76.開演30分前
公演間近周りの子達は浮き足立っていた
会場内に着いた私達
お客さんの声がざわざわと様々な音を奏でる
彼方君から貰ったチケットは一般席だった
それは私を考慮してなのか
偶然このチケットなのか分からない
だけど、この席でよかったって思ってる
私を特別扱いして優待席とかだったら
彼方君を少し軽蔑してたかもしれない
だって私がここにくる以上私と彼方君はアーティストとファン
それ以外に何もない
というかそうであって欲しい
何でもない自分は素直にライブを楽しんで彼方君は夢を見せて
この場ではそんな関係でありたい
きっと彼方君もそれを望んでいる
私が心底楽しめないと踏んで
まだライブ始まっていない
会場は室内なのに白く曇っていた
空調のせいなのかなんなのか
だってなんだか湿気が多いような気がして
「広いね」
素直にそんな言葉が口から出てきた
「そんな初めて来たみたいな発言しちゃって…」
マコが人並みを掻き分けながら私に近づいてくる
「だって今までそれどころじゃなかったもん…」
「あ―それもそうか」
小声で答えたからなのか
罰が悪そうに言葉を濁すマコ
別に気になんかしてないのに
「あれ?そういえば奈津美は?」
不意に気になり辺りを見渡す
そこにはどう捜してもあの姿はない
「あぁ、奈津美はファンクラブ入ってるから下…下っ」
そういってマコの指差すほうへと目線を移す
それは紛れもなく一階をアリーナを指していた
あ、そうか…
チケット別々だもんね
一階かぁ…後ろは嫌だけど前のほうだったら行きたいなぁ
だって後ろだとあまりステージ見えなそうなんだもん
いくら一階だからって得な所と損な所あるんだ
そんなことを思いながらも
無謀にも奈津美の姿を捜そうと試みる私
「おーーいっ!!何してんだよ満春」
「……」
「おいってば!!席ここ」
マコの呼びかけに振り向くと
どこまで目で追っていたのか分からなくなってしまった
仕方なく断念するとマコの待つ席まで歩く
「ほらっ…わりと見やすいポジションだと思わね?」
本当だ…一階ほどじゃないけど
全体的にステージが見渡せる場所かも!
「見やすいね」
ここに来て初めてワクワクが実感に変わったかも
だってここからだとどんなことが起きるのか想像が出来る
あそこで彼方君が歌ってとかあそこでファンの子仰いでとか
そんなことするんじゃないのかなぁ…って
そう考える私の頬はいつの間にか緩んでいた
ふっと辺りを見るとそんな話している人がちらほらいる
『今日は絶対あの曲は歌うんだよ』
『新曲出たからきっと歌うよ』
『早く始まらないかな…この時間が長いんだよねぇ〜』
落ち着いて聞いてると色んな声が聞こえる
そんな楽しみもあるんだろうな
始まる前の楽しみ
友達と共感しあってどんどん盛り上がって二度の楽しみ
「ごめんなさいっ…通してください」
私とマコも前を遮る人影
咄嗟に出していた足を引っ込める
「すいません…」
そういって私の前を少し過ぎたところキョロキョロと捜す
ちらちらと見える彼女の捜している席
私の隣だった
「あの…」
「え…?」
「もしかして、ここの席じゃないですか?」
ちらっと彼女は番号を見る
そして恥ずかしいとばかりに笑って席につく
「ありがとうごさいます…」
その言葉を笑って答える
私よりいくらか年上?
友達はいない、一人?
「あまりこういうとこ慣れてなくて…ごめんなさい」
イキナリ話しかけられて言葉を失った
「私らはバリバリなれてるぜ!!」
変わりにマコが答えてくれた
私の向こう側に見えた顔に軽く微笑みかける彼女
「田舎だから私の住んでいるところ…でも」
「ライブを見たくてだよな?」
「ちょ…!!マコ」
言葉を遮るように口を出すマコに小さく注意をした
「ふふっ…そうですね。テレビとか歌とか色々触れていくうちにすっかり虜になって止めらんなくなっちゃって。」
「………」
「私の地域だと会場が狭くてすぐ売り切れになってしまうんで…初の都会進出です」
ここにまた一人
譲れない何かが見える
芯が震える
大切なものを見つけたという表情
そんな顔をまたここでも見つけてしまった
「なにもここまで来なくてもいいのにって自分でも思うんだけど…一回チケット取れてそしたらもう止まんなくなっちゃって…」
そう答える彼女の表情は満足
そんな自分に満足している
遠出の疲れなんて微塵も見当たらない
私は微笑んだ
隣を振り向くとマコも笑っていた
目があうと二人で微笑み合った