66.ただ時が止まる
彼方にとって久しぶりになる学校
中学までは通っていたが仕事に専念するため
学校は中学まででやめた
だから、かれこれ何年ぶりの下駄箱なのだろう
ワザとじゃない
彼方の足音が聞こえなくなる
靴を脱ぎ、靴下で廊下を歩いているからかもしれない
気のせいか歩調が遅くなる
大胆に走ってもいい
それほど早く辿り尽きたい
そういった願望がないわけではない
だが、思った以上に上手く足は動かず
心は意外に静まり返ったまま
これから誰に会いに行こうとしてるのか脳裏では把握している
落ち着きをはらっている自分は果たして誰なのか…
冷静に考えてしまっている
不思議なものだ
会いたいと思えば思うほど歩く速度は慎重になる
微かにしか聞こえない自分の足音も頭で分析される
これは彼方の中で時間がゆっくりと流れているのだろう
もちろん彼方は満春のいる場所なんて見当がつかない
でも何処かで感じ取っているのか
これだけを示すのなら運命と言うものを信じてもいい
静かに確実に彼方は満春のいるところへと向かっていた
誰もいなくなった昇降口
静けさに奇妙なところなどなかった
これからの期待や不安が勝る
あの電話以来からお互い音信不通だった
忘れたわけじゃない
2度目の再会そんなことに胸は膨らまない
気持ちはその離れていた時の流れを追いかけている
一瞬あれからどれほどの月日がたって
そして自分自身何をしていたのか理解できなくなる
学校独特の静けさに久々の学校の階段
夕方の学校
背景と同じ色に染まる
今日は偶然にも快晴だった
目に見える教室も廊下も
オレンジに染まっている
室内からでも眩しい
学校だから見える風景
窓がたくさんあってそれを見逃さないかのように
夕日が窓へと光を注ぎ込む
辺り全体オレンジ色に染まっている
自分がどう歩いているのか分からない
だけど確実に階段を上がっているのは分かる
一歩一歩…オレンジに染まる階段を確かめながら
昇りつく先を見つめ目を細める
あまりの眩しさに彼方は動きを止める
カツン カツン カツン
階段を昇った先の窓から見える小枝の影に一瞬オレンジが失われる
視界が戻る
だが風に吹かれすぐに夕日が差し込んだ
耐え切れず瞼を下ろした
瞳の奥にも薄いオレンジ色が広がる
カツン カツン カツン
静かに瞳を開き
逃れるように掌をかざす
時間差で耳に入る音
聞こえてくる足音は靴下のままでいる自分の音じゃなかった
誰なんてもう彼方は確信している
カツン カツン カツン カッ…
止まる足音
少し視界が開いた
周りが見えるようになったことに心なしか安心する
それを手助けするように人影は気付かぬ間に近くに来ていた
「彼方、くん…?」
自分を呼んだことなんて気付かない
いきなりの視界の変化に瞳が麻痺している
視覚に五感を研ぎ澄ませ聴覚は鈍ってしまっていた
久しぶりに見えた景色は窓でも枝でもない影が下りていた
そこに誰かいるって分かる
「彼方くんなの?」
階段を一歩も下りていない満春に彼方は反応した
その懐かしい呼び声に心臓が鳴る
「……!」
満春の気配と同時に視界は広がった
そこには久しぶりに会う
彼女は彼方の6段位上で立ち止まっている
突然の訪問者に驚きを見せない満春
その代わりに
なんともたくさんのハテナマークを振りかざした
電話が最後で別れた彼女がいた
どちらかが言葉を発するまで時間がかかった
動く様子もなく話す感じでもない
少しずつオレンジ色は紫色に変わろうとしている
遠慮の知らないはずの夕日は姿を消し始めていた
どっちが先に話したかなんて忘れた
どれくらい立ち止まっていたんだろう
話してる気がした動いてる気がした
笑って再会して喜び合ってる気がした
でもそれは身体中の血が慌てだしていて
私というものは勘違いしたらしい
今日何度目かの
誰に知らせるでもないチャイムで
お互いに目を覚ましたかのように我に返った
それまでお互い意識は何処にあったんだろう
ただいることに呆然として立ち竦んでいた
またその時間を巻き戻すかのように
同時に慌てて話しかけようとして言葉をつぐんだ
とりあえずおかしくなった
自分たちが余りに滑稽すぎて笑えた
気がついたら彼方君も笑ってた
こんなにも簡単に再会するなんて思わなかった
酷い別れ方をしたわけでもない
お互い了承済みだから怒ることも泣くこともない
不思議に自然にこの状況を受け入れられた
一生会わないと心にしまいこんでた人
『会わない』と告げた人が会いにきてくれるとは思わなかった