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さくら荘の珍住人  作者: 和泉あや子
第一章 挨拶まわりの壁
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第一章5 お隣さんの意外な真実

 昼食用の食材がはいった買い物かばんをかかえ、さくら荘にもどった。

 自室のドアに向かうと、一〇二号室に宅配便が来たらしく、猫マークの描かれた制服姿の人が立っていた。

「すいませーん。おっかしいな……留守かなぁ」

 何度かチャイムを押しても返答がないらしい。困ったような表情をうかべ、つぶやいていた。

 私はその様子を横目で気にしつつ、かばんに手をつっこみ、鍵を探した。

「あの、すみません。こちらのお宅がお留守のようで……申し訳ないのですが、この荷物をお隣の一〇二号室にお渡し願えないでしょうか。留守のときは大家さんか隣人にでも渡しておいてほしいとのことで承っておりますので。急ぎの宅配物でして」

 配達員が私に気づいて、こう言葉をかけてきた。どうしよう。よりによってできれば関わりたくないと思っていた、お隣さん。でも配達員さんは困っているようだし、引き受けるしかないか。しぶしぶ承知し、荷物を受け取った。配達員さんは何度も礼をのべて、車にもどっていった。


 買いものの荷物と隣の宅配物をかかえながら、かばんから鍵を取りだしドアを開けた。一人分とはいえ買いおきしたほうが安上がりだからと、多くなってしまった。野菜が重たい。リビングテーブルに買ってきたものたちをおき、あらためて預かった荷物をまじまじと見てみた。あまり人のものを勝手に見るものではないとわかっているものの、好奇心のほうがまさってしまう。

 重厚な大判の茶封筒。大量に書類か何かが入っているのか、文庫本ほどの厚さがあった。宛名には佐々木深優様とプリントしてあった。はじめて一〇二号室に暮らす女性の名を知った。この荷物をいつ持っていこう。夕方頃には戻ってくるだろうか。昨日は自己紹介ともいえぬような感じで終わってしまったから、ちょっとしたきっかけになるかも。夕方になったら一〇二号室に届けることにしよう。


 早く新刊を読みたいのをおさえて、買ってきた食材を冷蔵庫にしまう。結局コロッケの材料も買ってしまった。自分だけのためだと作りすぎてしまうだろうに、昼間の味が忘れられなかった。余ったら大家さんに持っていこうか。

 ひととおり食材をしまったあと、紅茶を淹れてソファにもたれた。

 新品の本をひらいた。すぐに周りが消えて物語が飛びだしてきた。『あしたと太陽』のヒロインが、続編の『麦わら帽子と太陽』でも輝いていた。前作では立ちはだかる壁を、内面的な部分が成長することで越えていっていたが、今回は周りをもちまえの性格で引っぱって乗りきっている。こんな素晴らしい小説を書く笹野スイレンさんは、どんな人か知りたいな。人生経験が豊富じゃないとこんな厚みのあるキャラクター、書けないだろう。文章も読みやすいし。活字のうえをすべるように読みすすんだ。



 最後のページを読みおえ本から顔をあげると、もう陽が西に傾きかけていた。いけない、隣に宅配物を届けなくては。本を閉じて部屋を出た。


 昨日はどんな人か分からなかったから、出てきた住人に驚いただけだし。夜中の音だって正体が分からないから怖いだけだし。自分で言い聞かせて、いちど深呼吸をした。口角をあげてから一〇二号室のチャイムを鳴らした。

「はーい、どちら様ですか?」

 すぐに中からでてきた。

 出てきた人を見て固まる。昨日の人と同じなのか、はたまた違う人なのかわからず立ちつくした。

「あなたは、昼間の――」

 書店にいた天然女子ではないか。昨日挨拶に行ったとはうって変わって、きれいに整えられた髪と、明るい表情だった。同一人物とは思えないほどだった。はじめて会った時とあまりにも違っている。

「あぁ、昨日の方ですね。お昼はどうもです、神月さん」

 と彼女は言い、にっこりほほ笑んだ。



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