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さくら荘の珍住人  作者: 和泉あや子
第一章 挨拶まわりの壁
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第一章4 コロッケの味、書店でのすれ違い

 瑠璃子さんのデザインに付き合うという予想外のなりゆきで思いのほか時間がかかってしまった。もうお昼時になっていた。

 とりあえずなんとか隣室と上の部屋に挨拶できたし、ほかの部屋にはまたあとでにしよう。夕方にでも行こうと決め、腹ごしらえすることにした。



 昼食をすませ、散策もかねてちかくの店へ買いものにでた。暖かい風が気持ちよく、すこしくすぐったい。


 個人商店のお肉屋さんで奥さんが、コロッケを一つ引っ越し祝いよ、と紙にくるんで渡してくれた。揚げたてなのか少し熱い。店をでて頬張ると、サクッと歯切れのよい音がした。

 コショウとナツメグが効いていて、じゃが芋の甘さが引き立っていた。父さん揚げ物好きで、よく作ってあげたな。今晩はコロッケにしようか。

 ふとそこまで考えて、一人じゃ揚げても余ってしまうと気づいた。

 残りを口に運びつつ、街行く人を眺めた。さくら開花の効果もあってか、足どりが軽い人がほとんどだった。今は未開の地でも、そのうち目をつむっても歩けるくらい知った土地になるのかな。だけど右も左もわからぬ街といっても、何故かはじめての場所という感じがしないのがふしぎだった。どこか遠くで知っていたような、そんな感覚だった。


 買いもののつづきをしなくては。最後の一口を食べおえて、スーパーに向かう。途中で本屋を見つけ、磁力に引き寄せられるように足が向いた。間口は少し狭いが奥に広そうだった。出先に本屋があるとつい立ち寄ってしまう。


 入口に進もうとしたら、サクラ・ブックスと書かれた袋を下げた女子が出てくるところだった。脇に寄って道をあけると、彼女はふわりと笑って会釈した。と、同時に前へつんのめって転びそうになった。

「わ、大丈夫ですか」

 驚いて声をかけると、はにかんで

「大丈夫です、ありがとうございます。慣れてますから」

 と返ってきた。慣れてしまえば大丈夫という問題なのか、と可笑しくなる。

「あ、昨日はどうも。また後でこちらから改めてご挨拶に上がりますね」

 女子はまた小さく会釈をして歩いて行ってしまった。昨日? と頭をひねった。彼女に会った覚えはないのだが。引っ越し作業の時にでもすれ違っていたかしら。

 天然なのは可愛らしいが少し危なっかしく感じ、足元にお気をつけて、と背中になげかけた。彼女はすこし振りむいて、またちょこんと頭をさげた。同じくらいの年だろうか。それにしてはどことなく幼さも感じるから、高校生あたりだろうか。


 店に入ると、期待の新人・笹野スイレンの最新作! と大きな広告がでていた。しまった、引っ越しでバタバタしていて買ってなかった。もう発売していたんだ。あの『あしたと太陽』の続編が平積みで置かれていた。分厚いハードカバーを手にとり真っ直ぐレジに進んだ。店主らしきおじいさんが、どうもありがとうございます、とレジを打ちながら

「あなたもこの本なのかい、ついさっきもあなたと同じくらいの女の子が、買っていたよ」

 穏やかに笑って話しかけてきた。それはさっきの天然女子のことだろうか。

「そうなんですか。私、この人の小説が好きなんです」

「そうかい、そいなら良いことおしえてあげようかな。実はこの笹野スイレンさんって人、この辺に住んでいるらしいんだよ」

 本当ですか! と思わず声が上ずってしまった。店主はすこし面食らった様子で

「いや噂だけどね、この街を舞台に書いているらしくてな。商店街の店のならびや、大学があるところがそっくりって話で。そいで自分の住んでいる街を舞台に書きましたってあとがきに書いてあったとか。まあ、顔がマスコミに出ていないから本当かどうか確かめようもないんじゃがなぁ」

 と苦笑いした。手渡された本屋の袋を受けとった。そう言われてみれば、小説に出てくる舞台に似ているような気がしないでもない。著者が住んでいる噂が本当だったら良いのに、と思いながら店を出た。帰宅したら街の描写を意識して読みなおしてみよう。


 コロッケを作りたいがどうしようと考えながら、スーパーと八百屋に向かった。


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