい。我は今、悩みをサンドバッグにぶつけたい気分だ。そこにいるならば我の愚痴を聞け。……ああ、なににせよ、金だ。金がない。金のことばかり口にするのはカワイイ生き物として失格なのはわかる。しかし、この厄介なる文明の悪魔が我が前に立ちはだかりはばからぬのだ。……ヒトの築いた文明は良きものだ。しかしこの貨幣経済という制度だけがどうにも好かぬ。この制度だけが、ヒトの持つあらゆる可能性を阻害している。そのくせ社会に深く食い込みどうにもならぬ。金がほしい。悩みを抱えぬ程度の金が。すべてはいらぬ……カワイさだけを得る程度の……カワイイと他者に崇められてうまくカワイイ事業が軌道に乗る程度の金が、欲しいのだ。……まあ、貴様にはわからぬか」



 ひとしきり述べて、ドラゴンは一抹の寂しさを覚えた。

 そうだ、合いの手がない――吸血鬼につらつらと語れば、あのヒキコモリはなんだかんだと合いの手を入れ相づちを打ち、語っていて気持ちよくしてくれる。

 しかし口も目もない触手生物にそんなこと望むべくもなく、どうしようもないざらついた虚しさがドラゴンの心をヤスリのように削るのだ。



 ――ヌッポヌッポ!


「なんだ、なにか言いたいのか? しかし、我に貴様の言葉など……」


 ――ずっぷ!


「……」



 ドラゴンは目の前でツボに出入りを繰り返すミミックをじっと見た。

 ずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷずっぷ……

 しかしなにもわからなかった。



「……やはりわからぬ。ああ、そうか。言葉か……人類の最も偉大な発明は、言葉であったのだな……」


「まったくだ」



 不意に、背後に気配が生まれた。

 ドラゴンが自室から二歩だけ出て背後を振り返れば、そこには、黒いガウンをまとった白髪の壮年男性――吸血鬼が、立っていた。



「吸血鬼、貴様、部屋から出たのか!?」

「ミミックに呼ばれてね。……いや待て。私とて、部屋からは出る。城内ぐらいは闊歩する。そうおどろかれるいわれがないのだが……」

「最近は部屋からさえ出ておらんかったではないか」

「…………まあそんなことはいいのだ。ドラゴンよ、これを受け取りたまえ」



 何かが投げて寄越される。

 愛玩動物の本能で投げられた物を「ハッハッハッハ……」と息を荒げつつ口でジャンピングキャッチし、投げた吸血鬼の方を向いて尻尾をぶんぶん振りながら目を輝かせた。

 身についた『カワイイ(どう)』の型――『投げられたボールやフリスビーを躍動感あふれるキャッチをして飼い主に次をねだるの型』が自然と出てしまったのだ。


 ひとしきり吸血鬼をキラキラした目で見つめてから、口の中の物を床にはき出してあらためる。

 ――それは、大きな赤い宝石であった。



「……吸血鬼よ、これはなんだ?」

「資金だよ。君が美少女3Dモデル(ほんとうのじぶん)に戻るためのね」

「……なんだと? 貴様は我への投資に反対だったはず……」

「ミミックに説得されたのだ。……彼にね、言われてしまったよ。『言葉を介したコミュニケーションは優れている。だが、世の中には言葉を介さずなにかを伝える術もある。ドラゴンがしようとしているのはそういうことだ。それは立派な、自分のように言語を操ることあたわぬ存在からすればまばゆいほどに立派な行為だ』とね」

「ミミックがそこまで雄弁に……!?」

「まあ、彼は重要な時以外は無口だからね。しかし眷族と違い、必要とあらば雄弁だよ」

「しゃべるのか、こやつ!?」

「普段からしゃべっているではないか。君にはわからないのかね?」

「い、いや……」



 ドラゴンは吸血鬼の目を見た。

 その血のように赤い双眸(そうぼう)はたしかに理性の輝きを宿していて、正気を失っているように思えない。

 ということはミミックは本当にメッセージ性のあることを語っていて、それを自分がわからないだけなのか……

 ドラゴンは正気度を六点減少させた。


 そして気付く。

 ミミックは――この言葉を操れぬ、しかし雄弁なる生物は、自分の味方なのだと!



「ミミックさん(・・)……」



 吸血鬼を説得し、自分に資金提供をするよう手配してくれたミミックへの畏敬の念が、敬称となって自然とあらわれていた。

 誰かを『さん付け』で呼ぶなどと、この世界に発生してより初めてのことかもしれない。



「……ミミックさん……我は……我は……」


 ――ヌポッ……


「……!」



 ――何も言わなくていい。

 先ほどまでなにがなにやらわからなかったミミックの意思が、今、伝わってくるように感じられた。

 それは温かく優しく、包みこむように雄大なる、宇宙を感じさせる意思だった。


 ミミックはガタガタとツボを鳴らしながら去って行く。

 その姿を真横に立った吸血鬼と二人、見送る。



「さて、私も作業に戻るかな。……最後に言うがね、ミミックに説得はされたが、私は君のやりたいことに協力するわけではない。だから、動画撮影や、機材などの準備などで、私や眷族や妖精を煩わせないこと。撮影についても同様だ。『他者の時間を脅かすな』――君に求める条件はそれだ。いいね?」

「……ああ。我は、美少女に戻る……そしてこの金を、必ず貴様に返すぞ」

「楽しみにしているよ」



 どぷん、と影に落ちるようにして吸血鬼が姿を消す。

 ドラゴンは城の天井を見上げながら誓う。


 ――最高の美少女になって、ガッポガッポ稼いでやる、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ