表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくら荘の珍住人  作者: 和泉あや子
第一章 挨拶まわりの壁
7/45

第一章7 謎の解明 

 どうぞ、とうながして深優を招き入れた。ここに越してきて、はじめてのお客さんだ。

「おじゃまします。わあ、本がたくさんある!」

 さすが本好き、反応がはやい。本棚にかけよっていった。好きに読んでいいよ、と声をかけつつ手を洗ってエプロンをつけた。

「あっ! わたしの本がある!」

 深優が嬉しそうに指さした。わたしのって? 尋ねると意外なこたえが返ってきた。

「わたし、小説をかいてるんです」

 だから挨拶にいったとき、締切日がどう、って言っていたのか。ん?

「ちょっと待って、どの本が深優の本なのっ?」

 書店の主人が話していたことが頭をよぎった。深優のそばへキッチンからかけ寄った。これですよ、と彼女の指さした小説本は『あしたと太陽』、『麦わら帽子と太陽』だった。

「じゃあ笹野スイレンさんって……」

「わたしです」

 とほおを赤くして言った。スイレンさんって、もっと年上だと勝手に思っていたけど……同い年だったのか! 十八でこんな魅力的な人物と物語を書けるなんて。ほんわりした見た目からは想像がつかない。

 私大ファンなの! と叫んでしまった。いきなり大きな声を出したから深優は小さく飛びのいた。嬉しい、大好きな小説の作家さんに会えるなんて、しかもお隣さん。本棚に立ててある彼女の小説を見つめた。

「こんなすごい小説、若いのに書けるんだね。私、悩んだときにスイレンさん――深優の小説になんども頼ったんだ。いつも勇気もらってさ」

 彼女のほうを向くと、泣きそうな顔をしていた。ぎょっとした。私なにか気に障ること言っちゃったかと聞くと首をよこに振った。

「違うんです、ごめんなさい、嬉しくて。読者に元気を届ける小説家になるのがずっと夢だったんです。もう叶ってました」

と小さくつぶやいた。


「よし、ごはん作るね。今夜はコロッケにしよう」

「やった、コロッケ大好きです! わたしも手伝いますよ」

 お肉屋のコロッケの話しをしたら、このあたりでは美味しいと有名だという。

 夕食を食べながら、作品の裏話をきいたり、小説の話しをしたりした。彼女がラジオに、蓮の花のラジオネームで投稿していることを知って驚いた。

 ずっと気になっていた昨夜に聞こえた声と音について聞いてみた。

「え、隣まで聞こえてたんですか!?」

 口に入れていたコロッケを喉に詰まらせかけ、慌てて紅茶を飲む。

「このアパートの壁ちょっと薄いからね」

「実はあれはですね」

 と恥ずかしそうに口ごもって

「原稿が進まなくって、書けない、書けない、アイディア浮かばないと連呼していたんです」

「じゃああのカコーン、カコーンの音は」

「それは彫刻刀の音じゃないですかね。木を彫ってたんで」

 いきなり彫刻? と聞きかえすと、何かの作業しているときにアイディアが浮かぶからだと笑っていた。良かった、丑の刻参りじゃなかった。当たり前だとわかっていても、丑の刻参りを想像した自分が恥ずかしい。

「完全に深優のこと物騒な人だと勘違いしてたよ」

 やっぱりそうだったんですね、としょんぼりする深優。

「あれそれじゃ、あの飾ってあった木彫り、手作りなの?」

「不格好ですけど、そうです」

 いや巧いね、とつぶやくと、また花を咲かせるように笑った。それにしても彼女にはそんな特技もあるのか。

 


食事を済ましたあとも、少し話して、彼女は一〇二号室に帰っていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ