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11話 それでも吸血鬼は自己アピールをやめない

「おじさん、朝ですよ!」



 元気のいい少女の声で、男性は今日も目を覚ます。

 しかし今朝はカーテンを開く、地味にうるさいレールの音がなかった。


 また荷物でも抱えているのか。

 今日はどんな手練手管で社会復帰をうながされるのか――


 男性は楽しみもあり、不安もありながら、上体を起こす。

 そしてベッドのふちに腰かけ、パチンと指を弾いた。


 すると、真っ暗な室内――その闇から這い出るように、黒髪で片目を隠したメイド服の少女が現れる。

 眷属だ。

 ただし『吸血鬼と眷属』と言ったところで人には信じてもらえず、『おじいちゃんと孫』というふうに定義されてしまっていた。


 本当にもう――世界から人外は消え去っているようだった。

 今時吸血鬼と言ったって、頭の痛い困ったおじさん扱いされるだけである。

 聖女は社会復帰を促しに来るし、眷属は最近だんだん物理的にも精神的にも距離感が近付いてきているし、男性としては時の流れに戸惑うばかりだった。


 眷属がなにを言われずともカーテンを開けるのを確認し――

 男性は聖女の方を見た。



「……なんだねそれは」



 彼女の腕には、彼女がカーテンを開けられなかった理由が抱えられていた。

 ただし――それは、木箱などではない。



「子犬です! わんちゃん!」



 ということらしい。

 本日はどのような手管かと思えば、動物を使う気なのか。


 ただ……

 なんというか……



「……ソレは本当に犬なのかね?」



 聖女が抱えているものは、赤かった。

 そして、毛がなかった――毛がないというか、体表はウロコで覆われているように見えた。


 あと、頭には小さい角があった。

 よく見れば翼みたいなのが見えないこともなかった。



「でも、犬ですよ? 足が四つですし、尻尾もあります!」

「……尻尾、太くないかな?」

「でもでも、『わんわん』って鳴きますから。ねー?」



 聖女が抱えた犬(?)に微笑みかける。

 すると、四足歩行以外犬との類似点がない生き物は、言葉をしっかり理解しているように「わんわん」と鳴いた。



「ほら!」

「……わんわん鳴けば犬という、その価値観は、どうかと思うのだが」

「いえ、でも、他に該当する生物いないじゃないですか」

「……いやあ、どう見てもそれは、ドラゴンだろう」



 はっきり言った。

 聖女は首をかしげ――



「あはははは! おじさん、ドラゴンなんて、お伽噺にしか出てきませんよ!」



 と、笑った。

 どうやら彼女の中で、おおよそ犬の特徴を備えていない生物を『犬』と呼称するより、ドラゴンが生存している方が面白いようだ。


 その昔――ドラゴンも、いた。

 というか人型の人外の王が吸血鬼であり、空を舞う人外の王がドラゴンというような位置づけだった気がする。


 ただ、やっぱり絶滅しているらしい。

 少なくとも、聖女の中では『いない』ということになっているようだった。



「今日はおじさんの心を癒やしに来たんです!」

「……おじさんはなぜかもう疲れているのだが……」

「いつも寝てばっかりだからですよ! そこで――犬を飼うんです!」

「……」

「わんちゃんを飼えば、お散歩したり、お世話したり、動く機会も増えますからね。やっぱり健全な精神は健全な肉体からですよ。これは精神論のようでいて、実は運動している方が運動していない人よりもポジティブに物事を考えるというデータもきちんとあるんです!」

「そういうデータ収集は、『データがある』と示すだけでなく、データ収集の方法まで言ってくれないと、どうにも……うさんくさいのだが……」

「とにかく! 気に入らないなら、きちんと連れて帰りますから! まずは、わたしが帰るまでだけでも、わんちゃんと触れ合ってみませんか?」

「……あー……その、なんだ……」



 男性は『犬』を見る。

 そいつはなにかを訴えるような、瞳孔が縦になっている爬虫類みたいな目で男性を見ていたのだ。



「……少し話がしたいので、ドラ……犬を置いて、一度外してくれるかね?」

「話? ……あ、なるほど。眷属ちゃんとですね!?」

「……ちなみにだが、その犬はどうやって手に入れたんだい?」

「ここに来る途中で拾いました!」

「そうか。……まあとにかく、一度外してもらいたい」

「わかりました! では、前向きなお返事を期待してます!」



 聖女が元気よく部屋から出て行く。

 部屋の床には犬が――赤くて、ウロコで覆われていて、翼があって、角があって、爬虫類みたいな目をした、「わんわん」と鳴く生き物が、残された。


 わんわんと鳴く生き物は、しばしうかがうように、長い――犬と呼ぶには明らかに長すぎる首を曲げて、聖女の出て行った部屋の扉を見ていた。

 しばしして、



「……助かったぞ、宿敵よ」



 渋い声がした。

 低く、重く響く、威圧感と重厚感のある、男性の声だ。


 そんな声を発しそうな生き物、この部屋には吸血鬼のおじさんしかいないはずだが――

 その声は、おじさんのものではない。

 犬が、しゃべった。



「我ら人ならざる者の生き残りが、ここらにいると聞いたのでな……貴様のことではないかと思い、はせ参じたのだ」



 犬は渋い声で続ける。

 男性はわずかにおどろいた顔をした。



「君は――竜王か」

「その通りだ。かつて貴様と何度も切り結び、ついぞ決着をつけられなんだ、竜王だ」

「懐かしい顔だ。……いや、懐かしくはないな。なんと言うか――ずいぶん小さくなったように見えるが……元の君は、もっとこう、山のように大きくはなかったかね?」

「酒を断ち、黄金を欲することをやめ、引きこもっていたらこのような姿になったのだ」

「君もヒキコモリか!」



 男性は嬉しそうな声をあげた。

 仲間を見つけた喜びからだった。



「君と私はかつて何度も殺し合った仲だが、今は君の生存を嬉しく思う。その後どうかね? 世間では、我ら人外の者どもは絶滅し、お伽噺にその名を残すのみとなったようだが……」

「そのようだ。ドラゴンの一族も、もはや我以外にない」

「吸血鬼も似たようなものだよ。やはり引きこもっていた者のみが生き延びたようだな」

「うむ。我らドラゴンは黄金を蓄え、酒を好み、強き体を持つゆえに油断が過ぎたからな……多くの仲間が酒で酔わされ首を斬られ蓄えた黄金を奪われたという話を聞くにつけ、『あいつらアホか』と思ったものだ」

「それで君は、酒と黄金を断ったのかね?」

「うむ。黄金があるから狙われる。酒を呑むから酔わされ、殺される――ならば酒と黄金さえなければ、ドラゴンは無敵と思ったのだ」

「実際、君は生き残った。いや、めでたいな。どうだね? 君は酒を断ったと言うが、こういう時ぐらいは、祝杯をあげてもかまうまいよ」

「いいや。我は今、果物と野菜クズで生きる身でな。すっかり甘い物が好物になってしまったし――この体だ。量も昔ほどは食べなくなったのだよ」

「なるほど、お互いに年齢を重ねたというわけか」



 男性は笑う。

 それから、ふと思い出した。



「それにしても、なぜ犬のまねなど?」

「我が貴様をたずねた理由にも関係があるのだが……」

「ふむ」

「ヒキコモリにも飽きた我は、思い立って久方ぶりに地上に降りたのだ」

「ほう、偉いな。私は一生城から出る気がないぐらいだというのに……」

「もとより吸血鬼はこもりがちな生き物であるゆえな。対し、我らドラゴンは空を自由に舞う種族である。こもりきりというのは、どうにも翼がにぶっていかん。時には思い切りはばたきたいものだ」

「なるほど。たしかに翼のある生き物はそうらしいな」

「しかし――うまく飛べなかった」

「……」

「昔と比べ衰えているというのか……肉体が縮んでしまったゆえにしかたないことではあるが力も弱い」

「それは……悲しいことだな」

「まったくだ。数百年眠り続けていたせいかもしれんが……まあしかし、それでもかまわんと思っていた。だが――今の人の世はマジでヤバイ」

「…………」

「我のような見慣れない生き物が飛んだりしていると、すぐに捕獲されそうになる。子供には石を投げられるし、さんざんだ。しかも、石を投げてきた子供を追い払おうとして少しでもケガをさせたりすると、今度は大人が我を捕獲に来る。大人を退けたら、次は武器を持った兵士が大挙して攻め寄せてくる」

「……」

「悪いのは我に石を投げた子供であろう? 我、なんも悪くない」



 話を聞くに、同意できた。

 竜に石を投げるのが悪いっていうか、そもそも、見慣れない生物だからといって石を投げる思考がどうかしている。



「それからというもの、我は人前で基本的に犬のふりをするようにしているのだ。連中、犬のように鳴くととたんに優しくなるからな。猫も試したが、どうにも我は犬とは思われても猫とは思われんらしく、無駄だった」

「……人は、変わってしまったのだな」



 こんなのを犬と思うとは……

 人の目は節穴になっているようだった。



「しかし我がそんな涙ぐましい努力をしているというのに、噂によれば貴様、吸血鬼アピールをしておきながら、人とうまくやれているそうではないか」

「そうなのかね?」

「先ほどの聖女から聞いたぞ。貴様は堂々と吸血鬼を名乗っているそうではないか」

「……ふむ」

「しかも力も失っておらん様子。そこでだ、恥を忍んで頼むが、我を保護せよ」

「…………」

「だいぶ前から、力ある人外に保護を求めようと思っておったのだ。だがなにぶん、見つからん。生存しているかすら、わからん。それで貴様がかつて根城としていたこの場所に、いちるの望みをたくしたわけだが――いてよかった。我が力を取り戻すまで、少々世話になりたい」

「かまわないが……」

「ありがたい。感覚的には、力が戻るまで、三百年ほどだろう」



 かくして話はまとまった。

 男性はパチンと指を鳴らす――


 すると、部屋の端にいた眷属が寄ってきた。

 間違えた――今呼びたい相手は、指パッチンでは来ないのだ。

 ちょうどいいので、眷属に指示を出す。



「聖女ちゃんを呼んできなさい」



 眷属が一礼して部屋の外へ去る。

 聖女を連れて戻ってきた。



「おじさん、話し合いの結果はどうでした?」

「ウチで世話することにしたよ」

「まあ! 本当ですか!? かわいがってあげてくださいね!」

「………………そうだね」

「今度わんちゃんの飼い方とかの本を持ってきますね! なにぶん、そこで拾ったので用意がなく……」

「いや、この相手の世話は慣れている」

「そうなんですか? おじさん、犬を飼った経験が?」

「ないとは言わんが……」



 吸血鬼が主に眷属とするのは、コウモリとオオカミである。

 なので、オオカミの眷属も、昔はいた――だいぶ前に、今そこにいるコウモリを除いて、眷属はだいたい解雇してしまったので、今はいないけれど。


 というかドラゴンだ。

 犬の世話ができるかどうかは、関係がない。



「……とにかく大丈夫だ。心配はいらないよ」

「ああ、そうですか。よかった……これでおじさんも、社会復帰に一歩近付きましたね。ちゃんとお散歩してあげてくださいよ?」

「いや、それでも私は外に出ないよ。なにせ――吸血鬼だからね」

「はいはい」



 聖女は笑う。

 どうやらまだまだ信じてもらえないようだが――それでも吸血鬼は、アピールをやめない。

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