86.拍手の温かさ
帰ったの何時だか時計見てないけど暗かった
部屋のドアを静かに閉める
私は静かに荷物を下ろし
ドアを背中伝いに腰を下ろす
「はぁ〜」
疲れた…
ライブって終わると滅茶苦茶疲れる
ライブ中疲れ意識してない分
外に出て一人でいると実感する
疲れてるだろう身体とは裏腹に口元がゆがむ
自然と笑ってる…気がつくと笑ってる
回りを気にせず自分さえ意味が分からないほどに
こんなに笑える『満春』だとは思わなかった
「はははっ!!」
一人で笑ってるなんて馬鹿だけど
マコや奈津美みたいな豪快で正直な笑い方じゃないけど
この笑い方を知ってる
私はこんな笑い方をする子なんだ
身体に浸透していく感じ
これが本当の貴方なんですよって誰かに囁かれてるような感じ
嬉しかった
あんなに嬉しかったこと初めて
拍手があんなにも暖かいものだとは思わなかった
一時はどうなるかと思ったけど
頭の中で鳴り止まない
ステージに向けそれぞれ手を叩く
拍手の音その隙間に彼方君の笑顔が浮かぶ
会場の皆が一つになった
笑顔なんて言葉じゃちっぽけに聞こえる
何人か会場を離れてしまった事実
気持ちはもうステージから離れて行ったかもしれない
全てを手に入れようとは思わない
それほど勝手なことはしてきた
その中で理解に徹し認めてくれたファン
情けなく移っているだろう自分の姿
それを全てとは言わない
会場の皆の拍手
それは『笑顔』では返しても返しきれないものだから
「でも…」
でも今回も、今回も私何も役に立ってない
『最後までいて欲しい…』
それだけじゃ納得いかない
『それだけでいい』
そんなの納得いかない
いつも彼方君に頼りっぱなし
行動するには力がない
私が出来ること今度は私が貴方を待つ番
いつだっていつでだって
私を待っていてくれたから
6年前のあの事故からずっと
だから私が今度は待ってる番
私はゆっくり腰をあげた
持って行くバックを変える
ライブに行くのとはまったく違う身支度をする
そんなに大げさな支度はしない
身の回りのものとお金は全部持っていく
きっと明日の昼ぐらいになる
アンコールがあっていろんな人に声をかけられ打ち上げやって
それをすべて抜け出してくる彼方君なら許さない
それじゃまったく昔と変わらない
今、貴方がすべきことは私に会うことじゃない
もしこのまま玄関のチャイムが鳴るようなら
引っ叩いて叩き出して向かわせる
…っていうかこのまま私達は会わない
逢わないほうがいい
何も変わってないから
きっとまた色々な人に迷惑をかけて
泣かせてしまう
テレビに出なくなったときみたいに
でも自信があった
そんなこと彼方君はしないって言う自信
私の中ではいつでも大事なのは彼方君
変わらない…小さい頃からずっと
ずっと一番近くにいて
だけど、他に大事なものが出来たっていい
それと向かい合っていく覚悟もある
――あの拍手があの温かさが私の中で鳴り響いている限り――
私は身支度を終えると
肩に軽く掛けた
「よいしょ…」
明日の昼なら何も今行くことはない
だけど、私にはやりたいことがあった
ドアを開ける前に携帯の画面を見る
21時前
ここから確か
脳の記憶を張り巡らせる
辿っていく
懐かしい記憶を
「今なら終電とか間に合うから…」
着くのは
「あっちには3時くらい?…少し歩かなきゃだから」
そういいながらドアを開ける
「!!!?」
考えなしに開けたドアの向こう
驚く人が立っていた
「お、母さん…」
今まで何かと避けていたお母さん
お互い避けてた
久々に姿を見た気がする