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116話 ドラゴン、平等を語る

「思えばこの城は理想郷なのやもしれんな……」



 窓にべったり貼り付いて外を見る生物が言った。

 ドラゴンである。


 世間では『ドラゴンとか実在しない』ので、どうにも子犬扱いを受けているようだが――

 翼をはためかせホバリングしながら、『つかむ』機能のない四つ脚を窓にべったり貼り付けて、長い首で外を見つつ、太く長い尻尾をバタバタさせている様子などは、どう見たって犬ではない。



「なあ、吸血鬼よ。……ここは、いい場所だ。そうは思わぬか?」



 バタバタ飛びながら、ドラゴンが男性を振り返る。

 さっきから男性は気が気でなくて、最近始めたぬいぐるみ作りもまったく手につかない。

 テーブルに乗せた針山に、縫い針をプスプスしているだけという状態だ。


 男性がこのように気もそぞろなのには、理由があった。

 先日、ドラゴンの尊大な理論展開について苦言を呈したが――

 その際、あまりにも話が通じないので、反省を促す意味で、ミミックのツボにドラゴンを漬け込んだのである。


 すぐに回収するつもりだった。

 ところが、ドラゴン回収のタイミングで、追加発注していたぬいぐるみ用の綿がとどいたり、妖精が迷い込んできたり色々あって――

 ――忘れていた。

 結果、二日ほど、ドラゴンはミミックのツボで熟成されることになったのである。



「……ドラゴンよ、その、なんだ……大丈夫かね?」



 以前もミミック漬けにしていたらドラゴンがおかしくなったので、男性は不安なのだった。

『じゃあ最初からやるなよ』――この状況を見ればそんな意見を言う者もあるかもしれない。


 しかしそれはあまりにも人情を解さない意見だろう。

 男性はめんどうなことをしたくない。

 そして、ドラゴンになにかを言い聞かせるのは、あまりにもめんどうだ。


 それでもどうにか改めさせたいことがあった場合、『ドラゴンの意見を変えるためのめんどうくさくない手段』としてミミックについ頼ってしまうのは、仕方のないことなのである。

 本当に仕方ないのだ。



「吸血鬼よ、心配をしてくれてありがとう」

「……」



 ドラゴンは案の定おかしくなっていた。

 彼の口から『感謝』がこぼれようなどと、普通ではありえない。



「だが、我の心配よりも、貴様には他にすべきことがある」

「なんだね?」

「貴様の素晴らしき活動を全国に知らしめるための、努力だ」

「……すまない、意味が……」

「この世界は差別に満ちあふれている」



 ドラゴンが窓から入ってくる日差しに目を細めた。

 そして、キラキラと輝く瞳で外を見て――



「悲しきことよ。この世界には数多くの生き物が暮らしているが、そのすべてが平等な権利を有するとは言いがたい……支配者たる絶対の生物が、自分の都合のいいようにすべての生物の権利を差配している……いや、天が、ニンゲンどもが『神』と呼ぶ何者かが、たった一つの優れた種族を中心に、その生物に都合良く運命を回している、とでも言うべきであろうか……」

「ふむ。君の言うこと、わからんでもない」

「であろう」

「けれど、それがどう『私のしている素晴らしき活動』につながるのかね?」

「この城には、差別がない」

「……」

「知能に劣る妖精も、地上生活に劣るミミックも、社交性に劣る眷属も、ヒキコモリも、平等に差別されることなく生きている……素晴らしき環境だ」

「ヒキコモリを(きず)のように語らないでほしいのだが」

「貴様の行動のうち一番正しかったものは、『この世を支配する種族』をきちんと受け入れたことにあると、我は思っているのだ」

「ふむ……」



 この世の支配者は――もちろん、ニンゲンだろう。

 吸血鬼がいかに強くとも、ドラゴンがいかに強くとも、これらはお伽噺の向こう側に追いやられ、世界に対する実際的な影響力はほとんど皆無と言える。


 それはもちろん、『全力で暴れても簡単に負ける』というような意味ではない。

 今さら暴れる理由がないぐらい、インフラが整っていて、普通に過ごすぶんにはニンゲンを襲わなくとも充分な暮らしができるという意味だ。


 暴れる必要さえない世界――世界の、システム。

 これを形成したニンゲンは、たしかに世界の支配者と言えるだろう。


 そして、その支配者を――ニンゲンである聖女を、男性はきちんと受け入れている。

 排除するでもなく、普通に招き、普通に接しているのだ。



「……なるほどね。ドラゴンよ、君はたびたびまともでなくなるが……今回は、ずいぶんまともな、まともでなくなり方をしているようだ」

「『まとも』『まともでない』などと、他者からの評価に興味はない。なにが正常でなにが異常かは、支配者が決めることよ。我がまともかどうかは、我が決める」

「ふむ、一理あるね。……ん?」



 なにか。

 なにかこう、微妙なおかしさを感じた。


 このひっかかりはあまりにもかすかで、ドラゴンと付き合いが長くなければ見逃してしまうようなものであっただろう。

 だが、男性は気付く。

 だから、問いかけた。



「……ちなみにだが、ドラゴンよ、君の言う『支配者』とは、どの種族のことかね?」

「もちろん、決まっていよう。その生物を中心に運命が回っているとしか思えぬほど、恵まれた種族……美しい容貌を持ち、天に愛され、強大な力を持つ、絶対者……」

「……」

「我だ……」

「……」

「ドラゴンこそ、この世の支配者。この世界の主人公であったのだ。……ああ、しかし……我は、今まで一度も平等を望んだことがなかった……! この城でみなに囲まれ優しい時間を過ごし、ようやく、平等の素晴らしさに気付けたのだ……!」

「……」

「これこそ、我の大いなる失態よ……みんな違って、みんな素晴らしい。そのことに気付くのが遅れたばかりに、世界はすっかり我だけを中心に回ってしまっている……!」

「……ちなみに、君、寝ているあいだにその姿になり、力は衰え、ヒトに石を投げられたり、子犬呼ばわりされたりしているようだが……それでも君は、『世界が自分を中心に回っている』と言えるのかね?」

「人生には、ある程度の試練が必要だ」

「……」

「壁にぶつからぬ人生はつまらぬ……思えば過去、貴様と戦い引き分けたことも、我を好きで好きでたまらぬ天が我に与えた、『イベント』だったのであろう……」

「…………」

「吸血鬼よ、よいぞ」

「なにがかね?」

「そろそろ我のライバル役はいいので、これから貴様は、我の都合のいい参謀役に転身するがよい……」



 ダメだこいつ、早くなんとかしないと……

 男性はテーブルの上にある『ファミレスのアレ』を鳴らした。

 するとすぐに、男性の足と足のあいだから、眷属が生えてくる。



「……眷属よ、ドラゴンに『カリカリ』を食べさせてあげなさい」



 眷属がうなずき、影に沈んでいく。

 カリカリを食べてもとに戻る保証があるかと問われると返答に詰まるが――


 それでも、男性はカリカリを信じている。

 愛猫用おやつにこめられた、猫ちゃんへの愛を信じているのだ――



 ※ドラゴンはこのあと元に戻りました。

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