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119話 吸血鬼と眷族の共同戦線

「…………」

「わかっている。起きる」



 メイドが主人を起こしに来た。

 そう言ってしまえばあたたかで優雅な一日の始まりだが、この二人の関係性はそのようなものではなかった。


 男性は吸血鬼である。

 そして、メイド服をまとった幼げな少女は、男性の眷属であった。


 現代、余人に『眷属』と言っても通じないが、男性はたしかにコウモリだった眷族に血を分け与えて従僕化したのだ。

 コウモリ。

 最初はヒトガタではなかったのだが――そしてヒトガタになる過程を思い出せば恐怖がよみがえるのだが――今はこうして、男性の身の回りの世話をするのに適した肉体になっている。



「……しかし眷族よ……今日はやけにすごい格好だが」



 フルアーマー眷族なのだった。

 彼女の武装はホウキにチリトリ、バケツにモップ。

 通販で買った粘着シートがついたコロコロしてホコリとかをとるやつに、これもまた通販で買った触手みたいな毛で高いところなどのとりにくいホコリを吸着するアレ。


 口元にはマスクをつけ、頭には三角巾。

 手には使い捨ての肘まで覆う手袋をつけており、バケツの中にはいくつかのスプレー洗剤が入っていた。


 そしてメイド服。

 黒髪で片目を隠した彼女は、たいていいつでもぼんやりした顔をしているが――

 ――今朝は心なしか、いつもよりシャッキリしているように見えた。



「……へやの、ほこりを、ころしつくす」



 平べったい胸には熱い決意が宿っているようだった。

 しゃべるのを嫌う彼女が声にまで出す決意だ。

 たぶん部屋のホコリに両親を殺されたぐらいのエピソードがあるのだろう。


 とまあ、ここまで必殺の気迫をみなぎらせているのは珍しいが――

 朝の掃除自体は、普段からやっていることだ。


 だから男性はいつもそうしているように、部屋から出ようとして……

 ふと、思いつく。



「眷族よ、今日は私もなにか手伝うか?」



 いつもより重装備なのだ。

 きっと普段よりこだわりぬいて時間がかかる掃除をするに違いない。


 そして男性はヒキコモリであるから『掃除中だし外で過ごすか』とはならない。

 加えて、趣味用の部屋もあることはあるが、最近、たいていの趣味は自室でできるように材料などは部屋にそろえている。


 つまりなにが言いたいかと言えば――

 掃除が長引くと、退屈。


 ゆえに、ただ退屈な時間を過ごすよりは、手伝った方が建設的に時間を使えると、男性は判断したのだった。

 ……けれど。



「……」

「なんだね、その迷惑そうな顔は……お前は口元がマスクで隠れ、片目は髪で隠れているというのに、表情がそれでもうるさいね」

「…………」

「言いたいことがあるなら、声に出しなさい」

「……ハァ」



 ため息を言う気概があるなら、同じ文字数だけでもしゃべってほしいものだった。

 男性はしばらくジッと眷族を見る。

 眷族は、根負けしたように、しぶしぶ、言葉を発し始めた。



「しろうとには、ついて、これない」

「……そうは言うがね、私はこう見えて……お前ほどではないが、きれい好きなのだよ。木材を削ったおがくずだとか、色絵の具をこぼしたシミだとかは、私が個人的にどうにかしているのだ」



 男性はヒキコモリではあるが、不潔ではなかった。

 なぜならば、紳士を自認しているからである。


 紳士は清潔たれ。ヒキコモリでもいいから――

 そういう信条のもと、男性の部屋は綺麗なまま維持されているのである。

 しかし――



「わかっていない……」

「……なにをだね?」

「めについた、よごれだけを、とるのは、しろうと……『よごしたばしょ』だけ、そうじするのでは、いけない……『よごれるばしょ』を、そうじ、しなければ……」



 掃除に対しては熱い想いがあるのだろう。

 今日の眷族はよく語る。

 ちょうどいいので、普段のコミュニケーション不足を解消する意味も込めて、男性は眷属と掃除問答することにした。



「『汚した場所』と『汚れる場所』とはなんだね?」

「……けんさく、して」

「まあまあ眷族よ。ここまで言ったのだ。最後までお前の口で聞かせてはくれないかね?」

「…………」



 非常にイヤそうな顔だった。

 それでも、掃除への熱い想いと、主への忠誠があるのだろう。

 彼女は言葉を続ける。



「『よごしたばしょ』は、『つかうばしょ』。『よごれるばしょ』は、『つかわないばしょ』」

「使わない場所が汚れるのかね?」

「しょうめいきぐの、うら、とか」

「……ああ、なるほど」

「『つかわないばしょ』の、ほこりは、ほんと、いやらしい。どらごんと、おなじぐらい」

「それはだいぶ酷いものだね……」

「ほこりめ、いくら、ころしても、あいつら、かくれて、ひそんで、ふえる……まるで、きゅうけつきのよう……」

「……」

「あっ……つまり、つよい、といういみ、です」



 眷族がフォローした。

 さすがに今の自分の発言はどうかと思ったのかもしれない――吸血鬼の眷族として。



「……なるほど眷族よ、お前の言い分はわかった。だが……今日はそれらホコリを殺し尽くすのだろう? ならばなおさら、私の手伝いはあった方がいいと思うのだがね」

「……?」

「高い場所はどうするのだ? お前の身長でとどかないような場所は……」

「そらをとぶ」



 眷族はもともとコウモリであった。

 そして男性は地味に知らなかったことだが、今の状態でも飛べるらしい。

 きっと吸血鬼がそうするように、背中とかに翼を生やすのだろう。



「……しかし! そうだ、しかし、空を飛べばホコリが舞うではないか。それではホコリは逃げてしまい、殺し尽くせまい」

「…………」



 眷族がめんどくさい人を相手にしている時の顔になった。

 男性も今日は反論と質問ばかりしているな、とそろそろ反省する。



「まあ、お前がそれでもいいと言うならば、私は立ち去るが……」

「……」



 眷族は苦悩していた。

 眉毛と眉毛のあいだにちょっとシワが寄ってるのが、その証拠だ。

 そして――



「……あるじが、てつだいを、のぞむなら」

「そうだね。私もたまには、自分の部屋を本格的に掃除してみた方がいいと思っているのだよ。新たな趣味に『掃除』が加わるやもしれん」

「……」



 眷族が触手みたいな毛のついたホコリを吸着するアレをよこした。

 男性はそれを受け取り――



「では、やるか」

「……」



 吸血鬼主従は久々に共闘することとなる。

 戦場は自室、敵はホコリ。

 この戦いは、どちらかが絶滅するまで終わらないのだ――

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