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80.等身大の『過去』

ゆっくり拾い上げたパンフを握り締める

 「俺…皆に呆れられてもしょうがないことを言ってると思う…」

どれ程の力だろう…

遠くから見てる私になんか分かりっこない

でも気持ちは伝わる…きっと

握り締める手は強くしないと震えてしまうんだ


今のこの状況で何か出来る

…何も出来ない…

彼方君一人に任せることが黙ってみてることが

こんなにも悔しいだなんて…

歯がゆいなんて感じたことない

『最後まで見ていてくれ…』

言葉が消えかかりそうになる

ステージに顔を向けることを身体が拒否してる

そんな私をマコは静かに見つめていた


 「皆には酷いこと言ってる。だけど、これは俺自身の区切りとして聞いて欲しい…『彼方』として…音楽をこの先もやっていく一人の人間としてはっきりしておきたいんだ」

言い終わる前に彼方は頭を下げた

この広い、さっきまで歓声や熱気で充満していた

軽く五万は入るこの会場

今は冷たい空気だけが辺りを包み込む

五万人の視線先にはたった一人

逃げもせず一人立つあのステージへと注がれる

そう、今注目されているのは

いつも雑誌で見ている人

さっきまでの勢いよく飛び回っていた人


こんなに小さく見える

こんなに弱く感じる

頭を下げ続ける彼方に誰の言葉もなかった

 「お願いします…。どうか話を聞いてください」

幾度か言葉を繰り返す彼方君

私は見て入られなくなって顔を伏せる

何を話しかけるでもなく複雑な顔のマコ

きっとあまりの不意打ちに言葉が出ないんだ

マコを気にかけてる余裕なんてない

これから起こることに必死に手を合わせるしかない

 「お願いします!!」

何を話そうとしているのかの予想が段々ついてきてる

俯きながら頭の中はパンク状態だった


俯かないで見ていなきゃいけない…

私に出来ること

最後までこの場所にいること


ふっと考えすぎて意識が途切れる

今の状況が把握できない

私はギュッと服を握り締めた

不意にマコが私の肩を軽く叩く

 「満春、見て…」

さっきまで罵声を浴びせていた子達が

潔くとは言わずしぶしぶとだけど席に着き始めている

会場の雰囲気が読み取れた



まだどこからか会話が聞こえる

ファミレスで交わされるような楽しい会話じゃないって言うのは分かる

皆が皆納得して座ってるわけじゃない

けど、熱心さだけは全ての人に伝わってる

ところどころ話し声が聞こえる

内容なんて分からない


全体をステージから見渡す

雰囲気だけで探し出せる

視線で追ってその一つ一つを確認する

静かにマイクを口に近づけた


 「ありがとう」


再びさっきまでいた場所パイプ椅子に腰掛ける

 「さっきも言ったけど、中途半端な気持ちで伝えたくないから」

沈黙が流れた

客席の大半は何も言わずに待った

それでも常識はずれの人はいる

罵声を浴びせるファンも少なくない

これでも少なくなった方だが

私は気持ち嬉しくなった


けど、さっきから身体の震えが止まらない

終わったわけじゃないって知らせてくる


 「俺、始めはそんなに音楽なんて好きじゃなかった。それは俺の中で割り切ってて。これは『段階』の一環であって気持ちなんかは入ってない。売れるために成果の一部として歌を作り成果の一部としてみんなの前で歌い…一人の女の子のために日々を過ごしてた」


それは淡々とマイクを通して皆に伝わる

あまりのストレートな発言に話しているものなどいなくなっていた


 「別れ際肩を震わせて笑いながら泣く寂しがり屋のその隙間を埋めてあげたくて…」


途切れた彼方君の会話の合間に愚痴をこぼす者などいなかった

客席の感情が読めない

どんな気持ちで聞いてるんだろう

だけど、彼方君はあのステージでたった一人その視線を受けているんだ

この沈黙の中できっと納得しているものがいない

もう熱気など当に忘れてしまった冷え切ったこの巨大ホール

それは彼方君の瞳にはどう写っているんだろう


 「だけど、甘く見てた…そんな夢みたいな話上手くいくわけがなかった。幼い小さな頭で考えた日々は呆気ないほど簡単に崩れていった」


マイク越しに一息吸い込む音がする

 「きっとバチが当たったんだろう。皆が俺にくれる気持ちを俺は利用なんてしたから…だから6年前彼女はある事故にあった。」


勝手に身体が脈を打った

動機が一気に激しくなる

 「……っ!!」

辺りが見えなくなる

今ここで言うことそれは

右の席からすっと暖かい感触が手の甲に伝わる

私の視線の方向には視線こそあわないがマコ


 「マ、マコ」


思わず名前を呼んでしまう

 「今ここで言ってしまう事がどんなことか分かってない程の馬鹿じゃないと思うぜ」

 「…マ」

言葉にならなかった…暗闇で見ているか分からなかったけど

この刺さるような視線の先に彼はいる

なら…私は

マコのいる方向に小さくうなずいた

 「ここまで来るとお前の手を握って安心させてやることしかない。悪いな女の手で…」

冗談を言って笑ってるマコが悔やんでいるのが分かる

笑ってないのが分かる

私は静かに首を振った



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