最終話。遠すぎた距離…そして約束の意味
ただ早く早くと焦りだす気持ちとは裏腹に
いったって確実にその足を地に付ける
それは歩いてる時よりも遅く見えて
彼の心を掻き立てる
「満春…っ!!」
彼は随分前に見つけていた
随分前から呼んでたのだろう
声だけが彼女へと意思を伝える
耳元から流れる音が
今何よりも大事な満春には気付くはずがなかった
「満春…満春っ!!〜」
彼が近づくにつれはっきりと表情が現れる
彼の表情は疲れなんてなかった
ただ彼女の名前を呼び続けるだけで今は満足な顔
今はまだ気付かないでもう少し
この名前を呼んでいたい
必死に、そして楽しそうな笑顔だった
そして彼の足は満春のいる原っぱへと足を踏み入れる
今度は私の番
私が奏汰君をひたすら待つ番
いつ来るかなんて分からない
もしかしたら仕事関係で今日は来れないのかもしれない
明日になるかもしれない
だけど、私はここで待っているつもり
6年前降り止まない雨の中私を待っていた奏汰君のように
あの時結局私はたどり着けなかったけど
今、ここにちゃんといる
いつ来てもいいように私は絶対ここにいる
今日は9月16日
本当は…昨日
関係ないって言ったら関係あるけど…
だけど…
何回この曲を聴いたら現れるだろう…
「…えっ―」
イヤホンがすっと外れた
「えっ…何」
地面に落ちたんだと思い下を向く
何処に落ちたんだろう
その線をたどっていこうとすると
もう片方に付けていたイヤホンも取れる
「あ…っ」
その線をたどっていくと
「あ―――」
言葉が出なかった
ただ風が少し強まる
昨日と同じくらい汗でめちゃくちゃになっている姿
片手に引っ張ったイヤホンを持っていた
「やっぱここ、だったんだな…」
「うん」
それ以上の返事が出来ない
まともに奏汰君を見ることが出来なかった
「か、…なたくん?」
そう名前をアーティストの彼方ではなく
幼い頃一緒にはしゃいで怒られた時の
懐かしい…
彼方君じゃない『奏汰』君を呼んだ瞬間もう涙が止まらなくなった
しゃくりあげることなく涙は伝わり落ちる
こんなにも静かな涙があっていいものかってくらいに
関係なく頬を伝う
落ちないと気付かないくらいの速度で
「あ、ごめん…」
「………っ!」
「上手くいかないものだね…いろいろと考えてはいたんだけど言いたいこと一気に何処かに流れてっちゃった」
ごまかすように笑う
「…さっきまでは笑って最初に会おうとか」
「………っ!!」
ぽろぽろ ぽろぽろ
「ごめっ!!待って、言葉にならない…っ!」
その瞬間座っていた私に奏汰君が近づく
伸びてきた手は不意に私の身体を通り過ぎ
同時に奏汰君の唇が触れた
「あ……」
何が起こったのかわからなかった
触れた瞬間…
私の唇に触れた瞬間理解の境界を越した
何よりも先に理解をした身体
そして頬が熱くなる
「ごめん、…」
そういいつつゆっくりと私を抱き上げる
引っ張られた状態で腕の中にいる
驚く位ピタリとはまる
なんで奏汰君が謝るの?
それを言うのは私だって思ってる
だけど差し伸べられた腕に私は大人しく黙ってしまった
膝に乗っていたMDは草の上に音も立てずに落下した
だけど止まらずになっている今の曲は何曲目なんだろう
そんな下らない事考える
私は今、彼方君の腕の中にいる
「…奏汰君」
「ん?」
耳元に聞こえる声が何よりくすぐったい
「おはよう…」
それはただの挨拶じゃない
私達にとっては朝の挨拶じゃない
いつも恒例で行っている挨拶とは違う
何年間の間にこんな重要な言葉に変化していた
「おはよう…」
沈黙があってそう言葉にする
すこし腕の力が強まった気がする
『幼稚園の先生が言ってたよ…バイバイしたら必ずおはようって…』
バイバイ……
それは言葉にこそしてないけど何回あったんだろう
その分お早うなんてしてこれなかった
「お帰り…奏汰君」
そういって奏汰君から腕を離す
「…満春」
少し潤んでいる気がする奏汰君の瞳を見つめ返す
これから何回おはようって言える時が来るんだろう
「うわぁ〜…!!」
途端奏汰君がしゃがみこんだ
思いも寄らない行動に私は唖然とした
「か、奏汰…」
「や、やられた!!…っというか身体が勝手に!!」
身体…?身体が勝手にって
咄嗟に何を言い出しているのか分からない
あ、さっきの事…
「俺が先に言うはずだったんだ…その言葉」
「え?」
「うわぁ〜〜」
頭をかきむしる奏汰君
それを見てるしかなかった私
途端イキナリ飛び出すかのように立ち上がる
あまりのさっきの言葉に…昨日とのギャップに呆気に取られる
「だって昨日、9月15日…」
「あ、やっぱり覚えてたんだ…」
私は途端に笑顔を向ける
「ってかそれ忘れてたら俺、6年前に満春ごと忘れてたって…」
「正確には昨日だけど、奏汰君が引越ししちゃった日…約束をした日」
ちゃんと覚えてる
奏汰君と瞳があう
私はニコッと微笑んだ
「満春だな。完璧に」
「うん…」
奏汰君の手が私の頬に触れる
私は瞳を細めた
「えっ」
その手は一瞬にして遠のく
「だって満春泣くんだもんなぁ…俺だって予測してなかったわけじゃないけど、いざ、好きな子が目の前で泣いてるとこ見ると心構えなんて…同然のなし崩しだよ!!」
少し逆切れモード
やっぱり変わらなかった
幼い頃の奏汰君を見せてくれる
そのはにかんだ顔
『その時君の偽りのない微笑で止まった時計は動き始めるだろう―――』
音がないのに
私の頭で曲が鳴り響く
自然に頬は緩みこれ以上にないくらいの
笑みを私はしていたのだろう
多少の溜息を奏汰君はした後
手のひらは規則正しく私の頬に添えられ
もう一回唇を重ねた…今度は長く
私達の長く叶わなかった距離を埋めるように
最後まで読んでくださった皆様
ありがとうございました…
初の小説ですがここまで書けて幸せです…。
もしこんな作品でも感想など等頂けるようでしたらお願いします…
大分私のこれからの励みになるので
先、たくさんの作品を出して行こうと思います
もしよろしければまた訪ねてみてください…
それでは大変忙しい中ここまで読んでいただき誠にありがとうございました!!