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63.穏やかな日常

 「カンパ〜〜〜〜イッ!!」

カーンッ! カンカン!!

人と人の間で挨拶がかわされる

それはお疲れっていう挨拶

そして、これからも頑張ろうっていう意気込み

仲間と交わされる無言の合図

彼方の目の前でも交わされる


カーーーン!!


 「お疲れ!!!」

彼方の持っているビンにも合図が交わされる

勢いよく重ね合わせた

 「カンパーイ!!お疲れ様…彼方君」

 「明日から違うドームだけどね」

つい皮肉な言葉を口にする

そういいながらも元気にグラスを合わせる

とりあえずは今いるドームは終わり

一時の余裕からかスタッフの皆は大騒ぎ

大人気なくおどけて笑ってみせる

そのなかで彼方はいつも以上に笑っていた


カー―ン!!


これで何度目の乾杯なんだろ

それくらい何度の何度もグラスの音がする

彼方の周りには運が悪いのか良いのか酒癖が悪い人が多く

後始末が大変

それはお互いに気を許しあっているからなのか

ただの気にしない奴の集まりなのか

昔からついていけないところがある

そこまで飲まない彼方にはついていけない

 「挨拶も何もなしね」

次もがんばりましょうとか

乾杯の前の挨拶

 「いつも通りじゃん」

当たり前のことにいまさら何も思わない

なので苦笑いだけを浮かべる

 「速瀬さんは飲まないの?お酒」

 「飲んでるわよ」

カランカランと彼方の前にグラスをちらつかせる

 「の、わりには全然酔ってないんだね」

言葉を聞きながら缶チューハイ喉に通す

 「私、悪いけど…酔ったことなんて一度のないわよ。ましてこんな仕事場で飲む時なんて尚更だわ。気分が安らげないもの」

大騒ぎしている人達を目の前に微笑む

 「静かに飲む派なの…」

言われればそんな気がする

ドンチャン騒ぎする光景が思い浮かばない

逆にドンチャン騒ぎする速瀬さん

彼方は想像して笑えてしまった


 「何…?」


いきなり彼方が笑ったからなのか不思議そうに首をかしげる

 「あ、ごめん別に気にしないで」

 「……」

 「それにしても酔わないって言ってたけどこの前のライブのとき悪酔いしてたよね?」

フッとわいた疑問

満春をライブに招待した次の日の打ち上げ

やけに速瀬さんが絡んできたのを覚えてる

 「いつの日?ライブ、あぁ。」

心当たりがあったのか言葉を詰まらせる

いつになく黙り込む速瀬に彼方は顔がにやける

 「あの時も酔ってなかったわ」

知ってたが肯定され表情が固まる

聞こえなくらいの小さな溜息をつく


 「彼方、少し外出ない?」


突然のお申し出に彼方は一瞬止まった

返事はいつになく素直にイエスだった

いつものストレートは軽くゴムで縛ってある

外に出ていつも気になるその綺麗な髪

今は風があってもなびかない

ふっとそんな違和感を感じながら速瀬の後をついていく

会場の外は少し肌寒かった

もちろんライブの歓声も消え

観客もいない

落ち着くには静か過ぎる夜

 「主役がいない打ち上げなんて聞いたことないよ」

自分で言う彼方

おかしかったのか速瀬は背を向けたまま微笑む

 「気にしてないわよ。きっと、あのまま泥のように眠ってるわ」

話す口調が笑っていた

いつもあまり変わらない表情に変化が起きる

こういった意味ではお酒の効果は現れているのかもしれない



会場を出たところにちょっとした休憩する場が設けられていた

もちろん外からは見えない

関係者だけの休憩する場

そこを速瀬は選んだ

 「ライブがあったなんて嘘の様だね」

 「えぇ…」

 「ってライブやってたの俺なんだけどさ」

おちゃらけて笑う

 「だけど、やっぱ寂しい。ライブの後って…」

 「………」

 「なんかライブが楽しかった分ぽっかりと穴が開いた感じがする。皆まとまって一体になって一緒に同じ空間楽しんで暖かかったのがイキナリ一人になって一気に孤独になったそんな気分」

 「そうね」

静けさがもっと孤独にさせる

寒さが暖かさを強調する


 「ファンの皆もそんな気分なのかな?」


 「………」

 「寂しくて寂しくてまた会いたいって思ってくれてるのかな…だったら俺、なんか嬉しい…っていうかこんだけのスタッフ使って頑張ってる意味があるっていうか」

一瞬速瀬の脳裏に甦る

満春と最後に話をした遊園地での会話

言っていて恥ずかしいのか頬に手を当てる

彼方の姿は写ってなかった

 「何も寂しいのは会いたいのはファンの子だけじゃない…それが上手く伝わらない。俺は、一人しかいないから」

硬くなっていた速瀬の表情が柔らかくなる

「これから何人の人に分かってもらえるんだろ…」

風に触れている額は妙に悲しそうだった

 「…速瀬さんと一緒にあの窓越しから俺を待ってるファンを見つけて溜まらなく愛しくなった大切にしなきゃって思ったから」

瞳を向けた彼方に不意に明後日のほうに向く速瀬



その不自然さに彼方は首をかしげた

 「速瀬さん?」

 「何でもないわ」

いつもと変わらず甲高く冷静な口調

すっかり暗くなった会場

だから気付けない

その表情には気付けない 

 「ごめん、だけど…速瀬さん」

声のトーンが微妙に下がる

気付かれないように頬を拭い彼方を見る

 「俺、やっぱり…忘れられないんだ。何ヶ月経ってもきっと同じだと思う」

 「………」

 「今、無理にしようとかそんなんじゃないんだけど…無茶は絶対にしない。ファンのこと思えば思うほど、このことを教えてくれたのは速瀬さんと…何より満春なんだから」

前みたいな冷静になれない彼方じゃない

前みたいに冷静になれない自分じゃない

お互いそれを認識し感じ取っている

 「だから、今じゃないけど俺は必ず会いに行こうと思ってる…そう言うと速瀬さん怒る?」

返答の言葉が聞こえない

彼方は分かっていた


 「俺、知ってる通り諦め悪いし…何十年越しの恋だから。きっとこれからお爺ちゃんになってマイクを持てなくなっても満春に会いたいって思うとおもう…」


速瀬が言いたいこと

それは『速瀬マネージャー』として首をを縦に振れない

『速瀬』としては快く首を振れるということを

速瀬の葛藤どうしようもないことだって分かってる

賛成できないのは確実だった

彼方は再度確認せず黙り込むしかなかった


お酒はすっかり冷めこの夜らしい冷たい空気が

頭を冴えさせてくれる

だけど、これ以上言葉はなく

お互いの表情は読み取れなかった





       ◇  ◇  ◇





最近毎日が楽しい

気遣いや空元気でもなく

そう思えるようになったのは

もう一人の自分を受け入れてから

今から築き上げていく自分

無理矢理忘れようとしていた自分

辛いだけだから早くこんな気持ち捨てちゃおうって

自分の隠れた一面を素直に認めてから

生活がまた一段と違うものになった

必死に隠そうと忘れようとしていたことが

苦しかった日々がバカだったって思えるほどに


そう考えると

フッとよみがえる

また事務所尋ねたりとかするんじゃない

会いに行くわけじゃない

ただ

素直に

彼方君に会いたいって

ふあっと広がって全体に浸透していく

そう思うと自然に私の頬は喜んだ

こんな気持ちあと何年続いても大丈夫


何をするわけじゃない

ただ会いたいんだ

今まで会いたいから会いにいくだった

だから四苦八苦してた

上手くいかない自分にイラだって当たって

涙してた…


だけど今は純粋に

彼方君のことを考える

そんな日々





       ◇  ◇  ◇





窓をあけて一休みをする

ライブの間にレコーディング

スタッフの皆は彼方の分も含め食品調達

なんともこれからも続いていくんだけど

あわただしい毎日

だけど不満はなかった

毎日が楽しい…

窓を開けると彼方に気付いて

手を振る追っかけファン

彼方は軽く手を振った

こんなとこ速瀬に見られたら大目玉だろう

『気安くファンと接するんじゃない!』

彼方は思わず苦笑い

後は軽く微笑むだけにして窓を静かに閉めた

近くの椅子に座りなおすとフッとよみがえる

満春の顔が幼いときの笑顔しか本当の笑顔は知らない

だけど、今は満足していた

あんな酷い別れ方したのにあの頃の笑顔は色あせてない

彼方は軽く微笑んだ

あれからどれ位経っただろう



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