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91.確かにここにいた…

 「み、見えた…」

まるで心境は山の頂上に登った気分

爽快感と入り混じっていて感動という文字が今は出てこない

達成感だけでこんなにあっさりしているもんだとは


 「ここが…」


ここが私が生まれ育った家

そこはやっぱり何年か前とは違って

舗装もされているし目の前にそびえ立つ昔の家も

違う人が立派にしてくれたみたい

私の想い出の中よりずっと頑丈さが備わっている


けど、覚えてる


面影は残っている

確かにここだって思える

舗装はされても道路そのものはまったく変わってはいない

お母さんが渡してくれた住所なんてなくても確信があった



家から見た外の景色

この朝うるさいくらいに照りつける日差し

目を細めると私はガードレールから乗り出した

そしてここを乗り出すと見えてくる町全体

昔はもっと家もなくて畑が多くて閑散としてた瞳の向こうの景色

風の抵抗がないそこは少し肌寒く感じた

何もかもが変わった訳じゃないけど

着実に変わってるそれも寂しいくらいに


幼い頃に少し戻った私は

今、発展しつつあるこの町に心細さを感じた

だけど、ここで奏汰君と出会ったのは事実

ちゃんと満春は分かってる


何度も駄目だって注意されたのに

道路に落書きしてたあの日々

少し隠れたところに

 「……あっ」

ほらあった

これはこのままだったんだ

大きな木があった

一緒に木登りをしてスカート破れちゃったんだっけ

 「…はぁ〜」

昔は本当におてんばだったんだな

怒られてばっか…

ここ大きな樹に登ると風が気持ち良くて

そよ風に吹かれながら幼稚園で習った歌を奏汰君と歌った

それでいつの間にか転寝して門限過ぎちゃって

少しお爺さんに見えるその木の幹にもたれかかる


これも、怒られたエピソード…か

いい話いい話!!

 「…ふう」

今も変わらず私の知っている風が吹く

髪をすり抜けスカートを揺らし

私の育った町へと吹き抜ける

確かに私はここに居たんだ



記憶をなくしたことにずっと罪悪感を感じてた



誰にもいえなかった事

大切なこんな大切な思い出を

私にとっては忘れたくなかった思い出を

たかだか頭にショックを受けただけで

忘れてしまうなんて…

誰にも恨みなんてない

無理に恨むというならこんなに簡単な私自身

ずっと後ろめたさがあって

だけどこれを皆に相談したら仕方ないとか

満春のせいじゃないとか言ってくれた

言ってくれるから誰にも相談なんて出来なかった


 「……っ!」


好きって思ってしまうことさえ間違いなんじゃないかって

そう思えてしまうときもあった

私を…6年前会えなかった私を必死に忘れようとしてた

でも忘れられなかったそう言ってくれた言葉が

そんな奏汰君の想いが重過ぎて…痛すぎて

罪悪感で涙が止まらなくなる


 「っ…く!」


私のために約束のために必死に有名になって

テレビで頑張ってて

唄を好きだって言ったからって

自分の将来あっさり決めちゃって

今じゃ…だから歌が好きだって思ってくれてる


 「…っひっく!!」


そんな奏汰君を6年間何気なく私は見てたなんて

私って馬鹿すぎる

誰もいないその樹の根っこにしゃがみこんだ

何よりそれが悔しくて悲しくて情けなくて

もう何が何だかわかんない


 「ひっく…っ!」


だけど満春は確かにここにいて

木登りしてて落書きもして

いつもいつもはしゃいで怒られてる私がいて

その昔の思い出が慰めてくれてる気がする

間違ってないよって言ってくれてる

この静かなそよ風がそんな現象を起こしてるのかもしれない

私は確かにここにいた

降って湧いた想いが小さい少女と私を一体にさせた



新幹線はもう終点へとたどり着いた

長い間走り続けて疲れたのだろう

運転手はいない

新幹線はただ無心に一呼吸を入れている

だけど、満春のいる町は終点ではない

幾つ前なのかは分からない

一つ前なのか二つ前なのか

それを知っているのは満春と彼方だけ

どれ位彼方が走ったのは

それは彼方だけにしか分からない


 「はぁ…はぁ」


息が切れていた

車とかタクシーを使えばもっと早く辿り着ける

だけど、そんな考えなんか持ち合わせていなかった

ただ夢中でがむしゃらに走り続ける

ボーっとしてるのが嫌だった

タクシーを待ってる時間運転手に任せて走らせている時間

それが彼方にはどうしてももどかしい

だったらこうやって必死に走って方が気が楽

普通に考えれば馬鹿みたいな行動

だが、心だけが先走りになってる

言えばこんな状態なんだろう



めいいっぱい泣いた後

気分はすっきりとしていた

私は約束の場所に来ていた

 「…ん――っ」

不意に瞼に手を当てる

 「ん――…っ」

何か難しく考えている様子

 「よっし大丈夫!!」

瞼は腫れてなかった

だって格好悪いもんね

感動の再会が腫れぼったい瞼で


 「がなだぐーーーぅん!!」


なんてバリバリ鼻声です!みたいな

目を開くと何帰りなのか奥様連中がいた



今の声が聞こえたのか何か話している

 「あ、…ははは」

笑ったって誤魔化せないことってあるわな

こんな時奈津美はどうしてるんだろう

…………。

気付いてなさそうだな

参考にもならない人っているもんだ

目を逸らそうとバックに目をやると

あることに気がついた

 「あ、そうだ」

おもむろにバックを開け取り出す

ガチャガチャとワザとらしく用意すると

すばやくイヤホンを耳に取り付けた

そして歌に乗ってる振りしてハミングをする

 「……♪〜」

そう勘違いして欲しかった

自分は唄を口づさんでたんだよって


あんまり変わらないような気がするけど

主張という主張をし続ける

気がついたときには奥様連中はいなくなっていた

ホッと胸をなでおろす

情けない…こんな奈津美みたいな失態を犯すなんて

自分に恥じながらも頬を掻く


 「…あ」


さっきそれとなく勢いでボタンを押した耳の奥から声が聞こえる

昨日聞いた声と同じ声

あの広い会場の中でも歌っていたこの曲

奏汰君らしいアップテンポな楽曲

思い出す繰り返される

あの盛り上がった歓声を自分の事の様に

瞳を閉じるその間にも涼しい風が絶え間なく吹いていた

それは変わらず私をすり抜け

住んでいた家を通り空高く舞い上がる

 「………」

イヤホンを付けていても分かる風の音

その止まないはずの音が一瞬止まる

見晴らしのいい晴れ渡った空

決して北から吹く風は途絶えたわけではなかった


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