59.心地いい風に変わるその日まで…
まもなく聞いた
彼方君が芸能界に復帰したこと
それはテレビからとか雑誌からとか
奈津美からとかじゃなく
なんだか自然といつの間にか気付いたときには
たくさんの番組に彼方君はいた
嬉しいとか実感はまったくない
もう終わったとか後悔とか
そんな落胆した感じでもない
自分が下した結論に後悔はなかった
ただただ普通の生活を送っていた
他に考えることなく心は軽い
私たちは屋上にいた
午前の授業は難なくクリアし
というか、先生の話を永遠に聞いているだけ
これもまた楽なものだった
暑さも過ぎ去り少し涼しいくらい
最近はあまり考えなくなった
あれからどれくらい経っているのか
「早4ヶ月暇だね…」
見事思い出してくれた
右手にパン左にイチゴミルクを持ちながらマコはグラウンドを見ている
涼しくなった風はくすぐるように髪を揺らす
「そうだね…平穏な日々だよ。」
マコは私の座っている隣に腰を落ち着かせる
もう飲んでしまったのかイチゴミルクをおいた
「あぁ〜頂戴?満春のお茶」
私の脇置いてある飲み物を指しながら言う
無言で私はそれを手渡した
「センキュー…」
持っていた2個目のパンをほおばりお茶を飲む
気分はご満悦のようだ
「あれから何事もねーな…」
「その言葉かなり微妙だけど」
無言で私にお茶を手渡す
目の前に差し出されたものを受け取る
「ちょっ!!?マコ、これ飲み過ぎ!!殆ど空じゃない」
ペットボトルを高く掲げ中身を確認する
だけど確かに中身はないに等しかった
「ははっ!!お前知らねーのかよ。人のものほどおいしく見えるもんなんだよ」
「何それ!威張って言えることじゃないでしょ…」
思わず呆れ返りすぎて笑ってしまった
フッと視界から外れたところで手が伸びる
「しょうがないなぁ〜。私が飲み物ぐらいあげるよ」
その先にはペットボトルが差し出されていた
「あ、ごめん…ありがとう」
つい条件反射で冷たいコーラーを受け取る
「えっ?」
確か差し出された方向には誰もいないはず
…なのに何で手が???
「うわっ!!!?奈津美ぃ!!」
私より先にマコが大声をあげた
周りの生徒は何事かとこっちを向く
近くにいたグループは声にビックリして箸を落としてしまっていた
「お、お、お前なんでこんなとこいんだよ!?」
まったくの同意見
まだ目の周りが白黒してる
「何言ってんの…呼んだくせに。はははっ!!」
はははっ…てねぇ
「ははははって、呼んでないから!!いきなり出てくんな!!バカ」
これもまったく同意見
反論の余地はない…はずなんだけどなぁ
「呼んだわよ。飲み物欲しかったんでしょ?干乾びそうになった貴方の喉に愛の手を差し伸べる私は砂漠のナイチンゲール!!いい響きね。私はこれでまた人を救ったのよ…悩める子羊を…あぁ、あちらでまた私のことを呼んでいる人がいる。行かなくちゃ!!?さぁ時間がないわ…早く受け取りなさい」
「あ、ごめん私…炭酸嫌いだから」
ボーーーーーーーーーンッ!!!カンッ
あ、干乾びた
「うわははははははははっッッ!!!?」
隣ではこの世の笑いとは思えぬ笑い声が響く
「満春満春!!傑作だよこいつ!」
「だって痛くて飲めないんだもん」
私の肩をバンバンと叩くマコ
その姿を見て困惑した
「お前っていつもオイシイとこ持っていくよなぁ〜」
そんなことで尊敬されてもなんて答えたらいいのか
頭をかきながらマコの笑ってる姿を見つめる
「ハハハッ!!こいつに水でもかけてあげれば?」
必死に笑いをこらえて言葉にする
そんなマコの姿になんだか私も笑えてきた
「ふ…ハハハハハハッ!!」
終いには私も笑い出しいた
あれから平穏な日々が続いてる
変わらずマコとじゃれあって
いつの間にかそこに奈津美も参加していて
奈津美がバカ言ってマコが突っ込む
そんな繰り返しの中
時々彼方君のこと思い出すけど
あれから連絡とってないし
あっちからも来ない
だけど携帯の履歴だけはちゃんと残ってる
4ヶ月前
私たちの中で何があったのか
消えない事実、消したくない事実
別に未練があるわけじゃない
これで本当にすっきりしてるしわだかまりもない
ただ思い出に取っている
彼方君との間に何もなかったなんて思いたくない
それは私の生き方に反してることだし
私らしくもないから
この過去の先に私がいるって
それが私が泣いて泣いてマコに何度か助けられて
そしてここまで笑えるようになったのは
過去のおかげだから
それがなくちゃ私は笑えてない
涼しい風が私の頬をかすめる
この風を何度か感じて
私の気持ちは少しずつ変わっていくんだ
薄れていく
消えていく…いつか忘れて
記憶の中の一部になる
それが半年先になるか一年先になるか分からない
もっと時間がかかるかもしれない
知ってるのは未来の自分
やっぱり今は胸が痛むし
テレビで歌っている彼方君を見ると切なくなる
いつかギュッと締め付けられる感覚を忘れる時が来ても
記憶に書き留めておきたい…
私の頬に気持ちのいい風が霞める