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133話 眷族の嗜好が明らかになる

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

「……はいはい、なんだね」



 男性は裁縫作業の手を止めて、手にしていた縫い針を針山に刺した。

 真横を見れば、そこにはメイド服をまとった、片目を黒髪で隠した少女がいる。


 眷族。


 正しくは『吸血鬼の』眷族であり、吸血鬼が『いないもの』扱いの現代においては、やっぱり『いないもの』とされる存在である。

 見た目は幼い少女。

 少々無表情――というか厭世的な死んだ目をしているきらいはあるが、全体的には人間の子供にしか見えない。


 けれどその正体は、吸血鬼の血を与えられ、長い年月を生き、人のような姿を手に入れたコウモリだ。

 ちなみに『人のような姿を手に入れた』メカニズムは吸血鬼からしても不明であり、なぜ人型になったのか、なぜメイド服を着ているのか、そういった事象の理由は一切わからない。


 その眷族は――

 謎の身振り手振りを開始した。



「…………」

「眷族よ……ジェスチャーで伝えようとするのをやめなさい」



 男性はあきれた声で言う。

 眷族は声を発するのを極度に嫌い、なにかにつけて『声を介さないコミュニケーション』をとろうとしてくるのだ。


 しかし――わからない。

 男性としても肉体言語を用いるのは妖精だけでたくさんだという気持ちもあるので、なるべく眷族には、イヤでも声で物事を伝えてほしいと考えている。



「眷族よ、いいかね。お前はヒトの姿となったのだ……コウモリ時代とは違う。どのようにお前が人型になったのか、それは私さえわからんが、人型を選んだのだから、ヒトのように過ごすことを試みてはどうかね?」

「あるじも、ひとがたなら、ひとのように、はたらいては?」

「………………」



 杭より刺さる言葉だった。

 ちなみに吸血鬼が心臓に杭を刺されると死ぬというのはデマである。

 心臓に杭を刺されたらだいたいの生き物は死ぬので、吸血鬼に限らないのだ。



「……まあ、ええと、なんだ……そう、しゃべれるではないか。最初から、しゃべりなさい」

「……ひどいことを、いいました……『だまれ』と、めいじられない?」

「お前、私に『黙れ』と言われるだろうと計算して暴言を吐いたのか……」

「…………」

「……まあいい。それで? 用件があるならば、声で伝えなさい」

「…………ふう」



 この世全ての『めんどうくさい』という感情を一息にこめたみたいなため息だった。

 すなわちクソめんどくさそう。



「……じつは……」

「…………」

「…………ながい、はなしに、なりますが…………」

「かまわんよ」

「………………じつは………………」

「…………」

「……………………」

「わざと話を遅延させるのはやめなさい。いいかね眷族よ……私はいくらでも待つぞ。お前がなかなか本題に入らないことに焦れて『しゃべらなくてもいい』と命じたりはしないのだ。あきらめなさい」



 今日は眷族があの手この手で来る。

 実際、男性には時間がある――わけではない。

 聖女に依頼されたマスコット作りの真っ最中なのだ。


 この『よく笑う骨だけのドラゴンぬいぐるみ』作製には期限があり、それまでに最高のものを仕上げるという誓いもある。

 具体的には明日ぐらいには仕上げたいので、そうそう時間があるというわけでもない。


 けれど男性はもうなんかなんとしても眷族をしゃべらせたい気持ちだった。

 男性は紳士であるが――

 紳士であるから、いきなり『はたらかないの?』と図星を突かれてカチンとこないというわけではないのだ。

 紳士とは内心を表に出さない者であり、感情の動かない者ではない。


 さて、男性が行った駆け引きは――成功したらしい。

 眷族が細長いため息をついて、語り出す。



「じつは……おねがいが」

「なんだね?」

「これを……」



 スッ、と眷族が背中側から出したのは、一冊の分厚い本であった。

 タイトルは『鬼畜美少年吸血鬼はたくましいドラゴン青年の夢を見ろ』であり――

 作者名は『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』だった。



「……ふむ? それは――たまに屋敷に来る彼女の新作かね?」



 男性は何冊か作者本人からサインつきで献本されているのだが、見たことのないタイトルであった。

 なので『新作か』という推理である。

 どうやら当たったらしい。



「きょう、でた……」

「そうなのか。では近々、彼女が持ってきてくれるかもしれないね。……む? そうだ、まだいただいていないではないか。ということは、その本は、眷族が自分で買ったのかね?」

「きのう『ふらげ』した……」

「……」



 男性は知らない単語が出てきたので意味をちょっと考えてみた。

 しかしよくわからなかった。



「……まあなんにせよ、少し待てば作者本人からもらえるのだから、欲しかったなら待てばいいのに……」

「そうではないです」

「なにがだね?」

「じぶんで、かって、そのほんに、『さいん』をもらう……それが、いい」

「……サイン、ほしいのかね?」

「ほしい」

「ならば来た時にもらえばいい」

「……あるじ」

「なんだね」

「…………てれる」



 眷族は分厚い本で顔を覆った。

 男性は――衝撃を受けた。


 照れる。


 あの無表情で無機質で無感動で可能ならば無言でいたいと望んでやまない眷族が、『照れる』!

 よもや彼女にそんなヒトみたいな感情があったとは!



「て、照れる? お前がかね?」

「……」



 眷族は本の陰から目だけ出してうなずいた。

 どうやら本当らしい。



「……ふぅむ……まあ、わかった。それでお前がわざわざ私に言いたいことというのは……『代わりにサインをもらってほしい』と、そういうことかね?」

「……それもあるけど」

「なんだね」

「……しょうかいして?」

「……お前を、彼女――竜の末裔で吸血鬼の魔法使いさんに?」

「……そう」

「ずいぶん好きなのだね、その本が」

「でてくる、きゅうけつきが……」

「ふむ」

「だいたい、かじばんのうで……」

「……」

「『あこがれみ』がつよい……」

「……そうか」



 男性はコメントを最小限に抑えた。

 あまりここから話を広げると、家事をしない吸血鬼である自分にとって、面白くない話題展開があるように推測できたからだ。



「まあ、お前の願いはわかった。……考えてみれば、お前が私になにかを願い出るというのは、珍しいことではないか。よかろう、その願いは私が叶える。次に来た時には、彼女にお前を紹介しよう。いいね?」

「…………ぐっ」



 たぶん『そのように』という意味なのだろう。

 喉に文字でも詰まったかと思った。



「眷族よ、お前の用事が以上なら、私はぬいぐるみ作製に戻ろうと思うのだが」

「……いつ、きそうですか?」

「それはわからないが……」

「きそうな、かんじの、とき……カンで、いいので……」

「いや……」

「……」



 眷族がじっと見つめてくる。

 クールな彼女でも、趣味の話になると若干めんどうくさいようだった。

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