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さくら荘の珍住人  作者: 和泉あや子
第一章 挨拶まわりの壁
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第一章3 二〇三号室の無駄美人

 まぶしさで目が覚めると、太陽はすっかり上がっていた。大変、父さんと母さん起こさなきゃ。急いで起きあがったが、新居だったと気づいた。

 引っ越す前の習慣で、つい両親に朝の準備をしてあげなくちゃ、と思ってしまう。二人とも朝が弱いから、たとえ私が寝坊してもまだ寝ていたっけ。

 こんなにゆっくりな朝、久々。昨日は三時ごろまで寝られなかったけど、そのあとはぐっすりだった。結局何だったんだろう、あの音。


 無意識にアラームを止めていたらしく、目覚まし時計がまくらのそばに転がっていた。

「うそ、もう十時。うーん、良く寝た」

 また声に出てる。一人にはやく慣れなくちゃとは思うのだけど、部屋が静かすぎるのかな。ラジオをつけてみた。この近くにある放送局にダイアルを合わせた。“地域を応援するラジオ”とあって、このあたりの地名からの投稿が多かった。


「次はラジオネーム、蓮の花さんからの投稿です。『徹夜し続けたときにできた目の下のくまって、ちょっと寝たくらいじゃとれないんですね。もう新種のメイクですって言ってしまうほうがいい気がしてきました(笑)』とのこと。もうネタにしちゃったら確かに面白いですけど、蓮の花さん、きちんと寝てくださいね」

 かるく朝食をとりながら耳をかたむける。面白い人もいるもんだな。連続で徹夜とか私にはできないなぁ。

「ではここで今日の星座占い。堂々の一位はかに座のあなた。出掛けるまえに鏡で笑顔の練習をしてから外出すると、ラッキーが舞い込むかも」

 お、かに座一位か。占いはあまり真に受けないけど、良いのは信じてもいい。


 食器を片づけて、上の階の二〇三号室へ挨拶に行く支度をした。

 玄関の鏡で口角を上げて笑う練習。大家さんのときにはうまくできたし、お隣さんのときはちょっと予想外だったけどなんとかなるかな。



 二〇三号室のチャイムを鳴らすと、すぐに女性が出てきた。

「わー可愛いっ!」

 私を見るなり叫んだ。どこかの女優かモデルだろうかと思うほどの美人。後ろで長い髪を結んでいて、左側にながした前髪と抜群のスタイルがセクシーに思ったが、高いテンションが色っぽさを消していた。こういう女性(ひと)が無駄美人と言うのかな、と失礼にも思ってしまう。二十代後半くらいだろうか。

「そう言えば昨日引っ越し社の車止まってたものね。ちょうどよかった、いきなりだけどすこし上がってくれない?」

 瞳をキラキラさせて満面の笑みで、私が答える間もなく部屋にあげられた。悪いことをしそうな人には見えなかったが、それでも変なことをされないだろうかと思わず身構える。


 部屋を見わたすと布やら端切れやらが乱雑としていた。何体かマネキンのドールが置いてあり、綺麗な服が着せてあった。なんでいきなり部屋に連れられたのか。

「あの、」

「そこにそのまま立っててくれないかしら」

 彼女は箱をあさって何か探している。戸惑いながらも立っていると、無駄美人さんは何枚か布を手に戻ってきた。嬉しそうに、ちょっと失礼して、と言いながら持っていた中の一枚を私の肩から胸にかけて合わせた。

「この柄じゃちょっと派手すぎてしまうわね……こっちならどうかしら」

 なんだかよくわからないがモデルにされているようで、次つぎ布を合わせられた。

「これがぴったりだわ! うん、この色なら柄が派手に見えないしあなたみたいな顔立ちによく合う」

 満足そうに私を見てつぶやいた。

「いきなりでごめんなさいね、びっくりさせてしまって。私は浅野瑠璃子。ファッションデザイナーをしているの」

だから布地やドールがいくつもあったのか。ちょっと変わったテンションの人だが、気さくな感じがした。すこし緊張がほぐれて、私にしてはうまく自己紹介できた。菓子折りも忘れず差しだした。

「へぇ、鈴ちゃんって言うのね。初対面での失礼を許してね。ちょうど元気可愛い感じの子に合わせるデザインをしていたときにあなたが来たものだから、モデルにしちゃった」

 瑠璃子さんは目にかかった前髪をよけながら、ふふ、と笑う。悪いと思っている様子はなく、むしろ困惑ぎみの私がそれはそれで可愛いと楽しんでいるように見えた。けれどもいやな感じはしないのがこの人の良さなのでは、と思った。

「私でお役に立てたら良かったです。本当にデザインがお好きなんですね」

「でも好きすぎて、周りが見えなくなるから気をつけろってよく言われるの」

 なるほどさっきのがまさにそうだな、と苦笑いした。

「こんど鈴ちゃんをモデルにデザインしたいわ。できあがったら着てくれないかしら」

 私でよければ、と答えると

「良かった! もうほんと可愛い。あなたみたいな子好きだわ。このアパートに可愛い子が二人もいて嬉しい。また遊びに来てね」

 と瑠璃子さんは部屋に戻っていった。


 あれ、二人って、あと一人はもしかしてお隣さんなのか? 疑問に思いつつひとまず自室に戻った。


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