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126話 ドラゴンは家畜たちの意思を代表したい

「吸血鬼よ、貴様にはわからんだろうが……家畜にも、家畜の悩みがあるのだ」

「たしかに、いきなり言われてもわからんね」



 昼時である。

 男性が第二の木製パズル作りに精を出していると、急にドラゴンが来てテーブルの上に降り立ったのだ。


 ちなみに男性はパズルのパーツの角を丸くしていたところで、テーブルの上には布が布かれ、そこには木くずが乗っていた。

 そんな場所に背中の翼で羽ばたきつつドラゴンが降り立つものだから、当然のように木くずは飛び散り、男性のオーバーオールに派手に降りかかった。

 なので男性の対応はちょっと不機嫌だ。


 ここで『やめろ。飛ばした木くずを拾え』と言う選択肢はもちろんある。

 だが、相手はドラゴンである。


 幻想種――現代ではそう呼ばれる『いないはず』の生き物だ。

 今でこそ子犬大だが、本来は山のような巨躯をほこり、その性格は傲慢にして不遜、他者の意見に耳など貸さない暴君なのだ。


 そんな相手に道理を説くストレスが想像できるだろうか?

 ならばなにも言わず、あとで寝ている時にでも鼻の穴におがくずを詰めるなどの『体でわからせる』手法をとったほうがマシだ。

 ようするに今し方飛び散った木くずは回収され、後にドラゴンの鼻の穴に詰められる。



「で、今日はどのような話があって来たのかね?」



 ドラゴンがテーブルの上を占拠すると仕事にならない(仕事ではない)ので、男性は話を聞く体勢に入った。

 ドラゴンはもっともらしく「うむ」とうなずく。



「今朝な、我が散歩中のことよ。とある小売店の前で、飼い犬と話していたのだ」

「そういえば君は動物と会話ができるのだったね……」

「賢い我からすれば、犬猫もヒトも知能レベルは変わらぬ。ヒトと話せて犬猫と話せぬ道理はあるまい」

「もっともらしいことを……」

「貴様の細かな疑問に付き合ったのだ。我の話に最後まで付き合えよ」

「君は相変わらずだね。……まあいい。それで、続きを」

「うむ。……その飼い犬の話だとな、最近、困ったことがあるのだ」

「困ったこと、とは?」

「飼い主が小売店に入る時、店の外で待たされるわけだが……その時、『リードを支柱などにつないでくれない』のだと。これが非常に困るようなのだ」

「……犬視点で言えば、リードで自由を拘束されないのは、いいことのように思えるが」

「そこが社会経験のない貴様の浅はかさよ」

「なぜそこで社会経験の有無が問題になるのかね?」

「いいか。――飼い犬は、職業だ。つまり、飼い主に雇用されている」

「……」

「衣食住の提供を受ける代わりに、飼い犬は『愛』を提供するのだ。これは対等な契約関係であり、すなわち信頼をもって成り立つ関係性なのだ」

「……」

「雇用された経験のない貴様には、わからなかろう」

「まあ、たしかにイマイチよくわからんが……社会経験は関係ないだろう」

「あるのだ。いいか、雇用主の持つ権限は大きい。契約関係は対等であろうとも、生活の保障を雇用主に頼っている以上、この権限の差は無視できん。加えて言えば、世界は今、ヒトのもので、雇用されているそやつは、犬だ」

「まあ、犬とヒトではね……」

「だからこそ、雇用されている犬側は、全力で愛想を振りまく。雇用主に少しでも気持ちよく衣食住の保障をしていただけるよう、熱心に職務に励むのだ。……ふっ、まるで飼い犬よな」

「飼い犬だからね」

「……生きるというのはそれだけ大変なことなのだ。だからこそ、雇用されている側の犬が全力で愛想を振りまくのと同様、雇用している側も全力で犬の安全で安心できる生活を保障せねばならん」

「そろそろ話が『リードを支柱などにつないでくれない問題』に戻るのかね?」

「然り! ……外出の際、通常、飼い主は犬に首輪をつけ、そこにリードをつなぎ、リードの先端を持つものだ。これには『この犬は私の雇用している愛玩動物です。私が雇用主なので、私の許可なく他者が彼の愛情を得ることはできません』というメッセージを周囲に伝える効果がある」

「ふぅむ……」

「ところが、飼い主が小売店に入り、犬が外に残された。犬のリードはどこにもつながれておらん。すると、パッと見たところ、その犬が『散歩中』なのか、『リードをつけたまま逃亡中』なのかわからぬ状態となってしまう」

「たしかにそうかもしれないね」

「すると、なにが起こると思う?」

「早く答えを言いたまえよ」

「――子供が、寄ってくるのだ」



 ドラゴンの顔は神妙で、声音は重かった。

 子供が寄ってくる――これが彼にとって、どれほどシリアスな事件なのか、その雰囲気だけでわかろうというものだ。


 だが、男性は犬視点でものを考えることに慣れていない。

 シリアスなのはわかるが、なぜそこまでシリアスになるのか、いまいちわからないのだ。



「……ドラゴンよ。子供が寄ってくると、なにが問題なのかね?」

「わからんか? そこが、貴様の社会経験の乏しさからくる想像力の欠如よ」

「いや、いかに私が社会経験豊富だったとして、飼い犬を経験することはなかろうよ」

「ふっ。まあいい。想像力の貧困な貴様にもわかりやすく語ってやると――子供は、犬に、すごく、触る」

「……まあ、触るだろうが」

「犬をなでる。犬に抱きつく。――まあ、このあたりですでに我などは『やめろ』と言いたくなるが、社会経験のない貴様にはまだよくわからんだろう」

「君が言う『社会経験』を私がすることは永遠にないだろうからね……」

「なでる、抱きつく。そして――犬を叩く。犬の目の前で手を叩く。犬の目を触ろうとする。犬の舌をつかもうとする」

「……」

「尻尾を握り、足を握り、あげくの果てに……ああ、口にするだにおそろしい……! 手持ちのお菓子をオヤツとばかりに投げてよこす……!」

「……」

「吸血鬼よ、犬は知的生物だ」

「まあ異論はないよ」

「だが、ヤツらは野生の遺伝子を有している。目の前で大きな音を出されたり、食べ物らしきものを投げられたり、その他刺激を受けると、野生が目覚めることをおさえきれんのだ」

「だからなんだね」

「その結果、犬は自己防衛のため、あるいは刺激に反射的に応じて、子供を噛んだりすることがありうる」

「……」

「その時に一役買うのがリードの存在よ。犬が野生に戻ったところで、リードでつながれていれば物理的に動けぬ。さらに言えば、リードでどこかにつながった犬を見れば『近場に飼い主がいる』と判断し、みだりに触ろうとしない自制心を誘発できる可能性もあるのだ」

「なるほど」

「つまり、簡単な買い物の時など、犬をリードでつないでおくのは飼い主の責務! ……にもかかわらず、その責務を怠る飼い主! 雇用主ならば雇用している相手の安全を保障すべき最低限度の義務があろう! にもかかわらず、最近は自己責任で自制しなければならぬ羽目に陥る家畜が多いこと多いこと……我はその家畜の苦労を嘆いているのだ」

「珍しく今日は正しい怒りを抱いていたのだね……」

「我の怒りはいつでも正しい。……悲しい時代になったものよ。雇用主は雇用している相手の負担を増やすばかりの世の中になってしまった。さらに、なにかあれば雇用している相手を守らず、責任をなすりつける始末……街の飼い犬代表として、ゆゆしき事態と考えている」

「君は『よくわからないが高そうな地位』におさまるのがうまいね……」

「本当は我とてこのような難しい問題に頭を悩ませたくないのだ。だって、社会情勢に悩む様子がカワイイ生き物はおるまい」

「まあたしかに」

「我はカワイイ。しかし、時代が我のカワイさを奪おうとしている……そこでだ。我は新たなる目標を立てたぞ」

「なんだね」

「大臣になる」



 四足歩行でずんぐりむっくりした、首の長い尻尾と翼の生えた、毛のない子犬大の生き物は、堂々と言い放った。

 男性はコンコンコンと額を指で何度か叩きつつ考えた。



「……うーんと……ドラゴンよ、いや、君を馬鹿にするわけではないよ? そういうつもりはないのだがね? ああ、もちろん、このあたりの問題は君も考慮しているだろうと予想はしつつ、それでも言いたいことがある」

「なんだ」

「……大臣というのは、ヒトの職業ではなかったかね?」

「そうだな」

「四足歩行の子犬大の生き物には、少々難しいのではないかと」

「しかし吸血鬼よ、我は発見したのだ」

「なにをだね」

「アイドルと政治家は、方向性が同じだ。ともに人気商売だからな」

「……まあ、まあ、そうとも言えるかもしれんが」

「アイドルを目指すことができて、政治家を目指すことができないのは、おかしいと思わんか?」

「君のそういう、反論の余地も隙もない間違った意見に、私は何度閉口させられてきたかわからん」

「犬による、家畜のための、家畜だけの政治を作るのだ」

「ヒトが政治から締め出されているではないか」



 あと『犬による』なのか。

 ドラゴンは己を犬と認めてしまった。



「吸血鬼よ、我は本気だ」

「まあ、君が目指すのだから、私はなにも言わんが……私の城に政治を持ち込まないでほしいものだね」

「わかっているとも。貴様を頼って、我の政治に口を出されてもかなわんからな。活動資金は我が稼ぐ」

「立派な心構えだ」

「そのためには動画配信を再開しなければならん……活動資金稼ぎと売名、両方を成すのにあれだけいい稼ぎ口もあるまいよ」

「他者に迷惑をかけなければどうでもいいよ」

「家畜とヒトを平等に。ヒトは家畜の安全にもっと気を払うべきなのだ。猫どもを見習わなければならんな。連中はヒトになにか施しをされると『そうか、自分たちはこんな巨大な生き物に奉仕されるほど偉いのか』と思うらしい。あの思考回路は素晴らしい。犬など『ありがとうございますご主人様』としか思わんらしいからな。もっと傲慢たれ」

「……」

「平等! 平等! すべてを平らにするのだ! ヒト! 家畜! すべては等しくあるべきなのだ!」



 赤い生き物が叫びながら部屋を出ていった。

 男性はパタンと閉まるペット用ドアをしばしながめ――



「……今度はどのぐらいで飽きるのだろう」



 もって週末までかな、と予想した。

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