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124話 六人いる?

「うーむ、参ったね、これは」



 夕刻。

 男性がうなっている。

 彼の目の前、来客用ローテーブルの上には、木製のパズルが存在した。


 そんじょそこらのパズルではない。

 手製の木製パスルだ。


 男性は工作を趣味にしている。

 その腕前はなかなかのものだ。

 あと、吸血鬼だ。


 工作と吸血鬼とのあいだにはどのような関係があるのか?

 別にない。


 強いて関連性を探すとすれば……

 吸血鬼は『日光で燃える』という特徴を持っているから、引きこもりがちだ。

 そして寿命が長い。

 すなわち多くの時間を屋内で過ごすことになるので、暇つぶし技能も必然的に屋内でできるものが磨かれていく――というぐらいか。



「自分で作ったパズルを自分で解いたところで、面白くない。……まあ、やっぱりか、という感じではあるが」



 目の前のパズルは、男性が一枚の木材から削りだしたパズルである。

 安全への配慮のため削った角は丸く、腐食防止のために透明な塗料を塗っているので、つやつやしている。

 奇妙な曲線を描いた八個のピースからなっており、組めば四角になるという代物だ。


 難易度は、幼児向けだろうか。

 パズル作製が初めてだったのもあり、習作という位置づけだ。



「誰かに解かせてみたいが……」



 男性は城の住人を思い描く。


 ドラゴン――は、誘っても、なんだかんだ言いながら挑戦さえしない気がする。

 眷族は命じればやってくれるだろうが、極めて事務的に解くだけだろう。

 ミミックにこの程度のパズルを解かせるのは失礼にあたるように思われた。


 となると、幼児向け難易度のパズルを解くのにふさわしい相手は一人しか思い浮かばないのだけれど……


 男性が悩んでいると――

 ガコン、と男性の部屋の入口下部にあるペット用ドアが開いた。


 そこから入って来たのは、手のひらに乗ってしまいそうなぐらい小さなヒトガタの生き物だ。

 美しい容姿をした彼女は、背中に生えた四枚羽根をせわしなく動かして飛びながら男性の目の前に来る。



「吸血鬼さん、おはようございます」

「……おはよう。もう、夕方だがね」

「もう夕方ですか!? 妖精さんは起きてからちょっとトレーニングをするつもりが、ずいぶん長いトレーニングで筋肉なのです!?」

「まあ筋肉かもしれないね」



 トレーニング中に気を失いでもしたのだろう。

 妖精の言動についていちいち深く考察するのはあまりよろしくない。

 気付けば妖精時空に取り込まれるのだ。



「……それより妖精、ここで君が私の部屋をおとずれたというのも、なんらかの虫の知らせかもしれない」

「わかるー」

「今日は知能の調子が悪いようだね。また今度にしようか」

「吸血鬼さん、妖精さんはきちんと虫の知らせをわかっているのです」

「おや、本当にわかるから、わかると言ったのか」

「わからないのに『わかる』と言うわけがないのです」



 妖精は断言した。

 なるほど言う通りだ。

 わからないのに『わかる』と言うわけがない。



「……では、君にぴったりの知的遊戯のご紹介をしようか」

「知的遊戯というのは、知的な響きなのです。エリートで知的な妖精さんにぴったりなのですね」

「そうかもしれないね。で、このパズルを解いてみてほしいのだが」



 八ピースからなる、幼児でも解けそうなパズルを示す。

 妖精はローテーブルの上に着地し、マジマジと男性の作ったパズルを見た。



「……これは……四角い……木!」

「まあ、四角い木だね。これからばらすから、元のかたちに――」

「解けたのです」

「は?」

「これは四角い木なのですよ?」

「……」

「四角い木です。妖精さんは、すでにこれが四角い木だということを解いたのです」

「……妖精よ、『パズル』というのがなにかは、わかるかね?」

「パズルは四角い木だったのです」

「…………」



 妖精の言動には、いつもいつでも理解しがたいところがあるが……

 なにか今日は特にヤバイように感じられる。

 いつもはかろうじて発言の意味がわかるのだけれど、今日は本当にわからない。


 男性はパズルをスッと引っ込めた。

 そして、問いかける。



「ところで妖精よ、君が私の部屋に来たということは、なにか私に用事があるのではないかね?」

「……用事?」

「もう寝たほうがいいかもしれないね」

「……あ、そうだったのです。妖精さんは吸血鬼さんに言いたいことがあったのです。しかし、妖精さんはなにを言いたかったか忘れてしまったのです」

「……」

「けれど妖精さんは最近、記憶術を身につけたのです」

「ほう?」

「頭だけで覚えようとするから、覚えきれないのです。覚えておきたいことは、全身の筋肉で記憶するべきなのです」

「そうか。やはりもう休みなさい」

「筋肉とは知力なのです。普段、妖精さんは頭の筋肉だけでものを覚えようとしていた……それが失敗だったのです。発想の転換なのです。筋肉は全身にあるのだから、全身これ筋肉。すなわち全身でものを覚えることで、妖精さんは頭がいい」

「……まあ、君が飽きるまでは話に付き合おうか。それで、私に言うべきことは思い出せそうなのかね?」

「吸血鬼さんに言いたいことは、大胸筋が覚えているのです」

「ふむ」

「プッシュアップで大胸筋を刺激すれば思い出すことになっているのです」

「まあ、満足するまでやりたまえ」



 妖精はローテーブルの上で腕立て伏せを始めた。

 しばし、静まりかえった男性の私室に、女の子があえぐような息づかいだけが響く。



「ふぅ……うぅん……ううううん!」



 曲がった腕が伸びる気配がない。

 それでも彼女は、歯を食いしばり、全身をプルプル震わせながら、腕立て一回目を一生懸命やろうとしている。



「……ハッ! 思い出したのです!」



 妖精が腕立て途中の姿勢のまま、目を見開いた。

 男性はあくびをかみ殺しながらたずねる。



「それで、私をたずねた用事はなんだったのかね?」

「妖精さんは、一生懸命、色々なことを覚えようとしていたのです」

「……」

「朝、起きた時にこの方法を思いつき、腕立てをしながら吸血鬼さんのことを覚えて、スクワットをしながら眷族さんのことを覚えて、フロントブリッジをしながらミミックさんのことを覚えて……」

「……」

「でも、一人、思い出せないのです……」

「ドラゴンかね?」

「ドラゴンさんのことは背筋をしながら覚える予定なのです」

「しかし、今、君が挙げたので、この城の住人はすべてだと思うが……」

「妖精さんの記憶ではもう一人いるのです。それがどうしても思い出せない……」

「いや、全員だよ」

「本当に?」

「……」



 そう聞かれると言葉に詰まる。

 吸血鬼。眷族。ドラゴン。ミミック。妖精。

 これですべてだ。


 すべてなのだが――

 男性は最近、自分の記憶力に自信がない。


 特に『六人の音楽家』とか『七人いる建築家』とかを思い出そうとすると、必ず一人、名前が出てこない。

 しかもその『一人』は決まった一人ではなく、毎回毎回、違う人物なのだ。


 吸血鬼、眷族、ドラゴン、ミミック、妖精。

 その五人ですべてだ。

 この城には、他の住人など存在しない。


 そのはずなのに――

『誰か一人思い出せていないんじゃないか?』というものすごい不安が男性を襲っていた。



「いや、待て、待ってくれ。思い出そうではないか。時系列順にだ。まず――この城には、私と、眷族がいた」

「はい」

「聖女ちゃんがドラゴンを持ってきた」

「はい」

「そして君が来て、ミミックが来た」

「はい」

「以上だ」

「聖女さんは帰ったですか?」

「……聖女ちゃんは城に住んではいない」

「でも今、帰ったって言わなかったので」

「聖女ちゃんは帰った」

「では、最後の一人は……」

「いないはずだが……自分のことを数え忘れていたということはないのかね?」

「妖精さんはそこまで愚かではないのです」

「そうか」



 妖精が愚かかどうかには諸説あって、とても男性が一人で決定できることではない。

 まあ愚かだとは思うが、今回はきちんと妖精自身もカウントしているようだ。


 しかし男性の不安は消えない。

 むしろ詳細に確認すればするほど、モヤモヤと『もう一人いたような感じ』がふくらんでいく。


 本当にいなかったか?

 見過ごしているだけでは?



「……なんだこの異常な不安は」



 男性は頭を抱える。

 本当にこれが不思議なもので、さっきまでは『忘れている相手などいない』と思っていたのに、だんだん『いるかもしれない』という気分になり、今では『いそう』というところまで、『謎のもう一人』の存在感がふくらんでいた。


 男性は不安のあまり、テーブルの上にある『ファミレスのアレ』を押した。

 そうして眷族を呼びだし――たずねる。



「この城に誰か、六人目の住人がいなかったかね?」



 眷族は『なに言ってんだ』という顔で「いません」と答えた。


 でも、男性は思うのだ。


 本当に?

 本当に――この城の住人は、五名だけなのか?


 もしかしたら、誰も知らない六人目がいるのではないか?

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