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さくら荘の珍住人  作者: 和泉あや子
第一章 挨拶まわりの壁
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第一章6 佐々木深優という人

 私の苗字を言ってにこりと笑う彼女は至ってふつうの女の子に見えた。

 これが昨日挨拶まわりのときに出てきた子なのかと疑ってしまう。こんなに可愛らしい天然女子のどこからあのホラーっぽさが出てきたんだろう。

「昨日はごめんなさいね。連日の徹夜で疲れていたもので……。せっかくご挨拶にきてくださったのに」

 顔を曇らせて、申し訳なさそうに言った。お隣さんは、まっすぐな人のように感じた。なんだ、変に想像がふくらみ過ぎただけかも。もっと親しくなったら、楽しい人なのかもしれない。緊張がすっかり解けて肩の力が抜けた。

「いえ私のほうこそ一方的に話して帰ってしまって、すみません」

 小さく頭を下げて言うと彼女は

「そ、そんな、謝らないでください。こちらが悪いんです、違う人と勘違いして寝ぼけまなこで出てしまったんですもの」

 と慌てたように両手を振った。なんだかそそっかしいな、と思わず笑ってしまう。

「あの、これ、昼間に宅配屋さんが届けにきていたんですけど、お留守だったみたいで。渡しておいてほしいって頼まれました」

 茶封筒を渡しながら説明した。佐々木さんは嬉しそうに荷物を受けとった。

「ありがとうございます。良かった、これ、大事な荷物だったんで。本当にありがとうございます」

 この人は、意外によく笑うんだなぁ。昨日は笑わないような、暗い人かと勝手に思っていた。

「そうだ、良かったらお茶でもいかがですか? 失礼ながら私と歳が近いように見えますし、お隣さんなので、お話ししたいです」

 と気さくに誘ってくれた。

「うれしいです。引っ越して来たばかりだから、わからないことばかりで」

「じゃあどうぞ上がってください。原稿がちらばってますけど、気にしないでくださいね」

 うながされて上がった。部屋は壁一面に本棚が置かれていて、そこにびっしりの本が並んでいた。そうとうの本好きのようだ。隅に置かれた机には、原稿用紙がかさ高くつまれていた。作家志望だろうか。窓際のテーブルには木彫りの動植物のオブジェが飾ってあった。

「適当に座っててください。今お茶を淹れますね」

 と佐々木さんが声をかけて、キッチンへ行った。私はソファに腰かけた。紅茶でいいですか? と向こうから声がしたので、お構いなく、と返事をした。

「お待たせしました。昨日のお菓子、おいしかったので良かったら一緒にどうぞ」

 フルーティーな香りがティーカップからたちのぼる。いただきます、と礼をいって一口飲んだ。優しい味がした。

「そういえば、こちらからはまだ名乗ってませんでしたよね。わたしは佐々木深優といいます」

 彼女は、ほほ笑んでいった。私も改めて自己紹介をした。昨日はよろしくも言わずに帰ってしまったが、今度はちゃんと言えた。

「このさくら荘に同年代の、しかも可愛らしい女子が、引っ越してきてうれしいです」

 花が咲いたように笑って言う。佐々木さんはティーカップをソーサーに置きながら話す。

「つかぬ事をお聞きするようですけど、こちらにはどうして引っ越してこられたんですか?」

「大学進学と両親の海外転勤で。一人暮らしなんですけど、早くもちょっとホームシックみたいで」

 と苦笑いした。私の言葉を聞いた佐々木さんは、目を丸くした。

「わたしもこの春からこの近くの大学に通うんです」

 彼女のこの言葉は予想外だった。この近くということは、もしかしたら同じ大学だったりするのか。大学名をだすと、わたしもその大学です! と勢いよく答えが返ってきた。彼女って意外とそんな年齢なのか。

 大学で、気の合う仲間に出会えるか不安だった。でも彼女が一緒だとわかってそんな気持ちが吹き飛んでしまった。ふしぎ。この少しのあいだ話しただけで、こんな気持ちになること。そしてそんな気持ちにさせる出会ったばかりのこの人も。本当にふしぎだ。

「ということは、もしかして十八歳ですか?」

 彼女が尋ねた。ええ、現役合格だったので、と答えると、彼女もまた同じだった。

「ほんとに同い年!?」

 含みかけた紅茶を吹きだしそうになって急いで飲み込んだ。言葉づかいや話した方は大人びていたが、抜けた感じといい童顔のせいもあってか年下だと思い込んでいた。佐々木さんは苦笑いしている。

「同級生にもよく言われるんですよ。身長も低いですしドジなんで、あなた本当に同い年なの、って。困っちゃいます」

 と口先を少しとがらせて話す。

 話しをよく聞いてみればなんと学部まで同じ文学部とは。こんな偶然、あるかしら。


「佐々木さんは――」

「あ、深優でいいですよ。同い年ですし。神月さんのことは、鈴って呼んでいいですか?」

「うん、好きに呼んでいいよ。深優も丁寧語じゃなくていいのに」

 とは言ったものの、彼女の言葉づかいは、ごく自然に丁寧語をつかっている気がする。それが、上品でもの腰が柔らかい彼女の雰囲気を、いっそう感じさせた。

「あぁ、わたしの丁寧語は素なんです。よくいわれるんですけど……。丁寧語まじり、というところですかね」


 とりとめのない話をしているうちに日が暮れてきた。そろそろ夕飯の支度をしないと……。でももう少し話していたいし、一人でご飯をたべるのは寂しい。

「そろそろ夕飯の支度をしなきゃなんだけど、良かったら、一緒にどう? お茶いただいちゃったし。わたしが作るよ」

 今度はこちらから誘ってみた。深優はぱっと顔を輝かせた。いいんですか? と嬉しそうに聞く。

「もちろん。じゃあ私の部屋においで」


 飲み終わったティーカップを片づけて、一〇二号室を後にした。


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