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109話 聖女は仕事を愛しすぎている

「おじさん、おはようございます!」

「やあ聖女ちゃん。『ばんぺーくん』ができたよ。……ああ、まずはお掛けなさい」

「失礼します!」



 正面のソファに聖女が座ったのを確認すると――

 男性はローテーブルの上に置いた、木製の像をスッとそちらに押し出した。


 それこそが『ばんぺーくん』という名で呼ばれるゆるキャラをかたどった、男性手製のウッドフィギュアなのである。

 着色はしていないが、ツヤ出し塗料のお陰で表面はテカテカと光っていた。



「さすがに『血のついたハルバード』や『戦闘の傷がついた鎧』までは表現しきれなかったが、なかなかよくできたと思うのだがね」

「いえ、素晴らしい完成度です! ただ木を削りだしただけだっていうのに、内部にいる英霊の苦悶の声まで表現されているかのよう……」

「……『ばんぺーくん』の内部にいる英霊は苦しんでいるという設定なのかね?」

「英雄とはいえ攻め寄せてきた生き物を殺していますからね。そこには相応の苦しみがあったのではないかと想像されていますよ」

「いや、そういうことではなく…………まあ、いいか」



 男性はこれ以上の問答を避けた。

 ヒトの闇みたいなものを直視する羽目になりそうに感じたからだ。


 男性は闇属性を自称する者だが、吸血鬼であり、ヒトではない。

 現代では『いないもの』とされた幻想生物である――老化と無縁であり、不調と無縁であり、ついでに言えばニンゲン社会とも無縁である(ヒキコモリ)。


 なので男性の思う闇は、なんというか――さわやかでふわふわしていた。

 ニンゲンの方の闇はどす黒くてドロドロしていそうだったから、つい尻込みしたわけであった。



「……うむ。ともあれ、差し上げよう。『ばんぺーくん』の設定を聞けば聞くほど、この木彫り人形はどこか深い地下にでも埋めた方がいいような気分にもなってくるが、約束は約束だものな」

「ありがとうございます! 神の子院のみんなもきっと喜ぶと思いますよ!」



『神の子院』とは『孤児院』のことである。

 現代、どうにも『孤児』という言葉は使ってはならぬ風潮のようであった。

 このあたりもニンゲンの闇を感じる部分である。



「でもおじさん、やっぱり手先が器用ですよね……それに、センスもあります」

「いやあ、そんなことは……」

「このセンスは――絶対に仕事に活かせますよ!」

「…………」

「おじさん、そろそろ教えてくださいませんか? どんなお仕事を始めるつもりなのですか?」



 聖女が邪気のない笑顔でたずねてくる。

 男性は「ハハハ」と笑った。


 笑うしかなかった。

 聖女には『やりたい仕事がある』的なことを言ったが――

 本当はやりたい仕事どころか、そもそも働くつもりさえないのである。


 しかし、ハッキリと『本当は働く気なんかないんだよ』とも言えない。

 そんなことを言えば――聖女のこの笑顔が曇るのが、わかるからだ。


 男性は紳士(おっさん)なのである。

 若い女の子の笑顔を曇らせるようなことはしたくなかった。

 だから話を逸らすことにする。



「そういえば聖女ちゃん、君はふだんどのような仕事をしているのかね?」

「わたしですか?」

「うむ。興味があってね」

「うーん……聖女は、なんていうか、目指してなれるものではないので、参考にならないと思いますけど……」

「別に私が聖女になりたいわけではないよ」



 男性は『おっさん吸血鬼聖女』を目指しているわけではない。

 ただ、無職――おしゃれに言えば『高等遊民』とか『ディレッタント』でいたいだけだ。



「私は――聖女ちゃんのお仕事に興味があるだけさ」

「なるほど。興味を持っていただけるのは嬉しいことです。参考にはなりませんが、そういうことでしたら!」

「ああ、お願いするよ」

「ではまず――朝は、日が昇るより少し前に起きますね」

「ふむ」

「そのあと、お祈りをします。これは一般の方がされるような祈祷とは少し作法が異なるお祈りなのですが、決まりがあって外部に漏らせないので、割愛させていただきますね」

「まあ、宗教的な決まりなのだったら仕方がないね」

「ご理解ありがとうございます。そして、そのあとで神の子院のみんなと一緒に食事をとりまして、次に朝の一般礼拝客のみなさまの対応へ向かいます」

「……」

「それから、信者のみなさまのお宅を回りますね。こちら『朝のみまわり』となりまして、お目覚めの早い方が中心となります。中には体調があまりよろしくないお年寄りもいらっしゃいますので、湿布や飲み薬などをかついでまわるのが普通ですね」

「この家に来るのも、その『朝のみまわり』かね?」

「いえ、こちらは『昼の部』に入りますね」

「……」



 男性は開け放たれたカーテンから外を見た。

 未だ日はのぼったばかりで、外には朝特有の涼しげで白い光が満ちている――どう見たってまだ朝だ。昼には見えない。



「おじさん、『朝の部』の続きを申し上げても?」

「……君は『朝』にまだ働いているのかね?」

「業務内容は多岐にわたるので言葉にするとたくさんに見えますけど、言ってしまえば『神様に祈ったりみなさんとお話ししたり体調管理をしたりする仕事』ですから、一般に『仕事』と言われてイメージされるような『つらさ』はないですよ?」

「……まあ、朝はいい。昼のあたりに話題を変えてくれたまえ」

「そうですか? お昼は、まず、街を見てまわりますね。『昼のみまわり』でお邪魔するのは、市街地の商店が中心となります。わたしのお友達の大半はこの昼のみまわりでできた子たちですね。みんな、おうちの手伝いをしている子ばかりなんですよ」

「なるほど」

「昼はお店が中心なもので、軽く一声掛けて終わりということが多いですね。それで、いつものお店をみまわったら、昼の部の終わりに、おじさんのところへお邪魔します」

「ここも『みまわり』のコースなのかね? ちょっと街からは遠いようだが……」

「いえ、こちらにお邪魔するのは『みまわり』というよりも、『クエスト』です」

「ほう? 『クエスト』とは……それはギルドで受けるようなものかね?」

「あ、はい。そうですね」

「冒険者ギルドで?」

「……いえ、その……おじさん、あの、『冒険者』はお伽噺の中にしかいないので……」

「…………そういう時代だったね」

「おじさんがギルドで受けるクエストをどう考えていらっしゃるかはちょっとわかりませんが……ギルドは『企業が日雇いや週雇いの人員募集をかける場所』であり、『主に若い人が金銭のための期間の短い仕事を探す場所』なんですよ。物語みたいに『モンスター討伐』とかは当然ありません。主に店舗スタッフとか倉庫スタッフとかを募集してます」

「……そうなのか」

「ケイタイ伝話からも簡単にクエストが受けられるんですよ。ギルドアプリの『クエストる』とかが有名でしょうか」

「……」



 うまく言えないが――

 なんか、やめてほしい。


 クエストとは、ギルドとは、そういうものではないのだ。

 そんなお手軽に、若者が『時間空いてるし金もほしいし、そうだクエスト入れちゃお』みたいな感じでやっていいものではない。

 もっと命懸けで人類の脅威に立ち向かうものが、クエストのはずなのに……

 かつてクエストで討伐対象にされたこともある男性は、複雑な気持ちであった。



「……まあ、時代か。しかし――そのクエストと、君がここに来ることと、どういう関係があるのかね?」

「おじさんのことが、ギルドにクエストとしてとどけられていたんですよ」

「『吸血鬼を倒せ』とかかね?」

「いえ、『文化財に棲みついているおじさんをどうにかしてほしい』という依頼でして」

「……」

「ですが法律上複雑な手続きが入る可能性があるので、一般の方の手にはちょっとあまるんじゃないかという判断がなされまして、そのクエストが神殿まで回ってきたのです。それで、わたしはここに」

「…………」



 今日は知りたくない真実しか言われていない気がする。

 かつて人類の脅威としてクエストの討伐対象になった男性は――

 現代、困ったおじさんとしてクエストの討伐対象になっているようだった。



「このように『一般の方が遂行するには法律的、あるいは技能、責任的に問題のあるクエスト』は神殿まで回ってくる仕組みなのです。なのでおじさん以前にも、様々な方のお相手をさせていただいてきましたよ」

「……そ、そうなのか……」

「みなさん事情は様々でしたが、最終的にはしっかりと社会復帰をしてくださいました。なのでおじさんもきっと、もうすぐ社会復帰できますよ!」

「……」

「安心してくださいね? 長く社会に出ていなかった人が社会に出る時、たいてい手続き上めんどうなことが発生しますが……そのような細かい手続きこそ聖女の本業なのです。事務上の処理すべきことがらは、わたしと神殿が責任をもって請け負いますので、おじさんは安心して就きたい仕事に就いてください」

「……あ、ああ」



 時代が変わりすぎていて怖い。

 どうやら現代はものすごくめんどうくさいらしい。

 暴力で解決できない事柄は、とてもとても多そうだ。



「そうだ、おじさん、おじさんがお仕事に興味を持ち始めてくださったんで、そろそろ大丈夫かなと思ってご用意してきたものがあるんですよ?」

「……な、なにかな?」

「なんと! じゃーん! 『履歴書』です!」

「………………」

「今までは『仕事に興味を持っていただくためのもの』をご用意させていただきましたが、そろそろ『実際に仕事をする上で長く職歴のなかった方が失念しがちな大事なもの』を用意して、実際的な『就職』を意識していけるかな、と思いまして」

「う、うむ……」

「『仕事する気がない』状態でいきなり『さあ、履歴書の書き方を覚えましょう』なんて言っても、めんどうくさいだけですもんね! おじさんがお仕事に興味を持ち始めてくださって、本当によかった……」

「……」

「どんなお仕事を始めようとなさっているか、まだ教えてはいただけないようですが……どんなお仕事でも、履歴書の書き方を知っておくのは、マイナスにはなりませんよ! それではステップその一、『自分の名前を綺麗にハッキリ書くこと』から指導させていただきます!」



 かくして履歴書の書き方指南が始まった。

 うつろな心で文字を書いていくだけの時間だった。


 なぜならば、男性は働かない。

 だから――仕事をする気のない状態で教えられる『履歴書の書き方』が、めんどう以外のなにものでもなかったことは、言うまでもないのだ。

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