89.二人が居た場所
大きく深呼吸
室内で窮屈にだった身体を伸ばした
ここで降りたのは私と後一人二人くらい
だからこんな場所で欠伸なんてしても恥ずかしくもない
「ふあぁぁ〜…」
だって周りには誰もいない
零れんばかりの涙を溜め込む
もう一度身体を伸ばした
別に田舎とかそういうわけじゃない
でも、今住んでる場所よりかはかなりの田舎だとは思うけど
「すぅううう〜…」
懐かしい匂いがした
欠伸の後はまた大きく深呼吸
ラジオ体操でもないのに伸ばしたり深呼吸したりしているのは
私だけだろう…
きっとお婆ちゃんの家に遊びに行った時ってこんな感じ
頭の上に持ってきていた両腕を
おもむろにポケットに手を入れた
さっき電車でもチラッと見た紙を改めて手に取る
「よっし!!」
本当は不安だった
自分一人でたどり着けるかどうか
記憶が途切れていた分覚えているのがどれほどか
この記憶が何処まで確かなのか
昔住んでいた彼方君と遊んで暮らしてたあの日々に
この身が触れることが出来るのかどうか
家族仲良く暮らしていた懐かしの家の住所
二つに折りたたんだ紙切れには見慣れた母親の字
自然と私の足は向いている方向へと進んでいった
◇ ◇ ◇
記憶を辿る
どんな困難なことかって思ってた
よくある展開で行ってみたら意外と覚えていた
とかそんなのありえないって!!
だけど…自然と馴染んでいる
踏み込んで行ってるのが分かる
私が歩くごとにあの頃に帰っていくのが
「…くす」
それは微妙な感覚
なんでこんな大事なこと忘れてたのかとか
縁起でもないけど事故の時のフラッシュバックって
こんな感じなのかって
サク…サク
踏み込んでいく…踏みしめていく
懐かしい…
直感でもなく実感に近い感覚
まだ明け方5時前こんな早起きな人いない
と思ったらシャッターが一つ開いた
不信顔をされた気がしたけど笑顔で会釈した
きっと市場に行ったりする職業の人だろう
お魚屋さんとか八百屋さんとか?
ふっと辺りを見回す
お母さんからよく頼まれていった商店街
あっ!覚えてる
あそこの駄菓子屋で当たりが出るまで使い切ったんだっけ?
お小遣い…奏汰君が止めるのも無視して
どうしてもそこに飾ってある人形が欲しくて
でも、そこには新しいモニュメントが飾られてる
少し寂しくもあったけど微笑ましくもなった
確実に時は立ち止まることなく進んでる
あっ、あそこのスーパーでよく牛乳頼まれたなぁ〜
あの頃の私には牛乳一本がやたら重くて
よく奏汰君に手伝ってもらってビニールの取っ手を片方ずつ持って歩いた
近くのベンチに座る
意外にまだ残ってるものがあるんだな
でもスーパーの名前変わってる気がする
広場、ベンチのある現在地に目を向ける
ここで…ここで何かあった気がする
大事な大事な約束…
ゆっくりと瞳を閉じる
一点に集中した思考は他の事に気を配れない
目の前に何かいることなんて考えてなかった
「ワンッッ!!!」
身体は脈を打った
全体が硬直する
手も足も動かなくなる
「ワン…ワン!!」
怖さ半分うっすらと瞳を開ける
「い、犬…?」
「ワン!!」
そうですと言いたげに目の前で吠える
「わ、私どれくらい…」
どれ位目を閉じてたんだろう
眠たいわけじゃなかったけど
考え込んだら時間は過ぎてしまっていた
時計を覗き込む6時を過ぎていた
「ワンッ!!」
なんか言って!!
そう吠えて尻尾を無駄に振る
私はそれに答えずただしばらくそのワンちゃんの頭を撫でた
「そ、そうだ!!犬…!!」
思い出した!!
ここで子犬を拾って奏汰君と育てたんだ
お母さんに反対されてそれでも手放したくなくて
必死にすがり付いていた私に奏汰君が育てようって
晩御飯お残りとかおやつとか持ってきて
だけど、何日か経ったらその子犬の姿が見えなくてすごく落ち込んだの覚えてる
それは忽然とダンボールごと無くなってて
育ててくれる人が見つかったんだって奏汰君が諭してくれた
そう…覚えてるその時付けた名前が
「ハルーーーー!!」
そうメスなのかオスなのか分からなかったけど
「えっ…?」
現実にもう一度…私の耳を通り過ぎる
「ワンッ!!」
目の前で尻尾を振っていたワンちゃんが走っていく
「ハル?」
あの時二人で付けた名前ハル
ダブって見え隠れするあの頃の犬と今さっきまで尻尾を振っていた子犬
だけど、仔犬なんてありえないから
あれからだいぶ立ってる
私の姿には目もくれず抱えられた犬だけが一声挨拶をしてくれた
さよならの…言葉
消えてく姿を見て私は幸せに暮らしたんだろなって
確信もなく感傷に浸っていた
そして丸まった背中を一伸びさせると立ち上がる
気付けば商店街の半分のお店は空いていた
「…うーーーん」
よく聞く。商店街の朝は早い
7時前だと言うのにもう挨拶を交わしていた
商店街の子供じゃなくて心底よかった
とてもじゃないけど真似できない
少し気を失って(?)いたせいか足取りは軽かった
私の目的地はあと少し
そう遠くはないんだろう
私が完全に商店街を出る頃もう商売は始まっていた
「…は、早すぎる」
早い分だけ朝支度の主婦がちらほら顔を出していた
随分と殺風景というか
さっきまで居た場所がお店だらけだっただけあって
閑散として見える
歩いた先はいわゆる住宅街
何年ぶりだろうきっとこの真っ直ぐな道を越えて
あと少しで私のそして奏汰君が育った家
もうお母さんが渡してくれたメモは奥に閉まってある
私は私…満春としての存在を否定してない
堅苦しいことはもうやめた
この次々とあふれ出てくる感情が何よりも私だと示してくれる
押し込んでも押し切れないくらいの思い出
一歩歩くごとに甦ってくる
これは下手なアトラクションより爽快で紐が解けていく感じ
なんだか変な話
満春は私なんだなって思う
「…くす」
自然と近くの公園に足を向ける
もう理由は分かっていた
「そう、ここ…」
私と彼方君のミニ駆け落ち?
「割と近いところにあるんだな…本当大きくなってみると小さな反抗心だった」
理由は忘れちゃたけど…
お母さんに怒られるのが怖くて私が奏汰君引き連れて家出したんだ
だけど、いつかお母さんに怒られるのが怖いじゃなくて
奏汰君といることがすごく嬉しくて
最終的にはお母さんのこと忘れてた
お互い合わせて缶ジュース一本分のお金しか持ってなくて
でもこれで1年は暮らせるような大きな気分になっちゃって
ま、まぁ…
そのお金使う前に見つかっちゃったんだけど
もう怒られる理由を忘れちゃってただ泣きじゃくる私に
『満春ちゃんは悪くない!!』
ってかばってくれたんだっけ
今考えると恥ずかしい…恥さらし者だったな自分
朝日はすっかり昇りきってる
私を照らす太陽は包み隠さず生まれ育った町を同時にクリアに見せる
ワクワクがとまらない
はっきりと姿を現す町並みに興奮が収まらない
冒険なんて大げさなものじゃないけど
気分が最高潮だった
ここが生まれ育ったところ!!
そう叫びたくて堪らなくなっていた