130話 ドラゴンは野生のストレスに飛び出されている
「吸血鬼よ……『この世界は愚か者しかいない』という気持ちになったことは、ないか?」
愚か者筆頭にそう言われてはうなずく他ない。
その生物はドラゴンである。
ただし、世間的にドラゴンは『いない』ので、世のヒトどもは、コレが『犬』に見えるようだ。
赤い体表。
毛はなく、ウロコだけ。
丸みのある体。
ずんぐりした四肢。
背に生えた翼。額に生えた角。
首は蛇の胴体を思わせる細長さで、顔には縦に裂けたような瞳孔があった。
ドラゴンとは、なにか?
もしも、五百年以上前、まだドラゴンの存在が世間に広く知られていた時代の者にそうたずねたならば、答えはこうだ。
『恐ろしく、気むずかしく、強大で、雄大な、最強の生物』
しかし、今現在、ドラゴンやら吸血鬼やらが『最初からいなかった』とされた時代――
ドラゴン自身に、『ドラゴンとはなにか?』とたずねれば、こう返ってくるだろう。
『最高にカワイイ愛玩動物』
時代の残酷さを感じずにはいられない。
「吸血鬼よ……『この世界には愚か者しかいない』という気持ちになったことは、ないか?」
ドラゴンは繰り返した。
これは、男性が相手をするまで延々同じことを言い続けるパターンだ。
なにより――
男性は今、来客用テーブルの上に図面を引いて、ぬいぐるみの型紙を作っていた。
その描き途中の型紙の上に、ずん、とドラゴンが鎮座しているのだ。
クッソ邪魔。
ここはさっさと話に応じてどいてもらうべきだろう。
男性は豊富な対ドラゴン経験から、そう決断した。
「なんだね、今度はどのようなことに問題提起したいのかね?」
「貴様のその『はいはいまたそのパターンね』みたいな応対はなんだ」
「実際、また同じパターンではないか……」
男性はソファの背もたれに深く背中をあずける。
作業のために着ていたツナギのポケットに手を入れ――『他者の話を聞く』というシチュエーションではまずありえない無礼な姿勢をとり、
「ドラゴン……君は暇なのかもしれないが、最近、私は忙しいのだ。聖女ちゃんに依頼されたぬいぐるみを作らねばならん。退屈ならば、私によくわからん問答をふっかけるよりも、外で犬猫と遊んできなさい」
「しかし連中の知力は低い……賢い我と話が合わないのだ」
「ドラゴンよ、こんな話を知っているかね?」
「なんだ吸血鬼よ、貴様からネタを振ってくるとは珍しいではないか」
「……ある老人が、『同世代とは話が合わない。若者と話が合う』と思った。それはなぜだと思う?」
「老人の感性が若いのであろう?」
「正解は『若者が気を遣って話を合わせてくれているだけで、同世代は相手にもしてくれないから、老人はそう思った』だ」
「そうか。その老人はアホだったということだな。それで、その話がなんなのだ?」
「……君が『自分は賢いから周囲と話が合わない』と思っているが、それは、君に話を合わせてやるのが私ぐらいで、他の者からは相手にされていない――ということはないのかね?」
「ハッ! なにかと思えば! 吸血鬼よ……貴様はどうにも、わかっておらんようだな」
「なにをかね?」
「我はカワイイのだ。カワイイものを、相手にもしない……これは、ありえぬ。生物的に、ありえぬのだ」
「今日の持論は特に穴がひどいね……」
かわいい子供は無視をされないのか?
かわいい動物は常に相手にされるのか?
どの観点から突っこんでいいかわからないほど穴だらけだ。
「そう、それよ。我が世間を愚かと思うのは、まさにそういう感じのことなのだ」
「本日は話の見えなさがひどいね」
「吸血鬼……貴様は今、我の持論に穴がひどいと言った」
「そうだね」
「たしかに認めよう。『カワイイものは必ず相手にされる』。この一言だけ聞けば、なるほど、いくらでも突っこみようがあるというものだ。我もその点において、貴様と同意見よ」
「ふむ」
「おそらく『カワイイペットだって、飼い主が忙しい時には相手にされない』とか、『カワイイ子供だって、あんまりわがままを言えば無視をされる』とか、そういう反論を貴様は思い浮かべたのであろう」
「そうだね」
「だからこそ、言いたい。――そんなことは我もわかっている」
「……では、なぜそんな、自分でも穴を認める持論を堂々提唱するのかね?」
「1足す1は?」
「……2だが」
「そうだ。しかし、『1足す1は、1足す1だ』という答えもありうるし、『1足す1は、数字だ』という答えもありうる」
「まあ、たしかにそうかもしれないけれど、その答えは少々ひねくれているというか」
「そう、ひねくれているのよ」
「……つまり?」
「『カワイイ者は無視されない』――これだけ言えば、たしかに穴もあろう。『飼い主が忙しいペットは無視される』『わがままばっかりの子供は無視される』。なるほどそれはありうる。だがな、我は言いたい。反論のために『飼い主が忙しければ?』とか『わがままばっかり言っている子供だったら?』というような条件を勝手につけるな!」
「……」
「カワイイものは、カワイイものとする! 忙しい時に愛玩動物を愛でる余裕などあるか!? わがままばかり言う子供にいらつかない親がありうるか!? なかろう!? そんな条件を勝手に後付けされては、なんでも言いたい放題ではないか!」
「ふむ」
「だというのに、世には、勝手な条件を後付けして、『でも、この場合は違いますよね?』と言う者の、多いこと多いこと……我は大きな声で叫びたい。『知らんがな』と!」
「なるほど、今回は、たしかに、君に理がある。私も狭量だったようだ。反省するよ、すまない」
「……そうだ。そう、認めて謝る貴様は、賢い生命と認めてやれる。しかし世には、己の意見をぶつけるだけぶつけて、『いや、でもありうるでしょう?』『条件を付けてはいけないと明記されていませんでしたよ』『私は勝手に言っただけであなたと議論する気はありません』などと、『人生で一回でも負けを認めたら殺す』と脅されてでもいるのか? というような者があまりに多い……」
「ふぅむ……」
「そういった者たちを、我は『野生のストレスが飛び出してきた』と表現している」
ひどいものが飛び出す世の中になったものだ。
魑魅魍魎(吸血鬼とかドラゴン)が跳梁跋扈していた時代のほうが、まだよかったような気がする。
「吸血鬼よ……この世界には愚か者が多いと、そうは思わんか?」
「君の言説、もっともだと肯んぜよう。なるほど、言われてみればたしかに、君の気持ちはわからんではない」
「そうであろう、そうであろう。……やはり我の知能レベルについていけるのは貴様ぐらいなものよ。我は満足した。ではな」
ドラゴンはうむうむとうなずくと、四肢で体を起こす。
そして、歩き去ろうとし――
ビリィ!
下敷きにしていた、ぬいぐるみの型紙を、破いた。
「…………」
「………………」
見つめ合う、ドラゴンと吸血鬼。
しばし無言のまま時間が流れ――
男性は、言う。
「ドラゴンよ、なにか言うことは?」
「いや、我がテーブルによく乗ることは貴様も知っていたであろう。だというのに破れやすい物を置いておくのはどうかと思うぞ」
男性はにこりと笑い、テーブルの上に乗せていた『ファミレスのアレ』を押した。
電子的な音声が城内に鳴り響き、しばしして、黒髪で片目を隠した、メイド服姿の少女が部屋に入ってくる。
「眷族よ、今晩はドラゴンの唐揚げだ」
メイド少女――眷族はうなずき、神速の域に達した手際でドラゴンを拘束し、確保した。
「待て! 待て吸血鬼! 我はカワイイのが最大の武器! 食ってもうまくない! 愛玩! 愛玩動物! あいがあああああああん!」
眷族が一礼して、扉を閉め、去って行く。
男性は破れた型紙をながめ、ため息をつき――
「……ドラゴンよ……君は『一度でも負けを認めたら死ぬ』呪いにでもかけられているのか……?」
仕方なさそうに、つぶやいた。
なお、ドラゴンは粉と卵黄をまぶされ油鍋に放り込まれる直前で救出した。




