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115話 だから吸血鬼に友はいらない

「おじさん、こんばんは!」



 夜――

 男性がぬいぐるみを縫っていると、聖女がやってきた。


 男性は「おや?」と思う。

 なぜならば、彼女は聖女である。

 神殿関係者の性質なのか、その活動は基本的に朝早い。


 実際に、今までも彼女がおとずれるのは早朝であった。

 そのせいで男性は――吸血鬼であるにもかかわらず――すっかり『朝目覚めて夜眠る』という健康的な生活(ニンゲン基準)になってしまったぐらいなのだ。



「聖女ちゃん、今日はずいぶん遅かったようだね?」



 男性は縫い針を針山に刺し、かけていた伊達メガネ(かたちから入るタイプなので、気分を出すための、言わばコスプレ)を外した。

 そして、聖女を、テーブルを挟んで正面のソファへ招き――



「君の生活スケジュールは以前に一度聞いたような気がするが……君は、ずいぶん朝早くから活動するのではなかったかね? それをこんな夜遅くに来て、明日は大丈夫なのかね?」

「ご心配ありがとうございます。でも、わたし、改めたんです」

「なにをだね?」

「おじさんは吸血鬼ですから、朝早くお邪魔するのはご迷惑なんじゃないかなって……」

「……」

「朝に起きていただくのも、職業訓練の一環と思っていましたけど、吸血鬼が本当に日の光に弱いんでしたら、働く時間も夜になりますからね。夜型生活でも問題ないかなって」

「…………」



 聖女は、男性が吸血鬼であると認めた。

 それでもブレないあたりに、男性は彼女のすごさを認める。



「……君は、相変わらず、私を社会とかかわらせようとしているのだね」

「それはもちろん!」

「しかし、私は吸血鬼だ」

「でも、友達は必要だと思います!」

「ぐふっ」

「おじさん!? どうしました!?」

「……いや、なんだろうね。胸のあたりにこう、強い衝撃を……」

「まさか……不整脈!?」

「そうではない。そうではないのだ……」



 友達がいないから、友達が必要と言われると、心が痛いのだよ――

 さすがにそんなにハッキリ弱みを語れない男性であった。


 ここで普段城での生活を見ている者があれば、『ドラゴンは友達ではないのか?』という疑問を抱くであろう。

 しかし男性はドラゴンを友達とは思っていなかった――あくまでもライバルであり、ライバルと友達は違うのである。男性の中では。



「……ともかく、聖女ちゃん……私は友達などいらぬのだ」

「それについてちょっと、うかがいたいことがあるんですけど……」

「なんだね?」

「おじさんは、『友達』ってなんだとお考えですか?」

「…………どういう意味かね?」

「いえ、おじさんはどうにも、『友達』という関係性を、非常に重いものと捉えていらっしゃるのではないかなと、これまでの話の中で感じまして……」

「……それは、まあ……友とは、重かろうよ。性別にかかわらず、心許せる相手のことを指す言葉であろう?」

「ああ、やっぱり。おじさん、あの、こんなこと言うと、軽薄に思われてしまうかもしれないんですが……」

「?」

「『友達』って、そんなに重い関係じゃないですよ」

「…………いやしかし、友とは…………」

「おじさんは吸血鬼ですから、違和感があるのかもしれませんが……」

「……」

「友達なんて、なんとなくできて、なんとなく離れたり、なんとなくくっついたりするようなものなんです」

「…………いや」

「『友達を作ろう』っていうのは、『ちょっと人の多い場所に行こう』ぐらいの意味の表現であって、別に『結婚をしよう』とかそれ級に重い発言では、ないんです」

「……いやしかし……友だぞ? 友とは信頼のおける相手であり、気のおけない相手であり、なんでも話せ、秘密をわかちあったり、命を懸けるべき時には隣にいて一緒に命を懸けてくれるような……」

「吸血鬼的感覚ではそうかもしれませんが、そういう相手を探していたら、友達なんて一生できないと思うんですけど……」



 聖女がおずおずと言う。

 しかし男性は納得いかない。

 これが吸血鬼特有の『友達観』だとしたら、ニンゲンの中にも『俺、吸血鬼だったわ……』と思うような者が、相当数出るような気がするのだ。



「聖女ちゃん、君の語る『友達』は、少々軽薄すぎるのではないかね? 君の語る友達は、なんというか……私の基準で言えば、『知り合い』程度のものなのだが」

「でもおじさん、『命を懸けるべき時に隣にいてくれるような相手』って、そうそう巡り会えるものじゃないと思うんですよ」

「だからこそ、『友達』とは重い言葉なのではないかね?」

「たぶんそれだけを『友達』と呼ぶことにしちゃうと、今の世の中で、友達がいる人なんか一人もいないと思いますよ?」

「……しかし……そうだ、君と、竜の末裔以下略はどうなのかね? 君たちは友達ではなかったのかね?」

「でも、命は懸けないと思いますけど……」

「……」

「というかですね、おじさん、一つわかっていただきたいことがあるんです」

「なにかね?」

「今の世の中、『命を懸ける』っていうシチュエーションには、そうそう巡り会いません」

「……平和な世の中のようだからね」

「想像してみてください。『私たち友達だよね?』と問いかけられたとしましょう。そこで、『じゃあ命懸けの時、一緒に命を懸けてくれる?』って聞き返したとしましょう」

「……」

「空気が凍りませんか?」

「…………うむ」



 確実に凍る。

『お前なに言ってんの?』と言われそうな気配がひしひしと感じられた。



「ですからおじさん、もう少し肩の力を抜いて、『友達』という関係性を見つめ直してみませんか? そうしたら社会に出るという行為に対して感じている重圧も、少しは減ると思うんです」

「……」

「そもそも、『友達』は作るものではなく、できるものですよ」

「…………しかしだね」

「おじさん」

「……なにかね?」

「わたしとおじさんは、友達じゃありませんか?」

「……!」



 男性は雷に打たれたかのような衝撃を感じた。

 聖女との関係性。

 それを定義する言葉を、男性は今までハッキリとは持たなかったが――

 いや、持っていたし、そういう名称で関係性を定義されたこともあったような気もするけれど、意識していなかったが――

 ――友達。



「おしゃべりをしたり、遊んだり……それで、楽しいって感じられるような相手なら、もう『友達』でいいと思うんです」

「だが……」

「おじさんの語るような『友達』は、これから、『親友』って呼ぶことにしませんか?」

「……」

「どうでしょう、おじさん。『友達』は、そんなに重く考える必要がある関係性ですか?」



 男性はソファに深く腰をあずける。

 ――普段ならば、これで、もう、敗北を認めるところだ。


 聖女の語ることは、いちいちもっともで、反論のしようがない。

 今時の若者はそうなのだろうし、あるいは、もっと昔から、ニンゲンはそうなのかもしれない。

 否定は、できない。


 だが――それはあくまでもニンゲンの話。

 男性は吸血鬼である。


 少し前までは、『吸血鬼? はいはいそうですね』という応対を覚悟せねばならなかったが――

 今は聖女公認の、吸血鬼なのである。



「……聖女ちゃん、君の言うこと、いちいちもっともと思う。だがね、それはあくまでも、ニンゲンの話であり――私のような吸血鬼の、いや、長命種の話では、ないのだ」

「……と、おっしゃいますと?」

「我らは、君たちの想像もつかぬような長い時を生きるのだ。……長く生きれば生きるほど、時間というのは短く感じられるものでね」

「……」

「君の語る『軽い友達』は、一日を長く感じる君たちにとっては、退屈な日常に華を添えるため必要なのかもしれないが……まばたきのうちに一年が過ぎるような我らにとっては、記憶にも残らぬような友はいらんのだ」



『一年』という期間に長さを感じなくなったのは、いつからだっただろう?

 一年が始まる。すると、特になにもしていない気がするのに、いつの間にか、その一年が終わっている。


 時は次第に短く感じられるようになっていく。

 繰り返される変化のない日常に、だんだんと退屈を感じなくなっていく。



「我々は昨日の夕食のことさえ思い出せない」

「……」

「だというのに、印象にも残らぬ、ただ楽しく会話をしただけの『軽い友』のことなど、覚えておけようか? いや、ない。……わかるかね聖女ちゃん。年齢を重ねれば重ねるほどに、軽い関係性の者は記憶から消え去り、君たちが『軽い』と捉える関係性にも、重みを求めていくようになるのだ。つまり――」

「……」

「――我らには、長く付き合えない者を『友』として覚えておく、記憶力がないのだ」



 ものを覚えておくというのは、重労働だ。

 大事なものしか覚えておきたくないし、覚えておけない。



「さらに言えば、『こいつは友達』『こいつは親友』などと、記憶の中にたくさんの『枠』を作ることも、できない。なぜなら――記憶は混ざるから」

「……そんな」

「君は若いからまだわからないかもしれないが、自分で言ったことを他人の発言として覚えていたり、他人の発言を自分の発言として覚えていたりとか、そういうことは、普通に起こる」

「……」

「だからね、歳をとると、新しいものを受け入れるのがおっくうになっていくのだよ。……今ある思い出でさえ仕分けができていないのに、新しい概念を受け入れると、なにがなんだかわからなくなっていくのだ……」

「おじさん……」



 そう、おじさんだった。

 長命なる吸血鬼である。積み重ねた記憶と歴史があるのだ。



「私は――昔からの知り合いと、君さえ覚えておければ、それでいい」

「……」

「君は、私の乏しい記憶力を振り絞るに足る存在なのだ。……私はこの時代で、覚えておくに足る人物に、すでに出会えた。今さら軽い友達など作るまでもない。私の記憶は君で満たされているのだよ」

「おじさん……その、いい声で素敵なことを言わないでください……なんだか照れてしまいますから……」

「はっはっは」



 男性はわざと軽く笑った。

 聖女は「むー」と頬をふくらませる――思えば久々に見る、彼女の子供っぽい表情だ。



「なんだかうまく言いくるめられた気がしますけど……これ以上説得する方法が見つかりません……」

「今回は、私が一歩勝ったようだね」

「でも、やっぱりわたしは、友達が多いのはいいことだと思いますし……『軽い友達』でも、いっぱいいた方が素敵だと思っています」

「……」

「それをどうにかわかっていただけるように、もうちょっと考えてみます。……明日も、夜に来ますから」

「君のお陰ですっかり朝型でね。いつもの時間でかまわないよ」

「……わかりました。では、またうかがいます。次はもっとがんばりますからね!」

「ああ、楽しみにしているよ」

「では、お邪魔しました!」



 聖女が一礼して去って行く。

 男性は口元を笑ませ――テーブルに乗った『ファミレスのアレ』を鳴らした。


 眷属が呼び出しに応じ、影から出現する。

 男性は彼女に、言いつけた。



「久々に酒でもやろうかと思う。蔵から一本、持ってきなさい」



 眷属が影に沈む。

 男性は久々に飲む酒の味を想像しながら、無精ヒゲの生えた顎をなでた。


 ――久々の勝利だ。

 口元に貼り付いた笑みは、なかなかとれてくれそうもない。

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