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67.至福の時

 「案外、あっさりとしてるもんだな…」

 「えっ?」

気持ちがここになかった私は彼方君の言葉で呼び戻される



彼がいるほうへ顔を向けた

 「いや、俺たち…もっと色々あると思った」

 「私は、そうでもないけど」

中庭に来たと同時に適当なベンチに座った

 「…っそう」

短く相槌を打った彼方君はなにやら嬉しそうだった

 「マコに会った?」

 「あぁ、会ったよ」

 「よく許してくれたね…」

少し沈黙の後口を開いた

 「むしろマコがさ…会いに行けってさ。」

 「え?」

 「俺はまだ会うつもりはなかったんだ…そしたらマコが一発――」

 「殴ったの!!?」

思わず声がうわずった

 「違う違う!!…俺に叱ってくれた『行け』ってさ。いい友達持ったよな」

私はそれを満面の笑みでうなづいた

そしてまた沈黙が走る


 「会う、つもりでいてくれたの?…」


 「会うつもりだったの?」

2回繰り返す

どうしても聞きたかった

 「いたよ…だけど、それは今は時期じゃないって思った」

 「…?」

 「俺はまだまだだって思うから…。まぁ、だけどマコの一言で覆されちゃったんだけど…」

そう言って苦笑いを浮かべる

 「何か中途半端なんだよ俺。仕事のこともファンのことも満春のことも全部…それが整理つくまで会うつもりはなかった」

彼方はズボンのポケットに手を入れる

私はつい目線で追ってしまう

 「これ、マコに渡して帰るつもりだったんだけど…」

渡される封筒を素直に受け取る

静かに私は封筒に手を入れる


 「…チケット」


手に取ったチケットを見つめる

腰をあげた彼方居たたまれないのか空を仰ぎながら言葉にする

 「しつこいんだけどさ、あんなに満春に言われたのに忘れられなくて…満春は会いたくないのかもしれないんだけど会場に来ないかもしれないけど…でも渡したくて」

駆け抜けるように話す彼方君は少しぎこちない

変わらずチケットを見つめる私


何を先に伝えればいい

何を言えば今の気持ちを理解してくれる

それは二人の間に共通して行きかう

もどかしさだけははっきりとしていた

 「難しいんだよ!これもまた。ファンのこと大事にしてあげて。分かってるんだよ!…今はないがしろにしようなんて思ってない…。だけどいつも満春はそれとは違うもっと近くで声が聞こえるんだ。いつも」

 「………」


 「俺は応援してくれる子達が好きだ。俺の全てを知って聞いて泣いてくれる子喜んでくれる子皆好きだ!!寂しいときもあるし、嬉しいって思う時もある!!だけど満春のことが好きなんだ…」


ありったけの気持ちを込めて言葉にする

 「それじゃ駄目なのか?お前の中で答えは出ないのか?」

彼方君に顔を向けられずにいる私

無表情だった

ただじっとチケットを見つめる

何も答えない私にタイミングと言うものを悟ったのか

弱気な口調になる

心の中では答えは決まってる

あの時に答えは決まっていた

マコに本当の私を打ち明けたあの日

だから答えは決まってる

 「それ、このツアーの最終日、だから…よかったら来て」

だから答えは決まってる




瞳から涙が零れる

それは一粒、二粒…

私の気持ちを晴らしていく

心の何処かでまだつっかえが取れない

けど、それを押し出し何もなかったかのように

涙が零れだす



私は言葉に詰まりながら口を開く

顔はうつむいたまま


 「9月15日なんだね」


私の震えてる声に彼方君は動揺を隠せない

 「答えて…これ、その日なの?」

 「9月15日だ」


途端堰を切ったかのように

涙が溢れた

息が止まるくらいに

これ以上ないくらいに静かに

声を殺しながら

この偶然に惹かれながら言葉にする


 「好き」


彼方は思わず固まった

 「好き、だよ」

口から自然に紡ぎ出されていく


 「小さい頃から今もずっと、奏汰君のことが好き…っ」


私の言葉簡単な…だけど大事な言葉

言って、しまった

いつも言いたくても言えなかった言葉

素直な気持ち…大切に秘めていた

その言葉は言ってしまうと心地よくて


 「ずっと今まで好きだった…っ!」


すーぅっと心の何処が軽くなっていく

心の重みもなくなり身体が浮いている感じ

……心地いい

私の口から何度も紡がれていく

歯止めが利かない

きっと後で考えると馬鹿だ

一人泣いて何度も繰り返してる  

『好き』って言葉

何度も何度も口にするのは重みがなくなる

それは分かる

だけど、私にこれ以上の言葉は浮かばない

スイッチは完全にオンに切り替わっていた

もうどれくらい言ったのか分からない

涙と同じ数だけあふれていく素直な感情



 「…………」



不意に彼方君の胸の中にいた

それはとても自然に迷いもなく



彼方君は私の身体を受け止める

まるでそこにずっとあったかのように

あたたかさが私の体温と混ざり合う

すこし高い奏汰君の体温は私の中の彼自身を主張する


すこし彼より低い私の体温は

寄り添う誰かが欲しがった

唯一、目の前の彼を欲しがっていた

そしてお互いの体温が混ざり合う

それは心地よくて言葉では言い表せない

涙が奏汰君の服に滲む

静かに目を瞑った

気がつけば奏汰君の背中に私の腕はまわされる

いつもより早い鼓動は奏汰君も同じ

抱きしめる腕の力も同じ

それがお互いを求め合う

何よりの至福の時となって私の心に舞い降りる



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