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僕と猫又  作者: 冬野ゆすら
5/7

5 呼ばれない妖怪は、家に入れない。

 あれは、いったい何だったんだろう?

 僕は部屋の中、いつものとおり勉強しながら、まったく身が入ってなかった。

 飛び込んだ家の中から全部見てた。田舎育ちで、寝物語は妖怪話だった僕でも信じられない光景だった。

 説明する、って言ってた奴は来る気配がなくて、裏口で座り込んでるのも間抜けだから僕は部屋に入ったけど。

 妖怪。たぶん、そう。何かが元になってて、その元になる何かは絶対いる、そう思ってはいるけど、…実物を見るなんて。


 「あー、もうやめっ」

 僕はベッドに転がった。だーめだ、集中出来ない。こういうときは仮眠するに限る!

 あ、僕は杜憧一、高校二年なんで、あと数カ月で受験生になるんだ。小さいころから医者になりたくて、けっこう頑張って勉強してるよ。…まあ、たぶん、夢物語ない程度には。

 …さっきの酔っぱらいはさ、気づいたかもしれないけど父親です。まあ酒乱ってわけじゃないんだけど…母さんには飲むなってさんざん言われてるね。

 母さんは、昔近所の神社で巫女さんやってたんだってさ。あ、知ってるかな、職業としての巫女さんて、ちゃんと専門の大学出ないとなれないんだよ。

 霊能力? さあ、その辺は特に何も言わないけど。…普通に、神さまはいるのよ、とか笑われたなあ。

 …ん?

 なんか聞こえた気がして、僕はベランダを見た。コンコンと窓ガラスを軽く叩きながら、どうも入れろと言ってるらしい。鍵は掛かってないんだけど、一応開けてみる。


「よ。入っていいか?」

「駄目だったら窓開けないよ。虫も入るし、早く入りなよ」

「あー、悪い、招かれないと入れねえんだ。俺、ウスズミ。呼んでくれるか?」

「ウスズミ?」

「薄い墨色って意味だよ。なあ、招いてくれよ」

「えっと…薄墨くん、どうぞ…」

 ありがとなー、とか言いながら、彼…薄墨くんは中に入って来た。へー、漢字も必要なんだ…音だけじゃないんだな。


「…耳だ」

 思わず触りたくなる猫の耳。あー、ふにふにする~。


「っていきなり触るなよっ」

 慌てて彼が跳び退った先はきっちりクッションの上で、しかも胡座かいてるよ。遠慮ないなあ。


「遠慮ないのはそっちだろーが。いきなり耳触った奴なんて初めてだぞ」

 や、気持ち良さそうだったし。猫の耳ってかわいいし。


「僕は妖怪見たの、初めてだよ」

「…嘘だろ?」

「ホントなんだけど」

 変だな、そんなことないはずだけどなあ、とか薄墨くんは呟きながら僕の回りを凝視したり部屋の中の匂いを確認したりしてた。


「…あのー、薄墨…くん?」

 説明に来たんじゃないのかなこの妖怪、と思いつつ、呼び捨てにするには見た目が年上だし、ということで一応敬称をつけてみた。


「あ? あー、呼び捨てでいいぜ、本名ってわけじゃないし」

「え、違うの?」

 今度は部屋の壁をペタペタさわりながら教えてくれた。


「俺ら妖怪は、言霊に縛られる存在だからな。会ってすぐに本名教えたりできねえんだ、誰に知られるかわからねえしな。今のは妖怪台帳の呼び名だ」

 妖怪…台帳? 何ですかそれは。


「ん? 俺らにも戸籍があるんだぜ? ほれ、閻魔帳と一緒で」

 いやあの…なんとなくわかったけど、閻魔帳ってホントにあるんだ。しかも妖怪にもそんなものがあるんですか…。

 そう言ってから、薄墨く…薄墨は、首を傾げた。


「なあ、お前の家って誰か神職でもいるのか?」

「…母さんが、巫女だったって聞いてるけど」

「ああ、そっか。それで無事だったんだな。んー、でもそうなるとけっこう厄介だなあ」

 勝手に納得して、腕を組んでベッドの上に座り込む。あれ、髪の色、銀…かな?


「ま、いっか。とりあえずさっきのあれ、説明しに来たんだけどさ。あ、その前にお前じゃやだよな」

「え、僕?」

「そ。名乗るのはちょっと待てよ。俺たちほど言霊には縛られないっつっても、ゼロってわけでもねえし。名前を呼ばれて付いてった揚げ句に死んじまうってのはやだろ?」

 そりゃ嫌だけど…そういえば昔話にあったな、名前呼ばれ続けた男の話…牡丹灯籠だっけ…ちょっと違う話だけど。

 うーん、と腕組みしながら薄墨が頭を捻っている。…猫耳が激しく緊張感を削いでくれます。いやもうまた触りたくなるくらいに。


「そうだなあ…お前、好きな色ってないか?」

「色?」

 唐突に言われても、何がなんだかわからない。えっと好きな色…ねえ?


「そ。俺の呼び名、色の名前なんだ。兄さんの真似だけどな。なあ、何かないか?」

「青…が好き…だけど…」

「青かぁ」

 んーと、…兄さんって誰だろう。


「こら、薄墨。もう少し順序よく説明せぬか」

 ポコ、といういい音と声が振ってきたのは同時だった。


「え、兄さん!?」

「うわわわっ、て、天狗!? ど、どこからっ!?」

 無言で部屋のドアを示されて、母さんと見知らぬお兄さんが、一緒に並んでた。…えと、なんで母さんがそこにいるんでしょうか、お茶の道具まで持って。


「かあさん…み…見えてる、の?」

 あら知らなかったの、と母さんは笑って答えた。

「こちらの木葉天狗さんはね、この辺り一帯の妖怪を束ねてる方よ。失礼のないようにね。あと、お父さんもう寝ちゃったから、多少うるさくても起きないわ」

 持って来たお茶セットを僕の勉強机に置いて、母さんは降りていった。…あの…いったい…?


「さて、どこから話そう?」

 ゆったりと胡座をかいた天狗さんの姿は、かなりくつろいでる雰囲気。妖怪ってみんなこうなのかなあ…。


「あの、お兄さん、その前にどこから入って来たのか聞いていい?」

「アケノキミが招いて下さったから、玄関から入ったが?」

「アケノキミ?」

 な、なんかえらく古風な響きなんですけど…母さんのことかな?


「そなたの母君よ。我らの祭礼に、幾度か舞を奉納していただいたことがある。その衣装が朱色でな、それ以来、朱の君とお呼びしておる」

 か、母さんそんなことしてたんだ…妖怪の祭礼…へえ…。


「あ、す、すみませんお客さんにそんな」

 慌てて変わろうとしたけど、あっさりかわされて、お茶の用意が整った。


「趣味だ、気にせずともよい。…薄墨、そなたもこちらへ」

 僕以上に固まってる薄墨がふらふらと寄って来た。…うーん。


「さて、朱の君のお子の呼び名、決まったか?」

「え。あ。えーと、…ソウ、でどうかなって…」

「字は?」

 兄さんの言葉にとりあえず鉛筆と紙を渡すと、すらすらと書いた字は『蒼』。あ、『あお』とも読むんだっけ、これ。


「ふむ、悪くない。ならばお子次第だが…いかがかな?」

 僕はなんて言えばいいのか分からなくて、頷いた。…その瞬間の薄墨の顔がなんとも言えず、んー…、かわいい、かな。なんか、猫がニカっと笑ってるっていうか。いや人間の顔に猫耳がついてるだけだから、普通に笑ってるんだけどさ。


「よかろう、では蒼とお呼びする。我はトクサと申す木葉天狗。其方が生まれたときより見知っておる」

 『木賊』という漢字を教えてくれたあと、二杯目のお茶を注ぎながら天狗さん…木賊さんが言って、僕は自然と居住まいを正していた。


「先ほどの機関車は、地獄夜行と言う。百鬼夜行とは似て非なるもので、行き会う生き物すべてを地獄へと連れて行く妖怪列車よ。本来は彷徨うだけの亡霊を連れてともに消えゆく存在なれど、あれは気に当てられて壊れてしまった。今はただ彷徨い、亡霊を集めるだけの妖となっている。…さきほどは我らの他に二人の加勢があったが、残念ながら取り逃がした」

「…出会うもの…すべて…?」

 でも僕は、別に無事だったし…?


「さっきは俺たちが必死になったからな。あいつはちょっとこだわりがあって、出会った奴はすべて取り込まないと気がすまないらしい。…んで、お前を取りこめなかったんで、たぶん狙ってくるんじゃないかというのが俺と兄さんの結論なんだ」

「…はい…?」

 木賊さんを見ればまっすぐ僕を見て頷くし、薄墨は口元を引きつらせながら笑ってる。


「いやー、妖怪って真っすぐな奴が多くてさ、あいつもまっすぐなんだよなー。あ、知ってっか、琉球の妖怪にはアメリカまで行った奴がいるらしいぜ?」

 琉球って沖縄じゃん…どうやっていったんだろ…って、じ、冗談じゃないっ!


「なんで僕がっ!?」

「出会っちまったからだよ。巡り合わせってのとはまた違うが、後には引けねえ。普通は後ろの奴が時間ずらしたりするもんだけど…まあ、お前は、仕方ないか」

 耳を掻く仕草が、どことなく猫を思わせる。ちょっと和みそうになったけど、今の問題はそれぢゃない。


「そこで其方に守護を付けようと思ってな。すでに朱の君には了承を取った、後は本人達次第だが、…どうする?」

「…はい?」

「兄さん、それって俺?」

「当たり前だ、我は全域守護で霙殿は神域守護、菜種は人間嫌いとあればそなたしかおるまい。…どうしても嫌であれば、霙殿が社にて匿う用意はあるそうだが」

「あの、社って…」

 いやその前にミゾレって誰?


「あー、霙は正一位のお狐さん。力は折り紙つきだせ。ほら、お前の学校の側にお稲荷さんあるだろ、あそこ」

「…むちゃくちゃ小さい祠があったような気はするけど」

「案ずるな、術で小さくなるゆえ狭くは感じまい。片付くまで外には出られぬが」

 いや…え、閉じこもるってこと? …うん…妖怪の感覚ってわかんない…。


「なあ、俺の守護で手を打てばさ、とりあえず外出自由だぜ? まあ早めに片つけるけどさ。…嫌か?」

「や、嫌とかそんなんじゃないけど」

 薄墨のその不安というか不満というか哀しそうな表情見たら、NOなんて言えないし。


「ならば薄墨でよいな。では期間限定ではあるが、薄墨を蒼の守護妖とする」

 そう言って、木賊さんが何かに自分の羽で書き付けた。…何だろ、和綴じ本みたいだけど。


「さっき言ったろ、あれが妖怪台帳さ」

 薄墨が囁いて来た。あれに書き込み出来るの、兄さんだけなんだ、と付け加えて。


「これでよい。では薄墨、蒼は任せる。何かあれば知らせる故、気を抜かぬようにな」

「はいよ」

 薄墨の返事に頷いて、兄さんは階段を降りていった。


「…消えたり、しないの?」

「あー…兄さん律義だからなあ。朱の君に挨拶にでも行ったんじゃねえか?」

 …まっすぐとか律義とか、何だか今の日本人が亡くしたものを持ち続けてるんだな、妖怪って…。


「かわりに人間はさ、便利な生活を手に入れたんだよ。他人と関わらない、静かな時間ってやつを、な」

 そう言う薄墨の瞳は、静かに冷たい。恐い、くらいに。


「さて」

 凍った空気を一瞬で溶かして、薄墨が猫の姿になった。全身銀灰色のすらりとした美猫…って、この毛並みロシアン・ブルーじゃん。


「日本猫じゃないんだ…うわー、気持ち良い」

 思わず撫でると、猫らしく喉がゴロゴロというのが聞こえた。やわらかいけどフワフワじゃなく、なんというかしっとりした毛皮というか…あー、気持ち良いなあ。


「ん? 俺はずっとこの国にいたぞ?」

「や、そーじゃなくて、その毛並み…あー、ちょっとまって、見せるよ」

 カチャカチャトン、で猫好きの友人のホームページを開く。んで、たしか憧れの猫に…ほらいた。


「おお、俺様にそっくりだな。…なんなんだ?」

「ロシアン・ブルーって言う、西洋猫だよ。日本猫だけが化け猫になるわけじゃないんだね」

「おお、そういうことか。妖怪になる条件が充たされたときにこの国にいれば、それで妖怪だからな。俺様は生まれも育ちもこの国だ。…そうか、海の向こうだから、同じ毛色の猫がいなかったのか」

「しかも君、妖瞳(オッドアイ)だね。うわー、ペットショップで十万じゃきかないよー」

「売るんじゃねえっ」

「喋る猫なんて恐くて買ってくれないよっ」

 ぐわっと口を開けて威嚇されても、全然恐くない。つい指を突っ込んでみたい衝動を押さえて、僕はなんとか撫でるだけに止めた。…ああ、この手触り。

 だ、ダメだこのままじゃ、いつまでも撫で続けることになるっ!


「あのさ、僕はこれからどうすればいいの?」

 名残惜しいけど、手を放して聞いて見た。あっさりと、いつも通りでいいとの答えが返ってきたからには、…まあ勉強でもしようか。


「なあ、何やってんだ?」

 猫の姿のまま、薄墨が机に飛び乗ってきた。


「受験勉強だよ。…わかる?」

「…俺たちにも昇格試験というものがあってだな、一応それくらいはわかるんだが」

 そんなのあるんだ。…でもさ、猫姿で睨んで見ても、効き目なんかないよ。というよりかわいいだけだよ。


「それに俺が聞きたいのは、何のために勉強するのかということで」

「僕、医者になりたいんだ。だから、医学部のある大学いかなきゃいけないんだけど、倍率高くてさー」

「倍率かあ。やだよなあ、人数制限があるのって。んで、どんなことしてんだ?」

 覗き込んだノートは、ちょうど数学。…分かるのか、と聞いて見れば、さっぱり、とあっさり返って来る。


「なあ、役にたつのか、それ?」

「…一応、受験には。あと、こういうのの計算方法知ってると、応用が効くんだとか」

「ふーん。…人間て、すぐ死ぬ癖に無駄に時間使いたがるよな…っと」

 猫が口を押さえる図、というのを初めて見た感想としては、漫画の世界かもしれない、ってとこだね。面白い奴だなぁ。


「無駄かどうかはその人次第らしいよ。…ねえ、妖怪って、寿命ないの?」

「ああ、ないに等しい。…けど」

「けど?」

「人に忘れられたら、終わりって奴もいる。俺は違うけどな」

 そこでニカっと笑って、尻尾が僕の顔を叩く。ペシペシとしばらく叩かせておいて、不意打ちで尻尾を捕まえた。


「つかまえ…って二本目は反則だよっ!」

 もう一本の尻尾が僕の顔を撫でてきて、びっくりして尻尾を放してしまった。

 それからしばらく、ベッドに逃げた薄墨を追いかけ本棚に逃げた薄墨を追いかけ電気の傘に乗ろうとして僕の頭を踏み台にしたところを捕まえるまで、深夜の鬼ごっこになった。

 …ごめん、母さんたち。

喋る猫がいたら、わたしなら買いますね。

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