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73.ライブ前日

9月15日まであと一ヶ月

もうそこまで迫っていた

何も変わらない日常で変わり映えのない環境

だけど、これから何かが変わっていくようなそんな予感

友達と話しているこの一時が何故か重要で

必要な一部となっていく

何だか貴重な一ヶ月間

ライブに近づくにつれてのこのドキドキ感

はしゃぐわけでもなく

ただ静かに心がざわつくとってもいいリズムで


9月15日私にとって特別な日

何かが起きるそう予感するのは

自分が特別な日って思っているからなのか

それとも違う予知を感じ取っているのか

でも、不思議と不安じゃない



   ◇   ◇   ◇



ライブまで一週間に迫っていた

何だか一週間前と違って落ち着いてる

慣れてきたのかそのそわそわした気持ちに

それとも隣で唸りをあげているマコが

私以上に騒ぎ立ててるからなのか

心はいつもの落ち着きを取りもどしていた

聞けば奈津美も行けることになっているらしい

まぁ、私たちとは別行動になるけど

すでにチケットを持っていた奈津美とは別々になる

奈津美は奈津美でマコとは違う唸りを上げてる

当の私はといえば彼方君頑張ってるのかな?

思いをはせている遠恋気取り


それぞれの思いを乗せながら日は過ぎていく






    ◇   ◇   ◇




9月14日

もうすぐこのツアーの最後を迎えようとしていた

始まってしまえば終わるのは早い

早くも名残惜しくなってくる

そう思って考えにふけるスタッフも少なくはない


最後の微調整に真剣

入念な作業はスムーズに進んでいく

彼方はその光景を客席から見つめていた

 「………」

ここから見る景色

ステージからより全体が見える

目の前が明日彼方が足を踏み入れる場所

明日あのドアからたくさんのファンが期待を胸にやってくる


思いにふけっている眼差しは邪魔をされ

目線の横から白い紙が差し出される

 「……?」

彼方は一瞬何か分からなかった

 「明日の変更部分よ…読んでおきなさい。」

 「あ、速瀬さん」

速瀬の顔を確認すると紙を受け取り

綺麗にホッチキスで止まった紙をめくる

彼方の座っていた席の隣に腰を落ち着かせ

何故かいつも持っている何らかの書類の束を膝に置く

 「明日なのに意外と落ち着いているのね」

 「ん――?皆こういうもんでしょ」

パラパラと音がする

あまり目を通してない意味のない動作を繰り返す

 「要は明日のために体力温存?」

 「明日は晴れだそうよ…ぴったりな天気ね」

って言っても屋内だが

速瀬は足を組みなおす

空調が聞いているのか9月の中途半端な暑さが残っているわりに涼しい

だが明日になると色んな人でごった返して

それどころではなくなるのだろう

紙をめくる音が止まった

一瞬速瀬は彼方に視線を向けた


 「あれから考えた…」


静かに紙を隣の座席に置く

 「最近ね忙しくても考える余裕があって…あの時は速瀬さんの言ってた意味が分かんなかったけど…」


―貴方は何を強く思うようになったの?

簡単…だった


 「聞かせてもらえるのかしら?」

 「いや、そのつもりはないよ」

その言葉を聞いたあと速瀬は微笑んだ

 「そう、それは残念だわ」

残念って言ってる声のトーンじゃない

彼方にも分かった

だから無意識に微笑んだ

 「俺さ、あんたとこんな間柄になると思わなかったよ」

 「そう?」

体を背もたれに預け軽く伸びをする

 「もっと犬猿の仲って言うかいつも喧嘩して速瀬さんが俺に怒鳴ってわめき散らかして俺が切れて…そんな日々喧嘩喧嘩の犬と猿の中にこんな関係が生まれるとな」

 「それは私を口説いているの?」

思いもしなかった軽口が返ってくる

背中を預けてなきゃこけてたかもしれない 

だから言葉を返すのに時間がかかってしまった

 「ははっ、冗談!…そんな昔からのことわざを覆すような真似したくねーよ!」

 「そうね、私も同意見だわ。犬は犬で利口に吠えて猿は逃げ回るような関係が望ましいと思うわ。」

彼方は身を乗り出した

 「それは意味違うだろ。詳しくは知らないけど絶対速瀬さん俺が猿の例えで言ってたろ?」

あまりにも堂々たる速瀬の姿勢に彼方は騙されそうになる

落ち着きすぎているからか本当のことを言っているような気がする

何ともいえない説得力がある

 「ったく!俺が言いたいことはだな」

速瀬は笑っていた


 「速瀬さんはそれでいいのか?」


 「俺を強くしているもの。俺は認めてしまっていいのか?」

イキナリな質問に速瀬は答えない

彼方は構わず切り出す

 「構わないっていたよな?覚悟は出来てるって」

 「それは脅しのつもり?」

そんなつもりはない

 「言ったはずよ…貴方に任せるわ。こんなこと昔の貴方じゃ言い出せないことだけど…。」

深く息を吐く

 「本当は感じてたのかもしれない。満春さんの名前をあの時聞いたときからこの日が来るの。だから私は全力で止めたかったのかもしれない。貴方に与えるマイナスは絶大だから…これは己の甘さで侵した失態…この甘さ、毒されたのかもしれないわね」

 「……」

 「まだヒヨっ子の貴方達が恋だの愛だの約束だって振り回されてる。そんな些細なことで私の手がけた仕事を邪魔して欲しくなかったわ…だけど、見てるとそんなビジネスな目で見てるのが馬鹿馬鹿しくなってきたわ。彼方ではない彼方を見てたり、傷ついていく満春さんを偶然にも垣間見たわ。本当は見たくはなかったわよ…私からすると…――」

彼方は黙っていた

今度は深く息を吐いた

 「やめましょう。こんな話!…前日にする会話じゃないわ」

席を立ち上がる速瀬

そしてかかとを鳴らしながら後にする

 「俺が満春なしでここまでやってこれたのは6年前雨で熱出した俺の傍にいてくれた速瀬さんがいてくれたからだから…頭に冷たいタオル乗せてくれる暖かい掌があったからだから」

昔彼方が言っていたことを思い出す


速瀬さんは俺を支えてくれるこの世界での親みたいなものだから…


そんな言葉が脳裏を掠めた

 「って何を告白してんだか」

 「………」

背を向けたまま

いつもの調子の速瀬のだったが

そこにはいつからだろうか

何処か柔らか味を帯びていた


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