9.気になる君
何処からどう見ても普通の喫茶店
有名人全員がお洒落な訳じゃないくらい知ってるけど
そのカケラさえも匂わせないこのお店
周りを見渡すと家族づれや友達同士でくる気軽な場所
やっぱりさっきの行動が身にしみてないと見える
見つかるって…こういう場所にいると…
「こういうとこが良いでしょ?…堅苦しくなくて」
い私に気を使ってくれているのか
初めライブで見たときはチャラチャラしてる人と思ったら
今度は真剣に謝って礼儀正しい人と思えば
『お茶飲まない?』って…だけど気を使ってくれるし
どれが一体目の前の人なのか訳分からない
「ねぇ…」
でも何だかついてきてしまった気持ち的に
だから私はこの誘い断らなかったのかな・・・
気付けば私、テーブルに置かれたティーカップを凝視していた
「あのさ…聞いてる?」
下ばかり見てる私を不信に思ったのか顔色をうかがっていた
「え、…何ですか?」
「あっ…珍しいなって思って」
目の前の彼は何故か戸惑っていた
戸惑うことって一つしかない
「貴方がテレビに出るほどの有名人なのに…何故、私が平然としているのか。ですよね?」
彼の飲み物と一緒に息を飲む声も聞こえた
「申し訳ないんですけど…興味ないんです。テレビに出てようが何万人の人が貴方のファンであっても…人気であろう背格好が良くても…キャーキャーワーワー気分悪い」
何故か今日はよく口がまわる
なんでこんなに聞かれてもないことをしゃべってるんだろう
「君、やっぱ分かってないよ…」
その態度に少し嫌気がさした
この前医務室であった時私に対する接し方といい
さっきあれだけの目にあったのに学習しないのかこんな喫茶店に来て
挙句の果てに今はサングラスも帽子も取っている
いい加減で軽い人…そう考えざる得ない
「試しに言ってごらん?…俺のこと」
半笑いで私の顔を見る
馬鹿にしてる…。
帰ろうとすることも出来た…それが出来ない私もやっぱどうかしてる
「女子高生に人気のアーティスト、今メディアが騒ぎ立てる程音楽界の柱…彼方0型の牡羊座…4月生まれ…そう友達に聞きました」
意味もなくプロフィールまで言ってしまった
「そうだよ…女子高生に人気の!!まぁ、騒ぎ立ててればそれくらいは知ってるよね」
もっと何か言えっていうの?
「分かってる?!本当に!!」
身を最大限に乗り出したかと思うと急に引っ込む
不愉快なさっきからの態度に
不意に口にした言葉
「あと1つ…知ってます」
「…?」
あと1つ思い出した彼方君のプロフィール
「アーティスト名では『彼方』だけど確か本名は『仲宮 奏汰』…」
「えっ…」
彼の顔が強ばったような気がした
さっきとは違う不信な顔
そして堰を切ったかのように口を開く
「ど、どうして…?」
「えっ?」
言われた意味が分からなかった
「どうして、君知ってるの…?」
頭の隅っこが痛んだ
まるでこれから言われる言葉を予測してたかのように
「俺…本名、公にしてない」
ズキッ!?
一瞬にして目の前が真っ白になった
また頭の隅が痛んだ、さっきより痛みが増す
キリキリと頭の中で音がなる
継続的な頭痛が続く
だってマコに教えてもらっ…違う
なんで私知ってるの?
「って…ハハッ!!そんな顔しなくても大丈夫!!…別に知ってるからって何か起きたりする訳じゃないから…ビックリしただけ」
と、私を安心させる言葉をかけてくれる
けど心の中のざわめきは収まらなかった
むしろ酷くなっていってる気がする
まるでここにいちゃいけないかのように頭と身体がそわそわしだす
「私これで失礼します…」
一目散に喫茶店の扉へと駆け出す
「あっ!…ちょっと!!」
呼び止めようとする声は空しく私はお店の扉を開けた
掴もうとした手は静かにテーブルの上へと置かれた
「どうして俺のこと知ってるんだ?…やたら滅多な事じゃなければ知らないはず…」
バッッ!!!?
咄嗟に喫茶店を出ていた
「ま、まさか…な」
喫茶店を出た彼方は左右を何度も見渡す
前に進んだり後ろを見渡したり
ついさっき会った子だ…覚えてるはずがない
なのに彼女の顔は鮮明に浮かんでいた
歩いたり走ったり止まったり
人並みをかき分け捜す
「ハァハァ…」
必死に捜す彼方は
自分でも行動と考えの矛盾を感じていた
「似すぎてるんだよ…」
ちょうど人並みをかきわけたところで彼方は目的に向かって走り出した
「待って!!…」
声をかけるのと同時に腕を捕まれた
私は正直にビックリするしかなかった
「えっ…!」
私は驚きと一緒に振り返る
「っはぁ!!…はぁはぁ」
そして目の先には彼方君がいた
見たところすごく息切れてる…走ってきたのだろう
「はぁはぁ…」
息が整うのを何故か私は待っていた
待ってって言われたからとかそんなんじゃなくて
言うならば自然とただ待っていた
「あの、何ですか?」
整ったのを見計らって声をかける
無事頭痛は治まっていた
「あ、あのさ…君」
「………。」
何故か口ごもっている
言いにくいことなのだろうか…
「君、さっ!…じゃなくて。あ、あのさ…えっと、君の名…まぇ」
何が言いたいのか分からない
以外と彼の低い声は聞き取りにくい
口ごもっていると尚更だ
「…………。」
「………。こ、今度!!今度スタジオ来ない?案内、そうそう案内するよっ!」
いきなり聞き取りやすい声になりちょっと耳に軽いダメージを受けた
さっきの軽いノリに戻っていた
「まぁ、少しくらいは俺に興味もって欲しいからねぇ!!…だから。そんな怪しいって顔しないでよ…気が向いたらでいいから暇なときでも何でも良いから」
そんな事を言いながら聞いてるこっちは
一種のスカウトをされてる気分になった
「はいっ…これ連絡先!」
何処から取り出したのか自前の紙に書き出す
そして半ば強引に私の手にねじ込む
思考が追いつかないままされるがまま素直にメモを受け取った
「それだけ…ですか?」
「えっ!…あ、あぁ。」
やっと自分のしていることが分かったのか一歩足を引いた
きっとここまで来ることだけに必死だったのだろう
「じゃぁ…。」
挨拶をすると彼の元から離れた
頭の中はとにかく真っ白
何を考えて良いのか分からなくなっていた
「あっ!!…ちょっと待って」
彼の呼ぶ声は私のところまで届いてなかった
それほど違うことで脳は支配されて余裕がない
何でこんな連絡先を伝えたのか
そのためにあんな必死に走ってきたのかそれもすごい剣幕で
そんなどうでも良いことを伝えたくて
女子高生は喜ぶんだろうけど私にはだたの紙切れにしか見えない
何考えてるんだろ?馬鹿馬鹿しい
興味ないって言ったのに…
俺に興味持って欲しいからって馬鹿にしてる
別にどうでも良いことじゃない
私には関係ない…普段の自分なら気にしない
さっきからおかしくなってる。そう、彼の名前を言ったときから
このメモにだっていつもの私ならなんの感慨もわかない
そうだよ別に連絡したいわけじゃないし…家に帰ったら捨てる
分かりきったことだった
だけど彼の触れた左手
『ただの紙切れ』を持つ手はまだ震えて止まらなかった
呼び止める手は空しく地面へと下ろされた
「…名前。」
さっきから彼方の頭の中で何度も繰り返されている言葉がある
それは幼い少女の声
何度も彼方の名前を呼んでいる幸せ満ちあふれている声
そして屈託もない笑顔が目の前にあった
『え?ほ、本当ですか!!速瀬さん!本当に僕…!!』
そこにいるのは幼い彼方
『えぇ!事実よ!!歌唱力、リズム感を一番に社長はかってくれたわ!!同期で熱心にレッスン取り組んでいたのは貴方だもの…これだけ早くこの事務所に入ってのデビューは初めてよ!!社長はその可愛らしい顔でロックを歌いこなすそのギャップを最大の売りにしたいらしいのよ』
今よりちょっと若い速瀬も姿を見せる
髪は今より長くストレートを保っているという感じ
『まぁ、これから成長していくに過程でスタンスは変わるだろうけど…何よりも若干16歳なのにうちの社長も思い切ったことをしてくれたわ』
最近見たこともない笑顔
この時は希にしか見ない笑顔をよく見せていた気がする
『速瀬さん!!僕、いつになるんですか!?』
『予定では2ヶ月後…貴方にソロ活動をしてもらうわ!!そしてそのカバーを今週…。あらもういない。またかぁ』
呆れた顔を見せる
『カリスマ性、歌唱力、リズム感…人を惹き付ける魅力、若干16にして貴方には数えられないくらいあるわ。だけど貴方にとって邪魔なものがとても多すぎるわ…』
それを言い捨てた速瀬
冷たい空気を漂わせていた
だけど彼方の目にはそんな状況知るはずもなかった
勢いよく台風のように事務所を駆け出す
周りにいるスタッフも目に入らない
俺にはあるものしか考えてなかった
『…あっ、もしもし?うん僕だよ僕!でね!!…僕、デビューする事になったんだぁ!!』
廊下に響きわたるくらいの大声で話していた
でも、あの時の俺はただただ嬉しくて周りのことはどうでも良かった
とにかくこのことをあの子に伝えたくて
若干16って本当に若干だったなぁ…って思う
本当に子供だったなぁ…って
視界から昔の彼方は消えいつもの街並みへと戻っていた
彼方のことをジロジロと見ながらも通り過ぎていく人達の姿が視界に入る
少し時間が経ち彼方は深いため息
「そうだよ…。あの子じゃないそんな訳ないじゃん。全然違うじゃんか…よく見たら顔…性格も、…性格は」
それから彼方は少しの間動けずにいた