83.等身大の『愛』(後編)
私は目を白黒させた
目の前の彼女が何よりも理解できない
「私は彼女に最愛の人になりたいんじゃないわ。彼の歌が純粋に好きで」
そういいながらも拍手をステージに向ける
振り返る人後ろからの視線も感じる
「歌に救われて…間近で感じてみたくて遠くから来た。それがこれからも濁りないと証明されたのなら…。なら…私は迷いなく彼を応援するわ。それが私達なんじゃない?」
たった一人での拍手を恥じもせず打ち続ける
さっきから会場がザワザワし始めてる
目立っている隣の席の子を誰もが注目する
頭の中が混乱する
こんな人っているんだ
呆然と見ていた私の肩を叩くマコ
「私らもやろうぜ…?」
そう言葉にするマコにつられて立ち上がる
さっきまで私の手を握って守ってくれたマコの表情が全快に笑っていた
「な?」
笑っているマコに私も笑う
私は力強く掌を打ち放つ
パチパチパチパチ
彼方君に届け!!
そう願って止まない
彼方君に届いて
彼方君に届いてほしい
『最後まで見ててくれ…』
私に出来ることって?
『満春の声…元気な声』
私の出来ること
彼女みたいにカッコよく割り切れなかったけど
言ってくれなきゃ分からなかった
こんな人もいるって分かってよかった
心の中で何度も彼方君を呼ぶ
マコもそんな私を見て初めて拍手に加わった
パチパチパチパチ!!
皆の注目の的気にならなかった
微かだがステージにも聞こえる
パチ・・・パ…チ・・・パチパチ
彼方はその音に静かに耳を傾けた
ふっとその場所を知っていたかのように
音と場所が重なり合う
満春だと分かったのか分からなかったのか表情じゃ読み取れない
そしてただ静かにまた頭を下げる
その時どこからか把握なんて出来ないが
ここで出している音と同じ拍手の音が聞こえる
気付いて視線を向けたらもっと音が大きくなった
向けた先とは違う方向からまた拍手が重なり
それは会場全体となって響き渡り始める
会場が拍手をしているみたい
挙動不審に辺りを見渡す
気付けば皆率先して立ち上がり
言葉の代わりに拍手をステージに向ける
それはやがて会場を高く舞い地響きに似た音を上げる
知ることの出来ないことを知った
皆で拍手をするとこんなに暖かく嬉しくなるものなんだって
「マ、マコぉ」
反応に不安を隠せずにいる
だってこんなことになるなんて思わなかった
キョロキョロ見渡しながらも
思わず拍手を止めマコの顔を見る
手を叩きながら向けられた表情は嘘や冗談なんかで作られるものじゃなかった
それが一番の証拠
今起こってる現状がなんなのか把握できる
まだ鳴り止まない心を震わせるような拍手
彼方君を認め分かろうとしてくれる証
私の足から力が抜ける
「…っ―――」
ペタン…
椅子に脱力した腰がのしかかる
意識が保てずにいた
頭が真っ白で考えられない
ただ涙が次から次へと理解不能の域を超えようとしている
自分の意思とは関係なく流れる
「…はは、はははっ」
「み、満春!!」
そんな私に意表をつかれたマコが拍手を止め顔をうかがってくる
涙を拭わなきゃならない両手のひらは震えが止まらない
拍手をしていた手が熱かった
顔を覆い隠すなんて無理だった
だけど恥ずかしいなんて気持ちは微塵もない
ガクガクする両手を必死に両手で制し
心臓のある胸へと持っていく
熱かった…とても熱かった
皆の拍手が私の心臓を振動させる
パチパチパチ!!
暖かい
痛いほど暖かい
泣きながら笑うそんな奇妙なこと
私に起きるなんて思わなかった
「あぁ…認めちゃったかぁ」
後ろから声が聞こえる
残念といわんばかりに溜息が私の傍を通り過ぎる
私を支えていたマコが代わりに振り向く
「な、奈津美!!」
素っ頓狂な声を上げる先に奈津美
「お前、どうしてここにいんだよ!!」
そう、奈津美は確かここから目の前に見えるアリーナにいるはず
「いやね、寂しいし…それに」
そういって顔を見せない私に指を指す
マコの顔を見ながら苦笑い
「こいつの泣き顔なんて天然者でしょ!!はっはっはっ!!」
そういって大笑い
さすがのこの会場では奈津美の独特の足音には気付かなかったらしい
会話が途切れたところでマコと奈津美はステージを見る
私も何とか涙を抑えステージに目を向ける
いつの間にか深々と落としていた顔を上げ
正面から私達客席側を見ていた
そして静かにマイクを手に取る
口には持ってきてるだけど、声は聞こえなかった
それは本当に声を出していないのか
マイクの調子が悪いのか分からない
ただジーっと客席を見つめる
その一瞬がすごく長かった気がする
拍手もいつの間にか消え彼方君を待ち望んでいた
激しく歌い狂い熱くさせていた以上に
会場は暖かく輝いているように見える
「俺…」
何時間か経ったんじゃないかって時にようやく言葉にする
「皆に逢えてよかったっ!!」
その言葉は普段の余裕表情とは違い震えていた
でも今言わないと言えなくなってしまう
そう訴えかけるように必死に言葉をつむいでいく
「ありがとう…皆、ありがとう」
また頭を下げるさっきよりも深く
左右よく把握出来ないところで疎らに手を叩く音が聞こえる
「俺、この事で事務所首になっても何処かでマイク片手に歌ってるからっ!!応援よろしく」
今度は震えることなく精一杯の笑顔を向ける
「…って言ってますけどどうなさるおつもりですか?」
速瀬は緩んだ顔を一緒にいた総責任者に向ける
もう何に溜息をついているのか分からない
そんな溜息を再び漏らし答える
「ハハッ!私にそんな権限ありませんよ」
「そうですか…」
そういいながら呆れながらも微笑む
「貴方らしくもない危ない橋渡りますな…?」
「私も意外です。」
思わず耐え切れなくなった頬を緩ませる
「貴方も変わりましたなぁ…こういってはなんですが結構きついお方だと思っていた。そう噂は常々」
そういって言葉を切る
「くすくす…自分に馬鹿正直な彼方と自分に堅い仕事一筋な私どっちが勝つと思います?」
「……」
「正解は分かりません…だけど、あの自由な姿を見ると右なら右、左なら左しかないって考えてる私が馬鹿馬鹿しく見えてくるんです。なんででしょう?私自身は間違っていないと思うのに」
そういう笑いを浮かべていた
それではと踵を返す速瀬
「忙しくなるでしょうな…これから」
ここまで響く彼方を呼ぶ声
それを感じ取るかのように速瀬の背中に声をかける
振り返りもせず変わらない緊張感を思わせるヒールをならしながら
その場を後にする
彼方君を呼ぶ歓声がピークに達したとき
静かに口した唄は
私の知らない誰も知らない
これまた今までの彼方君の曲じゃない
『俺にぴったりの曲』と笑って見せた