113話 ドラゴンは気持ちよくなりたい
「貴様には『芯』がない」
ピコピコと足音を立てて、部屋に赤い生き物が入って来た。
これが、びっくりするほど、ふてぶてしい顔をした生き物なのだ。
縦長の瞳孔が切れ目のように入った瞳からは、『自分より偉い生物はいない』というような不遜さがありありと感じられる。
太く短いずんぐりとした四つ脚で歩くさまは、狭い場所ですれ違っても絶対道をゆずらなさそうな居丈高さを覚えるだろう。
子犬サイズであるからまだ救いがあるものの、こんな地底の奥底より響くかのような低音ボイスでしゃべる生き物がもし巨大サイズであったら、さぞかしうっとうしいだろう。
だが――本来、コレは山のように巨大な生き物である。
ドラゴン。
そういう名前の、『お伽噺の中にしか登場しない』とされる、幻想種なのである。
「なんだね急に」
男性の声に『おどろき』はなかった。
ドラゴンがいきなり部屋に現れて妙なことを言い出すのは、初めてではない。
というか、男性の城の住民は、みな、いきなり男性の部屋に現れては妙なことを言い出すやつらばかりだ。
男性はソファに深く腰をあずけ、手にしていたケイタイ伝話をテーブルに置いた。
ケイタイ伝話の画面には『初心者でも簡単にできる! ぬいぐるみの作り方』というページが表示されている。
「……貴様、ぬいぐるみ作りまで始めるのか」
ばさぁと翼を羽ばたかせテーブルにのぼったドラゴンが言う。
男性はうなずいた。
「うむ。先日のことだが……聖女ちゃんにねだられて、『ばんぺーくん』の木彫り人形を渡したのだがね」
「……ああ、あの、なんとも言えない……ただ属性を盛ればいいと思っている、カワイくもないゆるキャラか」
「……まあ、そのゆるキャラなのだがね。聖女ちゃんに渡したあと思ったのだが……木彫り人形というのは、子供に扱わせるには、いかにも危なくないかね?」
「危ない、とは?」
「ほら、硬いし、落としたり当たったりしたら、ケガをするだろう?」
「……」
「ニンゲンは我らと違ってもろいのだし、昨今は特にもろいのか、子供の安全を気にする風潮が強まっているようではないか」
「ヒキコモリの貴様がなにを根拠に『風潮』などを語る?」
「君たちがよく投稿する動画サイトでね、そういうニュースを語っている者がいるようなのだよ」
「……」
「そこでだね、次にもし聖女ちゃんに『ほしい』と言われた時のために、当たっても痛くない、柔らかなぬいぐるみでも作ってみようかと……」
「カーッ!」
ドラゴンがいきなり吠えた。
男性はちょっとビクッとする。
「な、なんだね急に……」
「そんなんだから、貴様は『芯がない』と言われるのだ」
「君以外に言われたことはないが」
「『他者が言うから注意する』などと! 『己』がない証拠だ!」
「いや、他者の言葉に耳をかたむけるのは、悪いことではあるまいよ。他者の意見を聞き、もっともだと思えば、納得し、行動する……かたくなに他者を容れないのは、ただの『頑固』であり『偏屈』ではないかね?」
「吸血鬼よ」
「……なんだね」
「貴様の中には、我に対する反論もあろう。しかし、そういうのは、今はいいのだ」
「なぜ」
「我は今日、『吸血鬼には芯がない』というテーマで、貴様をやりこめようと準備をしてきている」
「……」
「我の準備を無駄にすること、まかりならんぞ」
「……君ね、いつも思うが……その主張は『私は殴りたい。だから黙って殴られろ』というようなものだということは、理解しているかね?」
「………………それは、そうであろうよ?」
「……そういった発言に問題があることは、自覚しているのかね?」
「…………いやしかし吸血鬼よ、よく考えてみてほしいのだ。『殴りたい』と予告をすることは、黙って殴るよりよほどいいとは思わんか?」
「ドラゴンよ、そこに正座しなさい」
男性はテーブルの一点をコツコツと指で叩いた。
ドラゴンは長い首をひねって頭をかしげる。
「なんだ……? なぜ我が怒られるような雰囲気になっている……?」
「そのあたりを自覚していないから、他者の生き方に口を出さぬよう心に決めている私が、主義をまげてまで君に説教をしようとしているのだ」
「吸血鬼よ、貴様には芯がない。だからそのように簡単なことで主義をまげるなどと……」
「バーン!」
「ぐわあ! やられた!」
男性が人差し指を向けてバーンすると、ドラゴンが仰向けに倒れた。
条件反射である――ドラゴンはバーンされるとバターンするように、己に芸を仕込んでいるのであった。
男性は「ふう」と息をついて、
「ドラゴンよ、いいかね? 普通――『殴りたいから殴らせろ』『はい』というようなやりとりは、ありえないのだ」
「ぬうう……! 仰向けになってから復帰するまで、最近やけに時間がかかる……!」
「それは君が太ったからだ。……ともかく、君は、『世間は君が気持ちよくなるために奉仕してくれる存在ではない』ということを学ぶべきだ」
「しかし吸血鬼よ……」
「ドラゴンよ」
「……なんだ」
「私は今、君に、『君の常識はおかしい』という話をしている」
「……」
「君の中には反論もあろうが、反論されると気分が悪いので、黙って私の話を聞きなさい」
「………………なんと不愉快なことを言うのだ、貴様は!」
「普段の君の論法だよ」
「なんだと!?」
ドラゴンは仰向けのまま、もがくのをやめた。
長い首を力なく重力に任せる。
「……我はそこまで不愉快な発言をしておったのか……」
「自覚できたようでなによりだ」
「これだけ不愉快な発言をしている我を見捨てないということは……我は愛されておるのだな……」
「……」
「カワイイというのは、やはり得だ……カワイければ、誰も我を傷つけん……みな、争って我を保護したがる……カワイさこそ力……我はやはり間違っていなかった」
「…………」
男性はドラゴンをつかんで、立ち上がる。
ドラゴンは、ふりほどくこともできず、ジタバタと短い四つ脚でもがいた。
「おい吸血鬼、なにをする? カワイイ我を独り占めしたい気持ちもわかるが、我はみんなに愛されるキャラゆえ、貴様のものにはなれんのだが?」
「……」
「おい吸血鬼、なにか言え。無言でずんずん進まれると少しばかり恐怖を覚えるのだが?」
もはや言語は絶した。
あとはミミックに任せ、ドラゴンの反省を願うのみ――




