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101話 眷属はしゃべるのが本当にしんどい

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

「はい起きた。起きたから、無言でジッと見るのをやめなさい」



 男性が目を開けると、正面に片目を黒い髪で隠した、幼い顔立ちの、メイド服の少女がいた。

 眷属である――つまるところ『吸血鬼に血を分けられ従僕化された野生動物』であり、その正体はコウモリなのであった。


 しかし現代は『吸血鬼』とか『眷属』はいないもの扱いになっている。

 なのでこの場に第三者がいれば、『幼い女の子にメイド服を着せて身の回りの世話をさせている白髪のおじさんがいる』ぐらいにしか思わないだろう。


 だけれど幸いにも、今、男性の部屋に第三者はいなかった。

 ベッドで目だけ開き、上体を起こすと頭がごっつんこするので体も起こせない男性と――

 腰を曲げて男性を上からのぞきこむ、眷属がいるのみだ。



「…………ん」



 眷属は男性に向けてなにかを差し出した。

 それはニヤけた顔のようなデザインのロゴが描かれた、平べったい印象の箱である。



「私にかね?」

「……」



 眷属は無言でうなずく。

 男性は寝転がったまま(眷属が体勢を変えないので起きると頭がぶつかる)、開けにくいと思いつつも渡された箱を開け――

 中身を見て、困惑した。



「……これは、その……なんだね?」



 箱に収められていたのは、名状しがたい物体である。

 短い円筒形で、色は白い。

 大きさは手のひらに乗せると少し余るぐらいだ。

 どうやら上下があるようで、グリップのついた下面、そして上の面にはベルを模したとおぼしきイラストが描かれている。


 男性は見たことがない物体だ。

 だから首をひねっていると――眷属が、



「ぼたん、おす」



 珍しく、声を発した。

 これが本当に珍しいのだ――しつこく言えば渋々声を発することもある眷属だが、自分からしゃべるということはまずない。


 その彼女が、己から声を発したのだ。

 よほど重大なものなのだろう、と男性は改めて手の中の物体を見た。



「ボタン――というのは、この、ベルのマークかね?」

「…………」

「これを押す? と、どうなる」

「……」



 眷属が手をチョイチョイと動かした。

 動作からは『とにかくやってみろ』という意思を感じる。

 なので男性はやってみた。

 その瞬間である。



 ――ピーン、ポーン…………



 やや間延びした感のある、電子的な音が城中に響いた。

 それほど大きい音というわけでもないが、不思議とどこにいても聞こえそうな音だ。



「……それ、は……『ファミレスのアレ』……」



 眷属が補足するように述べる。

 だが、男性にはわからない。



「……『ファミレスのアレ』とは……」

「おす、と、てんいん、が、くる、アレ……」

「……つまり呼び出し用のボタンか」

「…………」



 眷属はうなずく。

 そして、ちょっとだけ照れたように――この眷属に照れるなどという精神の動きがあったことにまずおどろくのだが――視線を逸らして、



「ゆびわ、の、おかえし」

「……指輪? …………ああ! 前に内職……ではなく在宅ワーク研修で私が作ったアレか!」

「…………」

「しかし『お返し』はしてもらったように記憶しているが……」

「…………」



 眷属が目を細めて口の端をつり上げ、「ハッ」と息を吐いた。

 どうやら『そんなんじゃお返しにならないよ』と言いたいらしい。



「うーむ、お前もずいぶん義理堅いのだね……」

「……けいやくの、もんだい」

「契約?」

「……けんぞくと、あるじの……ハァ……」



 そろそろしゃべるのがつらくなってきたようだった。

 普段ことさら『しゃべる』という行為をめんどうくさがる彼女にしては、かなりがんばった方だと言えよう。



「まあ、なににせよ、わかった。……ひょっとして、お前が『自分の稼ぎで買う』と言っていたのは、これだったのか?」

「……そう。これからは、これで、よんで、ほしい……」

「そうか……」

「ゆびぱっちんは、さいきん、しろが、うるさくて、ききのがすから……」

「そ、そうか……」



 住人が増えたせいだろう。

 苦労をかけているようだった。



「それにしても、ずいぶん金策に苦労していたようだが、それほど高いものなのかね?」

「……すぴーかーの、せっち、ひようが……」

「スピーカーの設置費用!? 城にそんなものを……あ、さっき『ピンポーン』が城中に響いたのはスピーカーが設置されていたからなのか!?」

「……」



 眷属はうなずいた。

『自分の稼ぎで主にプレゼントをしよう』という心がけは立派なのだが、城にそんな大規模改修を施すなら、事前に相談がほしかったなと思う男性であった。



「……ともあれ、ありがとう。なんだか私へのプレゼントのために、ずいぶんな苦労をさせてしまったようだね」



 男性はねぎらうように言う。

 眷属は首を横に振り――



「…………いま、せつめいしてるのが、いちばん、しんどい、です」

「……まあ、お前ならそうだろうね」



 このあと、しばらく眷属は口を利かなかった。

 眷属はしゃべるのが本当にしんどいらしい。

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